第122話 ディーニャのポーション その2
※今回は少し長めです
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「……ふぅ、これで終わりか」
最後のポーションを飲み終わった俺は、ディーニャから貰った布の切れ端で口元を拭く。
通常タイプのライフポーション以外に俺が飲んだのは以下の四つ。
・ライフポーション(強力タイプ)
・マナポーション
・解毒ポーション
・麻痺治しポーション
まずライフポーション(強力タイプ)だが、これが全体でも一、二位を争うレベルで強烈だった。
純粋に通常タイプのポーションを濃くした感じで、口内に突き抜けるような苦みが走る。
一度飲み込むのを躊躇すれば、もう簡単には飲み込めない。
前世で飲むのに苦労した漢方が霞むレベルだ。
そして、次に飲んだマナポーションは、とにかく独特な味がした。
強烈な苦みこそないものの、薬草由来なのか奇妙な香りが鼻に抜けて、あまり気分の良いものではない。
とはいえ、息を止めていればそれほど苦痛ではないため、全体の中では一番マシだろう。
その点、解毒ポーションと麻痺治しポーションは舌への刺激が非常に強く、息を止めてもどうにもならなかった。
特に最後の麻痺治しポーション。
麻痺を以て麻痺を制すと言わんばかりの、電撃のような痺れがあった。
体に馴染んで直ちに痺れが消えなければ、むしろ麻痺になるポーションなのかと思う味だ。
解毒ポーションも麻痺治しポーションよりは飲みやすいが、かなりの辛みと強めの苦みが同時に襲いかかるので辛い。
「さて、ポーションの味を見たわけだけど……」
布の切れ端を懐にしまった俺は、一つ咳払いをして言う。
五種類の味見をしたことで、ディーニャのポーションについては十分理解できた。
「次の段階として、ポーションの製作過程を知りたいんだ。もしよければ、実際にポーションを作ってみせてくれないか?」
「いいッスよ! ぱぱっと一つ作っちゃいますね! 通常タイプのライフポーションでいいッスか?」
「種類は何でもいいけど、そんな簡単にできるのか?」
「ライフポーションなら朝飯前ッスね」
ニッと笑って言ったディーニャは、壁に掛けてある薄茶色のマントに手を伸ばす。
「それは?」
「調合の時に羽織る上着ッス。強力な殺菌魔法と、体内の魔力の巡りを良くする魔法がかけられてるんスよ」
「なるほど」
慣れた様子でマントを羽織り、テキパキと準備を進めるディーニャ。
さきほどまでのドジっ娘成分は鳴りを潜め、ものの数十秒で「準備完了ッス」とこちらを見た。
「近くで見ていても平気か?」
「もちろんッスよ! ぜひ近くで観察して、監修のヒントを見つけてもらえると嬉しいッス」
ディーニャはそう言って、調合台上の薬草を一つまみする。
「それじゃ、作るッスよ」
そうしていよいよ、彼女のポーション作りが始まった。
◆ ◆ ◆ ◆
「――とまあ、こんな感じッス」
作業開始からわずか一、二分。
ディーニャが手にしたガラス容器の中に、ライフポーションが出来上がっていた。
「本当にあっという間なんだな……」
「ライフポーションは作り慣れてるッスから」
ディーニャは簡単そうに言うが、俺が想像していたよりもポーション作りは複雑だった。
まず、二種類の薬草を別々にすり鉢で潰した後、薄青色の液体を加えて掻き混ぜる。
それらを特殊な紙――魔法陣的なものが描かれた紙で濾し、抽出された二種類の溶液に様々な粉末を足していく。
足し方にも順番があるのか一気には入れず、見惚れるような手捌きで作業を進めていた。
最後に二種類の溶液を混ぜ合わせ、仕上げと思われる粉末を入れる。
全体を通して細かな操作が多く、化学の実験を見ている感じだ。
「そういえば、ディーニャの目……」
工程の多さ以外にも、驚かされたことが一つ。
ポーションを調合している時のディーニャの目だ。
普段はブラウンの瞳なのだが、ふと見ると緋色になるタイミングがあった。
「ああ。自分、こう見えて龍人と人のハーフなんスよ」
「え、そうなのか……?」
「そうッスよ。ほら」
ディーニャはそう言って、右腕側の袖を捲る。
すると、手首の少し上のほうに、赤い鱗に覆われている部分が見えた。
「外見は人である母の影響が強く出たんで、腕とかの一部にしか龍人の特徴はないッスけど」
「なるほど……ってことは、さっきの目も?」
「龍人族の特徴ッス。自分の場合、集中して魔力を使う時に瞳の色が変わるんスよね」
「そういうことか。ポーション作りでも魔力を使うんだな」
「結構重要な要素っッスよ。薬草の成分を活性化させて効果を高めたり、違う成分同士の馴染みを良くしたり……薬師が魔力を扱う技量が、ポーションの出来に直結すると言っても過言ではないッス! 自分は――」
スイッチが入ったように魔力の重要性を説くディーニャ。
彼女のルーツである龍人は、龍人の中でも魔力の扱いに長けた一族だそうで、彼女もその才能を引き継いだそうだ。
「それと自分は、薬草の配合とかも他の薬師とは大きく違うんス」
また、工程が多いとは思っていたが、やはり一般的なポーションよりも手がかかっているらしい。
ディーニャの魔力との相性や、細かな成分の組み合わせを考慮し、他の薬師は使っていない薬草を多く使うそうだ。
途中で入れていた種々の粉末も、ディーニャの魔力で丁寧に活性化させ、最大限に薬効を引き出しているとのこと。
「ただ、その分だけ味は犠牲になるんスけど……」
「ふむふむ。実際にポーション作りを見て思ったんだけど、監修ってどんな感じでやるんだ? 使う薬草とかに意見するのか?」
ディーニャの話を聞いた感じ、下手に薬の素人が口を挟むのは難しそうだけど……
「基本的には追加材料のアドバイスをもらう感じッスね。この味には○○の実を合わせてみてほしい、とか。でも、実の種類とか入れるタイミングによっては薬効に影響が出ちゃうんで、その辺は薬師と相談しつつ……みたいな感じッス」
「なるほど」
その話を聞くと、ディーニャのポーションを監修する難しさがよく分かる。
あれだけ強烈な味なのだから、ちょっとやそっとの材料を足しても意味がない。
むしろ、下手に甘味等を加えれば余計に不味くなるだろう。
あの味を改善するためには、もっと根本的な部分、それこそ使う薬草から変えなければ厳しいレベルだ。
しかし、細かい操作が多く繊細なディーニャのポーションに、そんな大胆な改善は到底不可能。
「普通に考えれば〝詰み〟か……」
「やっぱりどうにもならないッスか?」
「いや」
しょんぼりと俯いたディーニャにそう答え、顎に手を当てる。
「たとえば……完全にポーションが仕上がった後に何かを加えたら薬効は変わるか?」
「出来上がった後ッスか? そうッスね……大抵のものなら影響はなさそうッスけど」
「そうか」
「ただ、自分で言うのも何ッスけど……完成後に足しても変わるかどうか……何かで薄めたりすると、それだけ効果が弱まりますし……」
ディーニャの言葉を聞きながら、俺は「うーん」と考える。
最後に足しても問題がないのならば、それが一番楽でいい。
要は、子供が薬を飲みやすいようにしてくれる商品と同じ発想だ。
「そうだな、たとえば……」
ディーニャが作ったポーションを送ってもらい、それら一つ一つに【味覚創造】の能力の一つ――〝味覚の転写〟を行う。
かなり強引な方法だが、おそらく一番有効な方法だ。
問題があるとすれば、定期的な味覚の転写が必要なこと。
店での仕事や新メニューの試作等、俺にもやることは多いので、ディーニャのポーションに割ける時間も限られてくる。
「……待てよ?」
そこまで考えたところで、俺の頭に一つの妙案が浮かぶ。
「ディーニャ、ちょっといいか?」
俺は念のため持ってきていた小さなポーチから、空の布袋を取り出す。
ディーニャの死角で【味覚創造】を発動し、とあるものを袋の中に生成した。
「この中身なんだけど、ポーションに加えても問題はなさそうか?」
「……? ちょっと確認してみるッスね」
ディーニャはそう言うと、袋を開けて手をかざし、ぶつぶつと何かを唱える。
「――大丈夫ッスね。特に薬効に影響のありそうな成分はないみたいッス」
「そうか。よかった」
「あの、これは何なんスか?」
「まあ、ちょっとした秘策だよ。上手くいったら教える」
ディーニャをぬか喜びさせないためにも、まだその詳細は伏せておく。
だけど、これを加えてもポーションの効果に問題がないなら――
閃いた一筋の光明に、俺は口角を上げるのだった。
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