第107話 初めての反発

「なんで……どうして……?」


 後ろから見ていてもわかる。ゆいは明らかに怯えている。そんなゆいを守るために、俺はスマホを少し操作してから、三人の間に割って入った。


「……? ゆい、この男は誰だ?」

「あ、その……」

「早く答えなさい! 久しぶりに会いにきてやったというのに、相変わらずのグズね!」


 スーツをビシッと着こなし、冷たさを感じるくらい淡々とした態度を取る父親とは対照的に、アクセサリーをジャラジャラとつけている母親は、ヒステリックを起こしているように声を荒げる。


 なんだこの母親は? 自分の娘にグズだなんて、普通は言わないだろ。話で少し聞いていたとはいえ、想像以上に酷そうな気配がする。


「はじめまして。ゆいとお付き合いをさせてもらってる、磯山 陽翔と申します」

「付き合う? こんな出来損ないと付き合うなんて、お前も随分と物好きだな」

「偉そうにお付き合いとか言ってるあたり、馬鹿なんじゃないの? 類は友を呼ぶというし」

「……ずいぶんと素直な自己紹介ですね」

「何か言ったか?」

「いえ、別に」


 会って一分もしないうちにキレそうになった俺は、無意識に口答えをしてしまった。


 ……俺ってこんなに短気だったか? 今日だけで何回怒ってるんだ俺。


「それで、ゆいに何のご用ですか?」

「なぜそれをお前に話す必要がある?」

「どこかの誰かさんのせいで、ゆいは見ての通り怯え切ってまともに話せません。なので、俺が代わりに聞きます」

「本当に生意気なガキだわ。私達には時間がないの!」


 時間がないなら来るんじゃねーよ。俺達の邪魔をすんな。


「まあいい。グズに時間をかけるよりかは有意義だろう。単刀直入に聞く。これはゆいが描いたものか?」


 ゆいの父親は、一冊の雑誌のとあるページを広げた。そこには、ゆいの描いた漫画が載っていた。


「そ、そうです……」

「やはりそうか。知り合いから言われた時には驚いたが……まさかお前のようなグズに、こんな才能があるとはな」

「私的には画家とかの方が見栄えが良いと思うけど、今って漫画でも売れれば億万長者らしいじゃない」


 口では嫌味を言いつつも、にやにやと笑う二人を見ていたら、急に来た理由がなんとなくわかってきた。


「それで、金の成る木を見つけたから回収しに来たって事ですね」

「言い方が癪に障るが、概ね正解だ。ゆい、家に帰ってくる事を許してやる。だから、我々のために漫画を描き続けろ」

「え……?」


 ……やっぱり、俺の予想は的中していたみたいだ。自分達の事しか考えてないこいつらなら、そう思ってもおかしくはない。


「こんなボロボロなアパートよりも、うちの方が設備はしっかりしてるから、良い漫画が描けるはずよ」

「言っておくが、学園に行ってる時以外は、常に描いててもらう。卒業後は、漫画一本に絞ってもらう」

「それは、ゆいには学業と漫画以外をさせないと聞こえるんですが?」

「そう言っている。もちろんお前との縁も切らせる」


 凄いな。ここまで清々しいクズだと、かえって尊敬すら覚えてしまうくらいだ。もちろん了承なんてするつもりはないけど。


「そんなの、はいそうですかなんて言うと思いますか?」

「部外者は黙ってなさい! ほらゆい、早く行くわよ!」

「ゆいに近づくな!!」


 ゆいに手を伸ばす母親からゆいを守るために、俺は母親の手を払いのけた。


「なぜそこまで邪魔をする。そいつは出来損ないのグズだ。将来稼げるように習い事をさせ、勉強もさせ、有名校の聖マリア学園に入学までさせたのに、何も成し得なかった、どうしようもない落ちこぼれだ。そんな落ちこぼれは、我々に従う以外に生きる道はない。分かったらそこを退け。そして二度とゆいに会うな」


 そう言いながら、父親は俺に思い切りビンタをしてきた。まさか暴力を振るわれると思ってなかったせいで、不覚にも俺は尻餅をついてしまった。


「陽翔さん……!」

「くっ……」

「さあ、行くぞ」

「……いやだっ!」


 ゆいの口からはっきりと発せられた、拒絶の言葉。あの大人しくて引っ込み思案のゆいが、こんなに自分の意思をはっきりと言うのは珍しい。正直驚いた。


 そして、それは両親も同じだったのか、目を丸くして驚いていた。


「陽翔さんにもう会えないなんていやだ! ソフィアちゃんや玲桜奈ちゃん先輩に会えないなんていやだ! お金のためだけに漫画を描くなんていやだ! ゆいは……帰りたくない!」

「親に向かって、なんて口の利き方をするの!? さくらはそんな馬鹿な事は言わなかったわよ!?」

「うるさいっ!!」


 ボロボロと涙をこぼしながら、ゆいは言葉を更に荒げる。それは、今まで溜まりに溜まった両親への鬱憤を晴らすかのように。


「うるさいうるさい! 口を開けばお姉ちゃんお姉ちゃん! ゆいだってずっと頑張ってたのに……! ゆいの事を追い出して、放置して! 最後には大切なものを奪っていく! いい加減にしてよ!!」

「ゆい……!」


 初めての親への反抗。それが両親にとってどんなものになるかは想像に難くない。だから、俺はなにがあってもゆいを守れるように、ゆいを部屋の奥に連れていってから、ゆいの盾になった。


「ふん、我々の元にいない間に随分と偉くなったものだ。いいだろう、連れていく前に少し教育が必要だな」

「それは中々に面白そうなお話ですね。是非我々にもお聞かせ願えるでしょうか?」

「……は?」


 俺達を追って家の中に入ってきた両親の背後から、スーツを着た男達が三人入ってくると、両親をあっという間に捕まえてしまった。


 あの人達には見覚えがある……そうだ! ゆいを守ってくれていた西園寺家の特殊部隊の人達だ! 騒ぎを聞きつけて来てくれたんだな!


「なによあんたら!? 放しなさい!」

「残念ですが、そういうわけには参りません。話は一部始終聞かせてもらってましたが、どう聞いても普通ではありません。警察には通報済みですので、このまま大人しくお待ちください」


 警察と聞いて何とか逃げだそうとする両親だったが、特殊部隊に所属するほどの人達からは逃げられず、やってきた警察に連れていかれた。


「あの、助けてくれてありがとうございました」

「礼には及びません。むしろ、助けに来るのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

「そんな、あのままでは俺がぶん殴るしか方法がありませんでしたから……そうだ、これはどうすればいいですかね?」


 俺はポケットからスマホを取り出してみせる。実はさっきアプリのボイスレコーダーを起動させていたんだ。もしかしたら、何かの役に立つかと思ってな。


「それは警察の人に提出すると良いでしょう。まだ何人か残っていますし、私の方から渡しておきます」

「よろしくお願いします」


 スマホを特殊部隊の人に渡すと、俺は部屋の隅でペタンと座り込んでしまっているゆいの元へと急いで向かった。


 ゆいには無理をさせてしまったけど、最悪の結果だけは避けられた……と思う。


「ゆい……よく頑張ったな」

「陽翔さん……ゆい……ゆいは……やっぱりお父さんにもお母さんにも……愛されてなかったんですね……」

「あいつらの事はもう気にするな。親に愛されなかった分、俺が何十倍も愛するから……」

「うぅ……うわぁぁぁぁん!!」


 ゆいは子供の様に泣きじゃくりながら、俺の胸に顔をうずめた。


 もうゆいを泣かせるのはこれで最後。これからは、俺がゆいの幸せと笑顔を守っていくんだ……そう改めて誓いながら、俺はゆいの事を強く抱きしめた。

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