第123話 秘策の粉
その日の夕方。
ディーニャに別れを告げた俺は、いつの間に隅で寝ていたツキネを連れて店に戻る。
「キュウ!」
「ああ。今作るよ」
厨房に入って大きく伸びをした俺は、ツキネのための油揚げを生成。
「キュキュ♪」
大皿に盛られた大量の油揚げに、尻尾を振ったツキネが飛びつく。
「さて、それじゃ試してみようかな」
俺はそう呟くと、ポーチから二種類のポーションを取り出す。
ディーニャとの別れ際にサンプルとしてもらったものだ。
種類はライフポーション(強力タイプ)と麻痺治しポーション。
試飲した五種類の中でも特に味の強いものをあえて貰った。
これら二種類で味の改良が上手くいけば、他のポーションも問題ないという考えからだ。
「……よし。こんなもんかな」
俺はまずライフポーション(強力タイプ)の栓を開け、コップに一センチほど注ぐ。
それから俺は布袋を手に取り、中の白い粉末を小皿に出す。
ディーニャの店で最後に見せた、ポーション改良における秘策の粉だ。
秘策のポイントは、味を足すのではなく〝引く〟ということ。
強烈すぎる味に対して補足的な味を追加するのは無意味なため、大元の味を薄めようというわけだ。
そこで俺が思い出したのが、懐かしきグーテでの料理コンテスト。
あの時の俺は味覚創造の能力の一つである『味の転写』を使って、調理した品の味を一旦〝ゼロ〟にした。
一度無味に変えた料理に、新たな味を重ねがけする。
そういう手法を採ることにより、思い通りの味を付与することに成功したのだ。
ならば今回のポーションでも、同じことができておかしくはない。
たしかに転写は使えないが、その代用に生み出したのがこの白い粉。
強力な無味のイメージを込めた粉だ。
もちろん、ただ味がしないだけの粉なら、ポーションに加えても意味がない。
しかし、実際に無味の転写が成功したことを考えれば、俺のイメージが込められたこの粉も単なる無味の粉ではないはず。
そんな期待を抱きながら、ポーションに粉を入れて混ぜる。
入れた粉の量は、大匙1.5杯ほど。
見た目は特に変わっていないが、心なしかさっきよりマシに見えた。
「よし……」
俺は意を決して、コップに口を付ける。
「ん……苦い、が……」
まだまだ強烈な風味は健在だが、明らかに苦味が薄まっている。
試しに残りの粉末を全て加えて飲むと、一段と風味は薄くなった。
「おお!」
これはいけるぞ。
そう確信した俺は、その場で【味覚創造】を発動する。
イメージするのは、さらに強力な無味。
どんな風味であろうと消し飛ばし、すべてを無に帰す強大な力。
全神経を集中させて、今の俺に生成できる最大限の無味を脳裏に描く。
「……今だ!」
イメージが最高の状態に仕上がったタイミングで、皿の上に粉末を生成。
無味のイメージが相当強力だったのか、店内メニューのメイン料理をも超える量の魔力が消費された。
「ふぅ、いい感じなんじゃないか?」
皿に生まれた粉はさきほどと違い、ほんのり銀色に輝いている。
その見た目からして、大きな効果が見込めそうだ。
俺は別のコップにライフポーションを注ぎ、一つまみ銀色の粉を入れる。
軽く掻き混ぜて飲んでみると、驚くほどに何の味も感じなかった。
「成功だ!」
小さくガッツポーズをしながら、もう一つの麻痺治しポーションでも試してみる。
ライフポーションと同じくらいの割合で粉を入れると、完全な無味になっていた。
「いやぁ、よかったぁ」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
一度ポーションの味さえ消せれば、後はもうこっちのものだ。
好きなようにポーションの味を調整して、同じ粉末の形で生成すればいい。
無味に変えたポーションにその粉を加えれば、新生ポーションの完成だ。
「あとは、ポーションの味を考えるだけだけど……」
ディーニャからは味の改良としか言われていないが、どうせなら種類毎に味の特色を出していきたい。
「まあ、その辺はまた今度かな」
ひとまず最大の問題は解決したし、ポーションの味についてはまた明日以降に考えようと思う。
元々、日毎の限定メニューの準備をしていたわけだから、そちらも並行して取り組まなければいけない。
「どうせだし、このまま日毎のメニューのほうをやっていくか」
ディーニャが店に来る前はたしか、トンカツの調整をしようとしていたはずだ。
俺はそのことを思い出して、再び【味覚創造】を発動するのだった。
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