第111話 因縁のライバル出現

 今日も一緒に編集部があるビルまでやってきた俺は、いつものカフェでのんびりとコーヒーを飲みながら、ゆいの帰りを待っていた。


 編集の人と話をするのも、結構な数になってるから、ゆいもさすがに話すのに慣れてきたとは思うけど、やっぱり心配なものは心配だ。


「一緒に行ければなぁ……」


 このぼやきも何回したかわからない。一緒に行ければ、一緒に描ければ……何度思ったか。


 でも、残念ながら俺には絵の才能は全くないんだよな……せいぜい描けても棒人間くらいだ。あんなにキラキラした絵なんて絶対に描けない。


「……お待たせしました」

「ゆい、お疲れ様。リンゴジュース頼んどくな」

「ありがとうございます……」


 ゆいの事を考えながらぼんやりと待っていると、ほぼ予定通りの時間にゆいは帰ってきた。


 って……なんかまた様子が変だ。落ち込んでる……というより、心ここにあらずっていうのがしっくりくる。何かあったんだろうか?


「なにかあったのか? もしかして、なにか駄目出しでもされたか?」

「い、いえ。原稿はそのまま預かってもらいました」

「それならよかった。じゃあなにがあったんだ?」

「……なにかあったのかってわかるなんて、陽翔さんは凄いですね」

「付き合い始めて一年経ってるんだぞ? 出会ったのを入れればそれ以上なんだから、わかるに決まってる」


 まあ……前世の事を含めれば、もう少し期間は長くなるんだけど、それはここで言う事じゃないよな。そもそも信じてもらえるとも思わないし。


「その……ちょっとビックリする事がありました。ゆいもさっき聞いて驚いたんですけど……ゆいと同い歳の新人漫画家さんがいるみたいで」

「へえ、そうなのか」

「その人……ちょっと偉そうなピンクの髪の女の人らしいです」


 ふんふん、偉そうでピンク……え、その特徴の人間に心当たりしか無いんだけど?


「まさかとは思うけど、そいつ……天条院?」

「そのまさか……です」

「…………」


 なんだその笑えない冗談。いや冗談じゃないのはわかってるけど、冗談だって思わないとやってられない。


「あいつ、漫画なんて描けるのか?」

「どうなんでしょう……? でも、元々なんでもできる器用な人なので……」

「そうか……それを聞いてビックリしてたってわけか」

「その通りです」


 そりゃ驚くよな。まさか自分をいじめていた相手が、自分と同じように漫画を描いて、同じ出版社に持ってくるなんて、思いもしないだろう。


 ……ん? 同じ出版社……? どうして天条院はゆいと同じ出版社に持ってきたんだ? 出版社なんてたくさんあるのに、偶然被るなんて事があるのか?


 いや、偶然じゃないな。ゆいは以前描いた漫画が雑誌に載った事がある。それを見れば、出版社がどこかなんて一目瞭然だし。


「ゆいの漫画って、今度やる新人賞に応募するんだよな?」

「はい。天条院さんも同じ賞に応募するって言ってました。有名議員の孫娘が面白い漫画を持ってきたって……編集部で話題だそうです……」

「やっぱりか。天条院のやつ、こんな大掛かりな事をしてゆいに復讐をしに来たんだ!」

「ど、どういう事ですか……!?」

「あくまで俺の推測だけど、体育祭の件で恨みを買って、一度仕返しに来ただろう?」

「怖い人達が襲ってきたアレ……ですか?」

「そうだ。あれは失敗に終わった。再度やろうにも、今は西園寺家の人が守ってくれているから出来ない。しかも今のゆいは、あいつから見たらうまくいっている。だから、こんな方法で復讐に来たんだ」


 自分で推測しておいてなんだけど、どんだけ執念深いんだよあいつ。しかも完全に逆恨みだし。逆にここまで来ると尊敬するレベルだぞ。


「で、でも……こんな事で復讐になるんでしょうか……?」

「なる。ゆいを夢の舞台で叩き潰して、自分の方が優れてると思わせてゆいの心を折る。そうすれば復讐もできて自尊心も保てる。奴からすれば一石二鳥な手だろうし……なんにせよ、天条院が絡んでもやる事は変わらない。そうだろ?」

「はい。夢のために頑張るだけです」


 口では強がってるけど、やっぱり動揺は隠せていない。その後もリンゴジュースを飲みながら一息入れたけど、どこか上の空って感じだった。


「帰ろうか。家まで送ってくよ」

「いつもありがとうございます」

「お礼を言われるような事じゃないよ」


 会計後、俺達は家に向かって歩き始める。ここに来るのに電車を乗り継いでいくんだけど、その駅に行くまでに閑静な住宅街を抜ける。


 その住宅街を抜けている途中、こんな所には似合わない高級車が停まっていた。


 もしかして、西園寺家の人だろうか? 今日も俺達を守ってくれていて感謝しかない――そんな悠長な事を考えていたら、車の中から想定外の人物が下りてきた。


「ごきげんよう下民達!」

「なっ……天条院!? どうしてここに!?」

「あなた達が今日担当と話をするのは聞いてましたの。だから、ここで待ってれば話が出来ると思いましたの!」


 暇かよ。どんだけ俺達に固執してるんだよ。やっぱりいろんな意味ですげえなこいつ。そこに痺れもあこがれもしないけど。


 って、そんな事を考えてる場合じゃないな。パッと見た感じ、前みたいな連中はいなさそうだけど、いつ襲ってくるかはわからない。用心しておこう。


「ふん、そんな手の込んだ事をしてまで俺達と会いたかったのかよ。どんだけ俺達の事好きなんだよ」

「ええ、大好きですわ。特にあなた達が地べたをはいずり回って泣きべそをかいてる姿とか、考えただけでも愛が育まれますわ」

「愛はゆいだけで間に合ってるから。わかったら帰ってくれ。ゆい、行こう」


 俺はゆいの手を引っ張ってこの場を立ち去ろうとしたが、天条院に行く手を阻まれてしまった。


「そういうわけには参りません。ワタクシはあなた達に忠告をしに来たんですの」

「忠告?」

「ええ。ワタクシが最高の漫画を作ったのは聞いているでしょう?」

「まあな」

「あの漫画、実績のあるプロの漫画かに描かせてますの。だから、いくら頑張ったところで、たかが無能の学生風情で勝てる相手じゃありませんの!おーっほっほっほっほっ!!」

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