第53話 さらば、聖マリア学園

「去るって……どういう事ですか!?」

「言葉通りの意味さ。わからないなら辞書でも引いてみたまえ」

「茶化さないでください!」


 想定外の発言に、俺は声を荒げながら机を強く叩いてしまった。


 ……いや、想定外なんかじゃない。いつかはこうなると思っていた。


 何故なら、西園寺先輩が学園を去る……これは、西園寺先輩のバッドエンドの話だからだ。


 でも、まさかこのタイミングで来るとは思ってなかった。確かゲームでは、このイベントは夏休み明けに起こるはずなのに……やっぱりここもゲームと変わっているという事か。


「それで、どうして学園を去るんですか?」

「そうだな……事の発端は、昨日君と別れてからすぐの事だ」


 西園寺先輩は深く溜息を漏らしながら、ぽつぽつと話し始めた――



 ****



■玲桜奈視点■


 君と別れてから、私は桜羽さんを襲った男達を運んでいる最中に、お父様から電話があった。その電話で、私にお父様はこう仰った。


 会社のために、近いうちに学園を辞めて会社に来てくれ、と。


 いずれは私はお父様の会社に行く事は決まっていた。ゆくゆくは社長業を継ぐ事も。そのために、私は社長になるのに必要な勉強をしてきた。


 だが、それはあくまでしっかりと大学まで卒業してからと、お父様と話して決めていた事なんだ。


 だから、私は家の者に男達を任せ、お父様に直接お話を伺う事にした。


『お父様、急に学園を辞めろだなんて、どういう事ですか!? 約束では大学を卒業してからだったはずです!』

『そうも言っていられない事態になったのだ』

『どういう事ですか!?』

『ここ最近、突然わが社の重役や重要ポジションの人間が一気に引き抜きされてしまい、人員不足になってしまった。原因は不明だ』

『引き抜き……!?』


 その時にお父様から聞いた社員は、私も会った事のある凄い人材だった。そして、会社のために頑張っていた人達だ。そんな人達が一気に抜けてしまえば、会社にとって甚大な被害になる。


 だから、幼い頃から社長になるために勉強をして能力を高めてきた私に、一日でも早く入社して、空いた穴を埋めてほしいという算段だと、私はすぐに理解した。


 それと同時に、私はこの引き抜きが、天条院の手の内の誰かによって引き起こされた、私への報復なんじゃないかと思った。天条院家の力があれば、その程度容易いだろうからな。


 とはいえ、明確な証拠がない以上、深くは言及できない。


 だから私は、お父様の要求を素直に飲み、学園を去る事に決めたんだ――



 ****



「…………」

「別にたいして面白い話でもないだろう? さあ、満足したなら早く帰って桜羽さんを安心させてあげるんだ」

「……ふざけんな!!」


 俺は全ての怒りをぶつけるように、机に拳を振り下ろす。拳はジンジンするし、手のひらにはヌルヌルした液体が徐々に染みわたっているが、そんなの気にならないくらい、俺は怒りに支配されていた。


「何をそんなにムキになっている。こんなのよくある話だろう?」

「ムキになりますよ! どいつもこいつもふざけやがって……報復のためにそこまでするか!? 西園寺先輩の気持ちを一切考えないで、なにが父親だ!?」

「ふっ……」

「何笑ってるんですか!!」

「すまない、私のためにそんなに怒ってくれるのはイサミくらいだと思っていたからね。ちょっと嬉しくなってしまったんだ」

「嬉しくって……」


 一大事だというのに、西園寺先輩はどうして笑っているんだ? 俺はこの後どうなるか知っている。西園寺先輩はそのまま学園を去り、誰もいない所で学園の事を思い出して涙を流すエンドになる。


 そんなの絶対にさせない。会社にとってはそれがベストなのかもしれないけど、きっとそれ以上にベストな……グッドエンドがあるはずなんだ!!


「西園寺先輩、スマホを貸してください!」

「あ、ああ……」


 俺は西園寺先輩からスマホを受け取ると、手早く操作をしてある人物に電話をかける。その相手は……一人しかいない。


「もしもし」

『もしもし……? 誰だね君は』

「はじめまして、聖マリア学園に通う磯山 陽翔と申します。西園寺 玲桜奈さんのご友人をさせていただいてます」

「なっ……!? なにしてるんだ!!」


 西園寺先輩が驚くのを無視しながら、俺は電話に集中する。なにせ、相手はあの西園寺グループのトップだからな。


『聖マリア学園の……男子生徒? ああ、君が噂の初の男子生徒か。話は娘から聞いているよ。なかなか誠意のある男と聞いていたんだが……突然電話をするだなんて、娘の買いかぶりだったかね?』

「ご無礼は承知でお電話しました。つい先ほど、西園寺さんが学園を去ると聞いたので、直談判をしようと思って。大雑把に事情も聞きました」

『ほう。そのうえで連絡をするとは。面白い、話を聞こう』

「ありがとうございます。単刀直入に言います。西園寺さんを学園に残してください!」


 思いをストレートにぶつけてみるが、帰ってきたのは小さな溜息だった。


『わかってるのかい? 重役がいなければ、下が回らない、そうなれば、いずれはほころびが出て会社は機能しなくなる。それが一部だとしても、割を食う人間はいるだろう。仮に彼らやその家族が路頭に迷ってしまうとしても、それでも君は娘を引き留めようとするのかね』


 言っている事は理解できる。俺だって、会社の人達が急にクビになんてなったら、それこそ申し訳なささで死ぬかもしれない。


 でも……だからといって、俺の主張を収めるわけにはいかない。


「それは学園だって同じです。優秀な生徒会長の元には、生徒から沢山の要望が流れてくる。西園寺さんがいなくなれば、この要望は誰が受ければいい? 生徒会? 彼らだって西園寺さんの指示があるから動けるのであって、司令塔がいなくなれば力は半減です。そうすれば、未来ある生徒の学びの場が荒廃してしまうかもしれません」


 相手は大人なのに、偉そうに言ってる気しかしない。でも、しっかり言ってやらないと気が済まないから、俺は口を止めずに話し続けた。


『……ふむ。なら、娘が学園に本当に必要な人間だと言うなら、考えてみてもいい。方法は一任する。期限は次の土曜……は短すぎるな。来週の土曜にしよう。それじゃ、私はこれから会議でね』

「はい、お忙しい所ありがとうございました。失礼いたします」


 通話終了ボタンを押した俺は、その場で座って気の抜けたような表情を浮かべてしまった。


 ふぅ……もう自分でも言ってる事が滅茶苦茶すぎて笑っちゃうな。でも、俺の気持ちは伝わったと信じたい。


「君という男は……! お父様にたてつくだなんて……!」

「西園寺先輩は、いいんですか!?」

「え?」

「西園寺先輩は前に、学園での生活が楽しそうに見てました。それを身勝手なもので奪われるなんて、おかしいです!」

「……わたし、は……」

「俺は、楽しそうに学園の事を話したり、一緒に体育祭を一緒に楽しんだりしました。一緒に過ごした時間は短いけど、西園寺先輩が楽しい学校生活を送ってるの見てました。それを、あんなふざけた奴のために奪われてるなんて、納得できない!」

「…………」

「先輩は、どうしたいんですか? 残りたくないんですか!?」

「……残り、たい。学園は楽しいし、君達と知り合えて楽しくて……充実しているのに……」


 西園寺先輩は感情のぶつけ先が無かったのだろう。うつむいたまま、声を殺して泣いていた。


 やっぱり、一人で無理をしていたんだな……会社の事、学園の事、自分の事。様々な要素が、西園寺先輩の双肩にのしかかっていたんだからな。


 そんな西園寺先輩の事を、俺は優しく抱きしめた。


「な、なにをしているんだ? これは小鳥遊さんや桜羽さんに――」

「俺には西園寺先輩だって大切な人ですから」

「なっ……!? ば、ばかもの……」


 なんか怒られてしまったが、西園寺先輩はそのまま俺に抱きついたまま、嗚咽を漏らし始めた。


 いつもしっかり者の西園寺先輩だって、泣きたい時はある。だから、俺は西園寺先輩が気兼ねなく泣ける場所になりたい。


 それにしても、ゆいの一件も完全には終わってないのに、次の手を打ってくるなんて……性格してるぜ。


 ぼやいていても仕方ないし、西園寺先輩が学園を去るバッドエンドを回避するために動くぞ!

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