第60話 西園寺先輩の本当の姿

 才能が無いって……そんなのあり得ないだろ。文武両道で社交的で、沢山の生徒から愛される生徒会長だぞ?


「ボールを真っ直ぐ投げられない、絵も不得意で、勉強も下から数えた方が良いくらいでしょう。本当に、誇張抜きにお嬢様に突出するものはありませんでした。むしろ、全てが平均以下でした」


 信じられないが、こんなに饒舌に言ってるんだから、嘘って事は無いだろう。


「才能が無いのを自覚しておられたお嬢様は、寝る間も惜しんで、ひたすらに自分を磨いてきました。それこそ勉強や武術、会話術や経営学。ありとあらゆるものを叩きこまれてきました。今でもお嬢様は、学業や生徒会の業務をこなした後に、毎日習い事をしておられるのです」


 そうだったのか……忙しそうにしているのは知っていたが、まさかそんなに忙しかっただなんて……。


 俺が見てきた文武両道の西園寺先輩の姿は、てっきり元々天才肌だからなのかと思っていた。けど、全て努力の結晶だったんだな。


「それを俺に言ってよかったんですか?」

「お嬢様と親しいあなたには、知っておいてもらいたかったのです。お嬢様はなにも特別じゃありません。努力して、今の地位に上り詰めた方です。だから、変に委縮せずに仲良くしてあげてください。それが私の願いです」

「はい、もちろん。どんな人であれ、西園寺先輩は俺の……友達ですから」


 何かが引っかかる。友達……うん、友達で良いんだよな? でも俺から見たら、三人は推しキャラで……俺はただのプレイヤー……って、考えても仕方ないな。俺は友達!


 さて、あとは西園寺先輩のお父さんから連絡を待って、ゆいを無事に家で過ごせるように場を整えてあげなくちゃ。これをやれば、ゆいのバッドエンドフラグも完全にへし折った事になるし。


 ……いいぞ。いいぞいいぞいいぞ! 最初は出来ないんじゃないかと思っていたけど、確実にバッドエンドの流れから変わってきている。この調子で、残りの一人……ソフィアのバッドエンドも俺がどうにかしてやる!



 ****



「ただい――」

「おかえりぃぃぃぃ!!」

「ほぎゃあ!?」


 夕方。何事もなく家に帰ってきたのも束の間、ソフィアの特大のおっぱいが俺の顔面に襲い掛かってきた。どうやら俺に勢いよく抱き着いてきて、そのまま一緒に倒れこんだようだ。


 な、なんで今日のおかえりはこんなに激しいんだ!? こんなに激しかった事は今まで一度もなかったぞ! ていうか、もにゅもにゅと息苦しさで、天国と地獄状態です! 誰か助けてください!


「ねえハル! 西園寺先輩はどうなったの!? ねえねえ!!」

「く、くふひい……」

「ソフィアちゃん……! 陽翔さんが喋れないですし、そのままじゃ死んじゃう……!」

「えぇ!? いやー! ハル死なないでー!」


 自分が元凶だと知らずに、ソフィアは泣きじゃくりながら俺に抱きつく力を強める。本格的に死にそうだから勘弁してくれ! さすがに二度も死にたくねーよ!!


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

「ごめんねハル。それで、西園寺先輩はどうなったの?」

「ああ、なんとか学園に残る事になった」

「「っ……!!」」


 リビングに移動してから、西園寺先輩の家で起こった事を説明すると、二人は嬉しそうに抱きしめ合った。


「ふぇぇぇぇん! やったやったぁー!! これでまた西園寺先輩に会えるんだねぇぇぇぇ!」

「よかった……本当によかった……!」


 二人して涙を流しながら喜びを爆発させる中、俺のスマホの画面が光った。どうやらメッセージが飛んできたようだ。


 あて先は……西園寺先輩だ。習い事の途中だと思っていたんだけど……。えーっとなになに?


『お父様から、特殊部隊の準備が出来たと通達があった。いつでも桜羽さんは家に帰っても問題無い』


 え、もう準備が出来たのか!? 早いにも程があるだろ! 早くても数日はかかると思っていたから、驚きを隠せない!


「あれ、またメッセージが来た……金剛先輩?」


 随分と珍しい人から来たものだ。連絡先は教えていたけど、全然連絡を取ってなかったし……。


『玲桜奈から事の顛末を聞きました。全て丸く収まって何よりです。全面的に協力してくれた磯山ちゃん、小鳥遊ちゃん、桜羽ちゃんに深く感謝を申し上げます』


 金剛先輩ってメッセージではこんな感じなんだな。いつもの言動とメッセージの温度差が凄すぎて風邪を引きそうだ。


 とりあえず二人に返事を出しておいてっと……これでよし。後はもう帰っても大丈夫な事を二人に伝え――


「これもハルが頑張ったおかげだよね! ハルは本当にすごいよ!」

「ゆいもそう思います……!」

「え、ちょっ!?」


 口を開こうとした瞬間、ソフィアが俺に思い切り抱きついてきた。ゆいもそれに続くように、俺に手を強く握ってブンブンと上下に振る。


 さ、さっきの顔面おっぱい地獄よりはマシだけど、抱きつかれるのは恥ずかしいんだって何度言えばわかるんだ!


「も、もう一つ大事な話があるから! 二人共一旦離れて!」

「大事な話?」

「なんでしょう……?」


 キョトンとしながら、二人は俺から離れて何故か正座をした。なんか二人共人形みたいでいつも以上に可愛く見える。不思議。


「前にゆいが襲われた日から、俺の家に居てもらっていたけど、家に帰っても大丈夫だ」

「え? どういう事ですか?」

「あー……なんて言えばいいか」


 ゆいの性格からして、護衛がついてるって知ってしまったら気を使いそうだけど、ちゃんと理由を説明しないで放りだしたら、それはそれで不安に思うよな。


 ……うん、ちゃんと素直に話そう。


「実は西園寺先輩の家の人が、ゆいを守ってくれるって言ってくれたんだ。要は護衛だな」

「え……ゆいを?」

「ああ。言っておくけど、金を取るとか聞いてないからそれは大丈夫だぞ」

「そんな……いいんでしょうか?」

「西園寺先輩にも、西園寺先輩のお父さんにも了承は貰ってる。むしろ、お父さんからの提案だからな」


 簡単に説明をすると、ゆいは何か考えるように顔を俯かせていた。


「……わかりました。いつまでもお世話になるわけにもいきませんし……」

「その点は全然考えなくていい。俺としては、元の生活に戻れた方がゆいのためになると思っただけだから」

「陽翔さんは優しいですね。本当にありがとうございます」

「う~……帰っちゃうのかぁ……せっかく一緒で楽しかったのにな……ねえ! 帰るのって今すぐにじゃないと駄目なの!?」

「別に駄目って事は無いと思うけど……」

「ならせめて帰るのは明日にしようよ! 明日は日曜だし、帰る前にたくさん遊ぼう!」


 そういえば、いつ帰るっていうのは全く伝えてなかった……一応聞いてみるか。


「ちょっと待ってくれ。西園寺先輩に聞いてみる。今習い事の途中だろうから、すぐに返事は……来たし!?」

『明日帰るのだな。では私の方から連絡を出しておく』

「えっと、大丈夫みたいだ」

「やったー! それじゃ今日は夜更かしして遊ぼう! 夜更かしにはお菓子とジュースが必要だし、さっそく買いに行こう!」


 なんか話が勝手に進んでいってるけど、せっかくだし三人で遊ぶのは悪くない提案だ。本当は西園寺先輩も呼びたいけど、それはワガママだよな。


「ゆいはいいか?」

「はい。夜更かしして遊ぶなんて……初めての経験なので、ちょっとワクワクです」

「おっけー。それじゃ出かけ――って、ソフィアはなんで脱いでるんだ!?」


 出かける準備をするために立ち上がろうとすると、目の前でソフィアがTシャツを脱いで下着姿になった。脱いだ拍子に、薄水色の大きいブラに包まれた、特大おっぱいがプルンと揺れた。


「だって部屋着だし!」

「なら自分の部屋で着替えろって!」

「え~? だって服、そこにあるし!」


 確かにソフィアの言う通り、リビングの隅っこには洗濯物が畳んでおいてある。でも、それが目の前で脱いでいい理由にはならない。


「えっと、ゆいも……陽翔さんの意見に賛成……です」

「ゆ、ゆいちゃんもそっちサイドだった~!? ふえ~ん」

「……とりあえず、準備して出かけないか?」

「それもそうだね! じゃあ着替えてくる! ゆいちゃん、いこっ!」


 泣いたり笑ったり忙しいソフィアに振り回される形になりつつも、抱えていた問題を片付けられた俺とゆいは、困ったように笑うのだった――

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