第134話 死地に赴く

「逃げ遅れただって!?」

「この子の友達がいないみたいなのぉ」

「うっ……ぐすっ……さ、さっき急にすごくお腹が痛くなったって……トイレに行ってから……見てないんです! きっと置き去りに……!」


 金剛先輩の隣に立つ生徒は、目にたくさんの涙を溜め込みながら、声を絞り出していた。


 火の手がどんどんと上がっていく体育館。あんな中に取り残されたとなると……下手したらもう……。


 いや、諦めるのはまだ早い。体育館はまだ全焼してないから、もしかしたらまだ生きているかもしれない。


「俺が行って助けてきます!」

「は、ハル!? 危ないって!」

「そ、そうですよ……!」

「防火服も無いのに、あの火の中に飛び込むなど自殺行為だ!」

「そうかもしれないけど! 目の前で人が死にそうになってるのに、見殺しになんかできるか!」

「は、陽翔……」


 こちとら一度死んでまで、三人のバッドエンドを潰すために行動してきたんだ。それに、誰かが死ぬのは……母さんの時だけでたくさんだ。


「……なら私も行く」

「そんな、危険だから俺だけ行きます!」

「行く行かないの問答は先ほどのだけで十分だ! 私も生徒会長として、生徒を守る義務がある! それに、大切な彼氏が死地に赴こうとしてるを黙って見送るほど、私は人間ができてない!」

「玲桜奈さん……わかりました。行きましょう!」


 俺は玲桜奈さんと見つめ合いながら、深く頷き合った。


 ハッキリ言ってメチャクチャ怖いさ。でも、ここで逃げ出したら、後で絶対に後悔する。それに、玲桜奈さんと一緒なら、どんな事だって乗り越えられると思う。


「ハル……!」

「陽翔さん……絶対帰ってきてくださいね」

「ソフィア、ゆい。俺達は大丈夫だから、安心して待っててくれ」

「それじゃ行ってくる。イサミ、おそらく先生達が止めてくるだろうから、足止めを頼む!」

「まったく、昔から言い出したら絶対に止まらないから、止めはしないわぁ。でも、ちゃんと帰ってくるのよぉ」


 俺達は体育館に突入する前に、校庭の水飲み場で頭から水を被った後、念のために消火器を一個持って突入した――




「くすっ……ここまでワタクシの完璧な計画通り……馬鹿なあいつらなら、絶対に助けに行くと思ってましたわ……うふふふ……」




 ――玲桜奈さんと一緒に体育館へと戻ってきた俺達は、想像以上に燃えている体育館を見て、思わずその場で固まってしまった。


 体育館の全体に、すでに火の手が上がっている。真っ赤な炎と肌を焼いてくる熱、そして耳をつんざくような轟音が、俺達の侵入を拒んでいるかのようだ。


 ……ここに立っているだけでも、皮膚や肺が焼けてしまいそうなくらいの熱を感じる……あまり長居はしない方が良さそうだ。


「確かトイレって地下にありましたよね!」

「ああ、おそらくそのせいで、騒ぎに気付くのに遅れたのだろう! 早く向かうぞ!」


 地下へ行ける階段は、体育館の奥の扉を通った先にある。普通なら一分もかからない距離だけど、火があるせいで中々進めない。


「やや遠回りになりますけど、危険が少ない道から行きましょう! 玲桜奈さん、俺の手を!」

「ああ、頼りにしているぞ!」


 なにがあってもすぐに助けられるように、俺は玲桜奈さんの手を力強く握ると、階段を目指して突き進んでいく。


 途中で何度も火の粉に襲われて火傷をしそうになったけど、来る前に二人揃って頭から水を被ったおかげで、特に怪我せずに進む事が出来た。


「地下にも火の手が行っている可能性もある! 用心していくぞ!」

「了解です!」


 いつもは全然長く感じない階段が、異様に長く感じつつも、トイレがある地下に向かう。すると、そこで倒れこんでいる一人の生徒がいた。


「あ、あそこに倒れてるのは……!」

「おそらくそうだろう! 君、大丈夫か!」

「うっ……ごほっ……」


 呼びかけにあまり反応が無かったけど、まだ息はあるようだ。とりあえず一安心だ。


 あとは脱出するだけなんだが、この一瞬で火の手が更に回り、退路の殆どが燃え始めてしまっていた。


「玲桜奈さん、この人は俺に任せてください! 玲桜奈さんは持ってきた消火器で退路の確保を!」

「ああ、任せろ!」


 俺が倒れていた生徒をおんぶしようとしてる間に、玲桜奈さんが手早く退路の消火活動に入る。そのおかげで、ある程度通れる程度には火の勢いが弱まった。


「陽翔! これで通れるぞ!」

「ありがとうございます! このまま退路の確保をお願いします! 俺が絶対にこの人を守りますから!」

「随分と頼もしい事を言うじゃないか!」


 俺が生徒をおんぶし終えると、玲桜奈さんが先導して消火しつつ、出口に向かって進み始めた。


 意識のない人間を運ぶのって、こんなに運びづらいのか。この子の方が玲桜奈さんより小さいのに、随分前に玲桜奈さんをお姫様抱っこをした時と比べると、負荷が雲泥の差だ。


「陽翔、もう少しで出口だ! ふんばれ!」

「玲桜奈さんもお気をつけて! あまり煙を吸わないようにしてください!」


 互いに互いを励まし合いながら、灼熱と轟音に包まれる、変わり果てた体育館を進み続ける。


 もうちょっとで出口だ。このままいけば、誰も犠牲にならない――そう思った矢先、なにかが崩れるような大きな音が聞こえてきた。


「っ!? 陽翔、上だっ!!」

「なっ――」


 玲桜奈さんの声で反射的に上を向くと、崩れ落ちてきた屋根の一部が、俺に目掛けて一直線に落ちてきていた。


 マズイ、早く避けないと。そう思ったが、俺は今一人の人間を背負っているせいで、咄嗟に動く事が出来なかった。


 このままでは、俺もこの人の潰されて終わりだ。せめてこの人だけでも……!!


「玲桜奈さん、すみません!!」

「はる――きゃあ!?」


 俺は背負っていた生徒を、玲桜奈さん目掛けて、力任せにぶん投げた。


 さすがに急な事すぎて、玲桜奈さんは上手くキャッチが出来なかったけど、そのおかげで二人共出口の方に吹っ飛ばす事が出来た。これなら下敷きになる事はないだろう。


「は、陽翔……!? 早く逃げろ! 飛び込んで来い!」


 すみません、飛び込みたいのは山々なんですが、投げた反動で尻餅をついてしまって。すぐに動け無さそうだ。


 そんな間にも、朽ちた屋根が俺へと目掛けて落ちてくる。今から移動しても間に合わない!


「早く逃げてください! 俺は大丈夫だから!」

「でも!」

「行ってください! はやく! 行って! っ……いけええええええ!!!!」

「っ……すぐ戻ってくるからな!」


 俺に言葉を話す時間は、それ以上存在しなかった。出口へと消えていった二人を見送ったのを合図にするように、崩れた屋根が、あと僅かで俺に衝突するところまで来ていた。


 これはもう避けられないか……このまま下敷きになり、火だるまにされて死ぬのか。


 あ、あれ? なんか走馬灯が流れてきたぞ? これは……ソフィアと子供の時に遊園地に行った時のだ、懐かしいな。


 あ、次は……母さんの死んだ日……こんなの見せるなよ……これから会いに行くから、もうちょっと待ってろって。


 今度は球場……これは、父さんと野球を見に行った日? 久しぶりに休みが取れたっていうから、二人できたんだよな。父さんの方が盛り上がってたのをよく覚えているぞ。


 それに、前世を思い出してから……ソフィアやゆい、そして大切な玲桜奈さんとの出来事……あまりにも濃密で多いから、流石に走馬灯で見返すのは無理だな。


『好きだぞ。これからもずっと一緒によう』


 最後の走馬灯に、俺の彼女の想いが思い出された。ずっといっしょに……そうだよ、こんな所で死んでたまるか! 俺は選挙に買って、玲桜奈さんのお母さんに認めてもらうんだよ!


 まずは一瞬で状況判断だ。落ちてくる屋根は熱を帯びてるから、触ったら大変な事になる。大きさもメートル単位はあるくらいのデカさはある。どうにかして避けるしかない!


「さっきは死ぬと思ったけど……死にたくねえ! 俺はこれからも、ソフィアやゆいと仲良くして、生徒会の人達とも交流して、そして……玲桜奈さんとの幸せな毎日を送るのだから!! 火如きが邪魔しやがって! 人間様を舐めんじゃねえぞおおおおお!!!」

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