第43話 大接戦の末に……

「「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


 大歓声に包まれる校庭に、俺と西園寺先輩の雄たけびが響き渡る。


 なんとか西園寺先輩に追いつけたとはいえ、そこから中々距離を詰める事が出来ない。もう少しなのに……あともう少し!


 格闘技をやめてから、運動なんて体育くらいでしかしていないうえに、前世ではそもそも運動音痴だった俺には、もう体力なんて残ってない。足は重いし、息は苦しいし、喉も張り付きそうなくらいカラカラだ。


 それでも、少しでもバッドエンドからグッドエンドに持っていく可能性を掴むために、二人に報いるために……そして、西園寺先輩との勝負に悔いを残さないために、足を止めるわけにはいかない!


「はぁ! はぁ! くっ……そぉ!!」


 無我夢中で走っていたら、西園寺先輩はもう最後のコーナーに差し掛かっていた。このままでは追いつく前にゴールしてしまう! もっと、もっと動け俺の足!!


「陽翔さーん!! 頑張ってー!!」

「負けるなぁぁぁぁ!! ハルぅぅぅぅ!!」

「っ……!?」


 これだけの大歓声で、人も沢山いるというのに、俺の目には必死に応援している二人の姿が、そして耳には声が聞こえてきた。


 二人共、あんなに必死になって俺を……ありがとう。二人の応援があれば……俺は無敵だ!!


「うおぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁ!!」


 喉が潰れてしまうんじゃないかと思うくらいの大音量の雄たけびを上げながら、俺は最後のスパートをかけにいく。


 もっと速く。もっと! もっともっともっと!!


「っ……! 磯山君……!!」

「西園寺先輩!!」


 ゴールまであと僅かの所で、俺はついに西園寺先輩に並んだ。


 あと少し、最後の最後まで足を動かせ! 腕を振れ! ほんの一ミリでも先に走れ!!


「ワタクシを!! 舐めるんじゃないわよぉぉぉぉ!!」

「なっ!?」


 西園寺先輩と一騎討ちになると思いきや、後ろからまさに怒涛の勢いで天条院が上がってきた。


 差をつけたんだから、もう来ないと思っていたのに……! なんて執念だ!


「西園寺家の者として! 私は負けん!」

「頂点に君臨するのは!! ワタクシですわぁぁぁぁ!!」

「絶対に負けるかぁぁぁ!!」


 もう誰が勝っているか自分で判断できないくらいのデッドヒートを繰り広げた俺達は、そのままゴールテープを切った。


 なんとか走り切ったのは良かったが、俺の体はもう限界を迎えていたようで、勢いそのままで転んでしまい、地面をゴロゴロと転がってしまった。


「はぁ……はぁ……ごほっ……おえっ……」

「すう……はぁ……い、磯山君……良い勝負だった」

「西園寺先輩……」


 転んだ痛みなどそっちのけで、あまりの疲労で吐き気を覚えていると、青空しか見えなかった景色に、俺に手を差し伸べる西園寺先輩が入り込んだ。


「怪我はないか? 立てるか?」

「ぜぇ……はぁ……な、なんとか……ありがとうございます」


 俺は西園寺先輩の手を取ると、そのまま彼女の手を借りてなんとか立ち上がった。


 やべぇ……酸欠と疲労でフラフラするし、頭もボーっとする。我ながらどんだけ必死に走ってんだよと思ってしまうくらいだ。


「まだ勝敗は出ていないが、言わせてくれ。最高に熱い勝負をありがとう」


 西園寺先輩はそう言いながら、俺を掴む手に更に力を入れてきた。それに対して、俺も応えるように力を入れて、熱い握手を交わした。


 終わって握手を交わすのは、ゲームにもあった流れだが、こうして目の前にいる西園寺先輩とすると、何か胸に来るものがある。


 ……ソフィアとゆいの応援に応えられてよかった。西園寺先輩と正々堂々と勝負出来てよかった。


 あとはバッドエンドの流れから離れてくれると嬉しいんだが……こればかりはわからないんだよな。


「実行委員会です。放送席よりお伝えします。ただいまの結果ですが、僅差だったので写真判定行いました。結果……僅かな差で磯山君が勝っていました! 最終順位は、一位、白組第一チーム。二位、赤組第一チーム、三位、白組第二チーム、四位、赤組第二チームです」


 え……? 俺が……勝った?


「ふぅ……そうか。二番……か。西園寺家の娘として負けは推奨されない事だが……今回に関しては清々しい気分だ」


 呆気に取られていると、湧きあがる歓声と、それに紛れる俺へのブーイングが聞こえてきた。


 でも今はそんな事はどうでもいい。もう驚きと疲労の方が酷すぎて、ブーイングの内容が全然伝わってこない。


「そんな……嘘ですわ……ワタクシが……全ての上に立つ選ばれしワタクシが……こんな連中に一度も勝てないだなんて……ワタクシは信じない! ワタクシが一番なのよ!!」


 上に立つ者とは思えないような、子供の様な言い分に、俺と西園寺先輩は揃って溜息を吐いてしまった。


「……やれやれ、予想していた事とはいえ、あまり気分は良くないな。天条院も彼女達も、健闘を称える事も出来ないのか。気分を害するようなら、私が放送で止めてくるが?」

「いえ、大丈夫です。天条院が悔しがる気持ちも、彼女達が俺を責めたくなる気持ちも、わからないでもないですから」


 推しがあとちょっとで勝てなくて悔しい、邪魔した奴が憎い――そんなの、どこにでもある話だからな。


 まあ天条院のは原動力が醜いものだから、同情は出来ないけどさ。


「だから、これは俺の勝利の勲章として、胸に刻んでおきますよ」

「そうか。君は強い男だな」

「いえそんな。西園寺先輩と比べたら俺なんて全然――え?」

「む?」

「ふー……ふー……」


 二人で談笑していると、鼻息の荒い天条院が、俺達の前に立った。いつも見下すような笑みを浮かべているのに、負けた怒りで顔が真っ赤になっている。


「磯山 陽翔……小鳥遊 ソフィア……桜羽 ゆい……西園寺 玲桜奈……お前らは、ワタクシを悉く邪魔してきた。もう勘弁ならないわ。この胸の奥から燃え滾っている、怨嗟の炎を鎮めるためにも、いつか何千倍にして返すから、覚えておきなさい!」


 それだけ言って満足したのか、天条院はフラフラした足取りで去っていった。


 なんか……あいつの目、少しイッてた気がするな……変な事をしなければいいんだが。


「やれやれ、また面倒事を起こさなければいいが……。磯山君、もし何かあったら我々を頼ってくれ。力になろう」

「え、でもご迷惑じゃ……」

「なに、気にするな。最初は男だからと嫌悪していたが、今は君の事は悪い人間じゃないと思っているからな。だから、これからも共に学園生活を謳歌しようじゃないか」


 爽やかな笑顔で言う西園寺先輩に、俺は力強く頷いて見せた。


「西園寺先輩……はい! こちらこそ! これからも仲良くしてください!」

「おやおや、それじゃ友達になるみたいじゃないか」

「そうです。お友達になりましょうと言っているんです。そうすれば、仕事とかも頼みやすいでしょう?」

「ま、まあ確かにそうだが……恥ずかしながら、異性の友達が出来た事がなくてな……ど、動揺を隠せないのだ」


 細くて綺麗な指で頬を掻きながら、そっぽを向く西園寺先輩。その顔は何処か恥ずかしそうに赤らめていた。


 変な妨害はあったとはいえ、結果的に見れば上手くいってホッとした。この調子で、これからも三人をバッドエンドから救うために頑張ろう――

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