第122話 貸し切り遊園地!?

 まさかの遊園地貸し切りという、非日常な状況に戸惑いつつも、俺は西園寺先輩と一緒に遊園地へと足を踏み入れた。


 すげえ、俺達以外に本当に客がいないぞ……なのにアトラクションはちゃんと動いてるし、スタッフの人も普通に働いてる……。


「これ、西園寺先輩は知ってたんですか?」

「いや、全然……お父様にデートで行く所について相談した際に、ここがいいんじゃないかと助言をしていただいたが……」


 完全にそれだろ! 西園寺先輩のお父さん、やる事が流石にド派手過ぎるだろ!? さすが世界的に有名な大企業の社長!


「起こってしまった事を言っても仕方がない。折角のお父様の好意なんだから、大いに活用させてもらおうじゃないか」

「……それもそうですね。いつもここはアトラクションを一つ乗るだけで、何時間待ちとか当たり前ですけど、これなら待ち時間なしで楽しめますね」

「ならば、今日は全部のアトラクションを周るぞ!」


 西園寺先輩は俺の手を強く握りしめると、そのまま駆け出した。


 いつも凛としていてカッコいいのに、今日は子供のように目を輝かせてはしゃぐ西園寺先輩は……とても可愛らしくて、なんていうか……最高だ。


「磯山君、何処から周ろうか?」

「端っこから順番に周っていきましょう」

「じゃあここから行こうか。船に乗って川下りをするアトラクションのようだぞ!」


 俺は西園寺先輩と一緒に、俺達以外に誰もいない遊園地の中を駆けまわる。川下りに続き、汽車に乗ったり、西部劇に世界に入ったり。


 そこまでは良かったんだけど、そこから先が中々にハードだった。何故なら……絶叫系のアトラクションが立て続けにあったからだ。


「さ、さすがにきつい……」


 ジェットコースターに始まり、落下系にコーヒーカップと続いたせいで、俺の体力は著しく持っていかれてしまった。


 ……え、コーヒーカップは絶叫じゃない? そんな事はない。テンションが上がった西園寺先輩が、遠慮なくグルングルン回すせいで、変な絶叫系に乗るより何十倍もスリルがあったぞ……。


「磯山君、大丈夫か? ほら、飲み物買ってきたぞ」

「な、なんとか……すみません」


 俺がベンチで一人休憩していると、西園寺先輩がジュースとアイスを持って戻ってきた。


「西園寺先輩は大丈夫なんですか?」

「私は何の問題もない。伊達に鍛えてないからな。ほら、アイスコーヒー」

「ありがとうございます。いただきます」


 俺の隣に座った西園寺先輩から受け取ったアイスコーヒーを口にする。そのおかげで、少しだけ疲れが取れたような気がする。


「ふふふ……遊園地とはこんなに楽しい場所だったのだな! 初めての体験だから、高揚を抑えきれない!」

「え、初めてなんですか?」

「ああ。幼い頃から習い事の毎日だったからな。こういう娯楽施設には来た事がないんだ」


 そうだった、西園寺先輩は元々なんの才能も無い。それでは西園寺家の令嬢としてやっていけないから、ずっと稽古や勉強に励んでいたんだった。


 そんな忙しい毎日を送っていれば、遊園地なんて来た事はないのは当然だろう。それどころか、普通の子供なら行った事があるような場所でも、西園寺先輩には行った事がない場所があるかもしれないな。


 ……次のデートでは、西園寺先輩にした事ないものや、行った事がない場所を聞いて、それを参考にしてデートの場所を決めよう。


「西園寺先輩、なんのアイス食べてるんですか?」

「これか? 無難にバニラだ。甘くておいしいぞ」


 シンプルイズベスト、いいじゃないか。俺もバニラは大好きだ。そんな事を思っていると、何故か急に西園寺先輩が、頬を赤らめながら、俺の顔をチラチラと見始めた。


「どうかしましたか?」

「……食べてみるか?」

「いいんですか? じゃあ……ん!?」


 何気なくおすそ分けを貰おうとした俺の体に、電流が走った。


 これ……さっきまで西園寺先輩が食べてたものを分けてもらう……それ即ち、間接キス!?


 い、良いのかそんな事して!? 西園寺先輩が気づいて無ければオッケー? いやいやいや、さっき顔が赤くなったの、絶対気づいたうえで分けようとしてる!


「……やっぱり私の食べかけなど、いらないか」

「いります! 西園寺先輩の食べかけだから意味があるんです!」

「は、はぁ!? き、君はなにハレンチな事を言っているんだ!?」

「し、しまったぁ!?」


 まずい、つい本音が……西園寺先輩はハレンチな事が嫌いなのに……! これでは怒られてしまう! 最悪このままデート中断とか!?


「……ま、まあいい。こういう事をするのは、私達の間だけだぞ? 約束」

「はい、約束します」

「約束はちゃんとするんだ。ほら、小指出して」


 西園寺先輩に促された俺は、素直に小指を出すと、西園寺先輩の小指に絡まれた。


「ゆーびきーりげんまんっ、ウソついたら針五兆本のーますー」

「ゆびきった……って! 針の数えぐくないっすか!? 語呂も悪いし!」

「それくらい我々の約束は重いのだよ。話は戻るが……はい」


 西園寺先輩は自分の持っていたアイスを、俺の口元に持ってきてくれた。


「はい、あーん」

「あーん……」


 西園寺先輩の食べかけのアイスを口にした俺は、何とも言えない気分に陥っていた。嬉しいやら恥ずかしいやら……。


「そうだ、お礼に俺のアイスコーヒーでもどうですか?」

「アイスコーヒー……ちなみにもう飲んだか?」

「もちろん」

「そ、そうか……いただこう」


 やや戸惑いながらも、西園寺先輩は俺のアイスコーヒーを手に取った。


 いや、ちょっと待てよ。これじゃさっきとは少し違うよな……そうだ。


「西園寺先輩、あーん」

「はぁ!?」


 俺は一度アイスコーヒーを返してもらってから、俺が持った状態で、アイスコーヒーについてるストローの部分を、西園寺先輩の口元に持っていった。


「西園寺先輩だって、あーんしてきたでしょう? だからお返しですよ」

「だ、だからって……うぅ……西園寺の令嬢として、人の好意を無下にするわけには……でも……でもぉ……!」


 よほど西園寺先輩は恥ずかしいのか、耳まで真っ赤にし、目はうずまきみたいになってしまった。


 さすがにちょっとやりすぎたか……これ以上は可哀想だからやめておこう。


「あんまり無理は――」

「あむっ!」

「えっ!?」


 俺が止めきる前に、西園寺先輩はアイスコーヒーのストローを咥えて、チューチュー吸い始めた。


 なんだろう、頑張って吸ってる西園寺先輩……めっちゃ可愛い……新しい扉が開かれるかもしれん……。


「ぶはぁ! はあ……はあ……間接キスが、これほどまで消耗するものだったとは……」

「気持ちは分かります……さあ、気を取り直して次のアトラクションに行きましょう」

「あ、ああ!」


 俺と西園寺先輩は、飲食物を全て食し、残骸を全て処理した後に、次のアトラクションへと向かう。


 向かってる最中は、互いに手を繋いで上機嫌だったのだが……次のアトラクションを目の前にした俺達は、思わず立ち止まってしまった。


 そこは……かなりがっつり作られた、廃病院風の建物だった……。

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