第90話 真の作戦

 目を閉じたウィリアムの顔が、ゆっくりと俺に近づいていく。その距離はどんどんと縮まっていき、いつの間にか目と鼻の先にまで来ていた。


 ふざけんな! こんな奴とキスなんて……絶対にしてたまるか! それに、俺が心に決めたのは、小鳥遊 ソフィアだけだ!!


「させるか……!」

「そんな事してもムダムダ!」


 なんとかこれ以上近づけさせないように、俺はウィリアムの肩を掴んで押し返すが、体勢が悪すぎて押し返しきれない。


「こんな事をして……そこまでソフィアをいじめたいのか!?」

「いじめ? ひっどいなー。私はソフィアと遊びたいだけなの。知らないでしょ? ソフィアって、私と遊んでる時は楽しそうにキャーキャー言うんだよ?」

「それは楽しんでるわけじゃなくて、嫌がってるだけだ! 何故それがわからない!」

「わかってないのは君じゃん。ソフィアの近くにいなかったくせに、わかったような事を言わないでよ」


 確かに俺は、ソフィアとまた過ごすようになったのは四月からだ。でも、幼い頃はずっと一緒にいた俺にはわかる!


「てめえなんかに! 俺の大切な幼馴染の……恋人の気持ちをわかってるような事を抜かすんじゃねえ!!」

「きゃっ!」


 俺はもう半ば強引に押し返すと、ようやくウィリアムの拘束から抜け出す事が出来た。あとはこんな場所からは、さっさとオサラバするだけだ!


 そう思って入口の方に行くと、入口をノックする音が聞こえてきた。


「磯山ちゃ~ん? ここにいるのかしらぁ~?」

「この声は……!」

「はぁ、邪魔が入っちゃった。つまんないのー。それじゃアタシは帰るね。バーイ」


 目にも止まらぬ早さで、脱いだ下着と服を着たウィリアムは、窓から飛び降りて去っていった。


 お、おいおい大丈夫なのか!? って、普通に着地して走ってるじゃん。


 なんか大丈夫そうだな……ここは二階だから、飛び降りても変な落ち方をしなければ死なないだろうけど、無傷とはな……かなり運動神経がいいんだな。


「ふんっ! あらぁ、いるじゃないのぉ」

「金剛先輩……どうしてここに?」

「さっき桜羽ちゃんから連絡があってねん。こうして様子を見に来たってわけ」

「ありがとうございます。って……入口、鍵がかかってませんでしたか?」

「あらぁ、そうだったのん? 急いでたから、ちょっと力み過ぎちゃったわぁ」


 ……一応この人、生徒会副会長だよな? そんな人が、力任せに学園の物をぶっ壊していいんだろうか? まあ、それくらい急いで助けに来てくれたって考えよう。


「それで、やっぱりあの子だったのん?」

「はい。俺に色仕掛けをしてきました。それに、この件に天条院が絡んでるみたいです」

「またぁ? いい加減にしてほしいわねぇ。なんにせよ、これはうかうかしてはいられなさそうだわ。もっと重い処罰をした方が良さそう」

「重い処罰?」

「停学、退学……まあそんなところ。今回のはあまりにも大っぴらにしてるから、見逃せないのよぉ。それに、証拠も集めやすいから、詰めやすいっていうのもあるけどぉ。なんにせよ、アタクシの一存では決められないからぁ、すぐにとは言えないけどねん」


 あまり大事にしたくはないけど、ここまで酷い事をしてるんだから、重い罰が下るのは仕方がない。出来る事なら、一日でも早く収まってほしい。


「とりあえず、生徒会室で詳しく聞かせくれるかしらん?」

「もちろんです。そうだ、図書室にソフィアとゆいを待たせてるんですけど……」

「そうだったのねぇ。じゃあアタクシが責任をもって家に送り届けるわぁ。その時に事情も説明しておくわぁ~」

「よろしくお願いします」


 そう言い残して、金剛先輩は図書室へと向かって去っていった。


 はぁ……金剛先輩がいなかったら、どうなっていた事やら。今回の事件、俺の思った以上に大事になりそうだ……。



 ****



■ディア視点■


 あーあ、もうちょっとでうまくいきそうだったのに、想像以上に抵抗されて失敗に終わっちゃった。邪魔も入ってくるし、うまくいかないなー。


 まあでも、仕方ない仕方ない! 上手くいかなかったのが多い方が、上手くいった時に喜びは増えるよね! はぁ……ソフィアとまた遊べるのが待ち遠しいなぁ。


「ウィリアムさん、うまくいったかしら?」

「カレンさん! 残念だけど、大成功はしなかったよー」


 未来への希望に胸を膨らませていると、カレンさんがお友達の女の子を数人連れてやってきた。


「なにしてますの? せっかくこの全人類の上に立つワタクシが力と人員を貸したというのに、失敗するなんて信じられませんわ」

「失敗はしてないよー。最低限の事はしたから」

「例の件、ですわね?」

「そそっ。カレンさんのアイデアのやつ!」


 内心手厳しいなーと思いつつも、私はスマホを取り出してカレンさんに見せると、不満げな顔から一転して、とても楽しそうに笑った。


「ふふっ、良い感じですこと。これを上手く編集すれば、完璧ですわね」

「だねだね! ミッションは明日もうやっちゃう?」

「もちろんですわ。こういうのは早ければ早いほどいいですから」


 うん、それはそうだよね! なにしろ私は、一日でも早くソフィアとまた仲良くしたいんだもん!


「わかった! それじゃ後でデータ送るね! それと、明日は人を集めるのもよろしく!」

「言われなくても。天条院の名があれば、人員なんてあっという間に集まりますわ!」


 うーん? テンジョウインっていうのがどれくらい凄いのかは知らないけど、これだけ自信たっぷりなら信じてもいいよね!


 うふふ、イソヤマクンを彼氏にしてソフィアと彼についてたくさん話をする作戦は失敗しちゃったけど、本命のミッションをこのまま進めていくぞー!

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