第92話 信じる人は

■ソフィア視点■


「うぅ……ぐすっ……うえぇぇぇん……」


 ハルから逃げるように教室を後にしたアタシは、学園の外をあてもなく歩き回りながら、ずっと泣いていた。ずっと歩いていたせいで、ここがどこかわからないし、時間もわからない。


 ハルはアタシを裏切って、ディアと一緒になった。そんな酷い事をハルがするわけない。そうわかってるはずなのに、今の弱り切ったアタシはハルを信じ切れない。


 こんな情けない自分が嫌になる。ディアの嫌がらせに耐えられない弱い自分も、大好きなハルを信じ切れない弱い自分も大嫌い。


 もう……死んじゃいたい。


「……だ、駄目だよアタシ……死んでもなにもならない……でも……ハルに本当に裏切られてたら……アタシ、生きていけない……」


 アタシにとって、ハルは全てだった。酷いいじめに耐えられたのも、ハルという存在がいたから。ハルとまた一緒に過ごして、結婚の約束を果たすため……そう自分を勇気づけて生きてきた。


 そんなハルを失ったら……アタシ……。


「やだよぉ……ハルぅ……アタシを捨てないでよぉ……」


 大切な友達であるゆいちゃんや玲桜奈ちゃん先輩と付き合うならまだわかる。でも……アタシを裏切ってディアと付き合うなんて……そんなの耐えられないよぉ……。


「パパぁ……ママぁ……アタシ、どうすればいいの……?」


 アタシはすがる気持ちでスマホを操作して、電話をかける。その相手は、アメリカに住んでいるママだ。


『もしもし、ソフィア? こんな時間にどうしたの? そっちは学校の時間でしょう?』

『ママ……アタシ……アタシぃ……』

『泣いているの? 何か悲しい事があったの?』


 聞き慣れたママの英語を聞いたら気が緩んだのか、また涙が溢れてきたアタシは、嗚咽交じりではあったけど、事の顛末をママに話した。


『そう……あの子、引っ越したのは聞いてたけど、まさか引っ越し先が同じなんてね……』

『うん……アタシ、どうすればいいのかな……何を信じればいいかわからないの……』

『何言ってるの。ソフィアが信じるのは、陽翔クンよ』

『でも……ハルは……』

『ソフィア、あなたはちゃんと陽翔クンと話をしたの? 感情的になって、一方的になってない?』

『…………』


 ……何も言い返せない。だって、アタシは落ち込んでいるのを理由に、ハルと話もしないで裏切ったと思って、逃げだしてきたんだもん……。


『ママはね、陽翔クンはそんな酷い事をしないって信じてる。だからね、ママを信じて陽翔クンとちゃんと話してみて。大丈夫、あの過保護なパパが認める男の子なんだから』

『ママ……うん、わかった。怖いけど……ちゃんと話してみる! ありがとう。少し心が軽くなったよ!』

『ならよかったわ。応援してるから、頑張ってね。それで、一日も早く孫の顔を見せてね』

『ママ!?』

『ふふっ。じゃあね』


 も、もう……孫の顔なんて、まだ早すぎるよ。でも……そんな事に反応できるくらいには、心に余裕が出来たのかな。


「……うん、ちゃんとハルと話そう。それで、話も聞かずに逃げてごめんなさいって言おう! よし、そうと決まれば早く学園に――」

「うふふ、こんな所にいたんだ! 探したよー♪」

「全く、手間をかけさせないでほしいですわ」

「え……?」


 アタシの前に、一台の高級車が停まると、中からは見たくもない二人の姿が現れた。


 どうして二人がここに!? 今は授業中のはずなのに……!


「そんな怖い顔をしないで。ソフィアを楽しいパーティーに招待しに来たんだから!」

「そんなの行きたくない! もう放っておいて!」

「あらあら、そんなに喚いちゃって、無様ですこと! ワタクシとしては最高に気分が良いですけど! あなた達、彼女を連れていきなさい」

「え、なに!? やだ、放して!」


 目の前に二人に注意が行っていたアタシは、後ろから来た男の人達に成す術もなく捕まってしまい、そのまま車に乗せられてしまった。


 あ、アタシどうなっちゃうの……? 怖いよ……助けてハル……!




「やっと見つけたと思ったのに、これはマズいわねぇ……早く追いかけないとぉん!」



****



 理事長室に連れて来られた俺は、授業中だというのに、部屋の中に拘束されていた。拘束といっても別に縛られてるわけじゃないが、外に一切出させてもらえない。


 こんな事をしている間にも、ソフィアは一人で寂しがってるかもしれないのに……! 俺は一体何をしているんだ!


「理事長。西園寺です」

「入りなさい」

「失礼します」


 理事長室のドアがノックされる。そこから入ってきたのは、西園寺先輩率いる生徒会の面々と、ゆいの姿だった。


「みんな、どうしてここに? 授業中なのに……」

「大丈夫、先生から許可は貰っている。磯山君、大丈夫か?」

「あんまりですね……早くソフィアと話がしたいです」

「ゆいも事情を聞きました……。きっと話せばわかってくれるはずです……!」

「ああ……ありがとう、ゆい」

「全員揃いましたね。では話をしましょう」


 昭子おばさんの一声で、一斉にみんなの真面目な顔が昭子おばさんへと集まった。


「今回の件はかなりの大事になっています。由緒正しい聖マリア学園でこのような騒ぎはあってはならない事です」

「…………」


 今まで天条院の悪事は半ば放っておいたくせに、今更何を言っているんだとは思いつつも、グッと堪えて昭子おばさんの声に耳を傾ける。


「改めて聞きます。陽翔、あなたはこの写真のような事をしたのですか?」

「俺からはしてません。全てディア・ウィリアムと天条院 カレンが仕向けた事です」

「そうですか。天条院……悪評は届いてましたが、ここまでとは。これ以上は看過できませんね」

「はい。今日までに天条院がしてきた事で明るみになったことを含め、多くの証拠が集まってます。それに加えて今回の件も含めれば、いくら天条院家といえど、庇いきれないでしょう」


 西園寺先輩はタブレットを操作しながらそう言うと、そのタブレットを昭子おばさんへと見せた。


「我々生徒会で至急この画像を調べましたが、編集の痕跡がありました。それに、彼女も同じ情報を持っていました。我々に共有する前に実行に移されてしまいましたが……」

「彼女?」


 なんか話についていけなくなってきたぞ。彼女って、一体誰の事だ?


「彼女が味方になってくれたんだ。入ってきてくれ」

「……お前は……」


 理事長室に入ってきたのは、天条院にずっとくっついていたお付きの一人だった。よく天条院の後ろで褒めちぎっていた奴な。


「どうしてお前が?」

「その……実は私、家の会社が天条院家に弱みを握られていて……逆らえなくて、ずっとこき使われていたんです。でも、最近西園寺家の方が助けてくれてたので、従う必要が無くなったんです。それで、こうしてお礼に情報を提供したんです」

「そうだったのか……」


 こんな所にも、天条院の犠牲者がいただなんて。どれだけあいつの性根が腐ってるかがよくわかる。


「そういうわけだから、彼女は信用してもいい。あと、ソフィアさんの事は今イサミが探してくれている。見つけ次第連絡が来るはずだが……噂をすれば、だな」


 西園寺先輩のスマホから、ピロピロと音が鳴る。きっと金剛先輩からソフィアが見つかったという報告だろう。


 早くソフィアに会って、事情の説明と不安にさせた事への謝罪がしたい……そう思う俺の期待を打ち砕くように、スマホから金剛先輩の声が聞こえてきた。


『ふぬぁぁぁぁ!! こちら金剛よぉぉぉぉん!! 玲桜奈聞こえるぅぅぅ!?』

「あ、ああ……どうした?」

『小鳥遊ちゃんがぁぁぁぁ!! 天条院達に拉致されたのぉぉぉぉん!!』

「な、なんだって!?」


 え、今のって俺の幻聴じゃないよな? ソフィアが拉致って、一体どういう事だ!?


『今必死に走って追いかけれるのよぉん!! どうやら結構な人数を護衛につけてるみたいよぉぉぉぉ!!』

「よし、そのまま追跡して場所を送ってくれ! 我々もすぐに向かう!」

『おっけぇぇぇぇ! アタクシも追いついたら救出に入るわぁぁぁぁ!! ふんぬらぁぁぁぁ!!!!』


 まるで獣のような雄叫びを最後に、金剛先輩の声は聞こえなくなった。


 ソフィアが天条院とウィリアムに……! 早く助けに行かないと、あいつらなら酷い事をしてもおかしくない!


「くそっ! 早く行かないと!」

「待て! どこに行くつもりだ!」

「どこって、ソフィアの所に決まってます!」

「居場所がわからないだろう! 今は落ち着いて、イサミの連絡を待つんだ!」

「……はい」


 西園寺先輩に説得された俺は、渋々ソファに腰を下ろした。


 ソフィア……俺が情けないせいでソフィアの身が……すまないソフィア……頼むから無事でいてくれ!

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