第226話 異世界スクール戦略 衆議院選挙公示2日前 10月中旬

<<サイレン ラボ>>


さて、今日は軽空母でメイクイーンに行く日である。もちろん、防衛部隊の訓練生と楠木陰陽会の方々も同乗する。半分くらい二日酔い状態である。俺はズルしたけど。


「今回はメイクイーンか。お前も忙しいヤツだな」と、腕組みしたディーが、出発準備に慌ただしい軽空母の下でたたずむ。ディーも昨日相当飲んだはずなのに、ケロっとしている。


「ディー。今日は、俺の築城の第一歩なんだ」


「ふうん。それがお前の目標なのは分かって入るんだが。この時期でなくてもいいだろうに・・・」


ディーは明らかに不満があるようだ。スタンピードの規模が国難レベルなのに、俺がのんきに趣味に走っているからだと思う。


「ディー。この築城は日本人の築城技師を育てるための第一歩だ。きっとこの国の役にも立つ」


「そっか・・・お前は俺の部屋と行き来できるんだよな」


「そうだな」


「ふん。ちょくちょく戻ってこい!」と、ディーが言って、踵を返して立ち去ってしまった。珍しく不機嫌なようだ。


「まあ、今日は日本人会の緊急会議もある。直ぐに帰ってくるさ」と、ディーの背中に言い訳をした。


ごめんなディー。



・・・・

<<メイクイーン領近くの上空>>


『見えました。メイクイーン。減速注意』 魔道スピーカーから、マシュリーの声が聞こえる。


今回は、魔石ハントはせずにメイクイーンに直行する。

ここで、魔術講師をお出迎えするのだ。


俺と糸目は厨房横のハイカウンターで仲良くPC作業をしていた。

糸目は魔術判定結果の整理、俺は築城関連で色々と。


「さて、着いた。行ってくるか」


「行ってらっしゃい」と、糸目がこちらを見ずに言った。まるで他人事のような態度だ。


「お前は来ないのか?」


「忙しい。築城班の本体が来るまでには終わらせておきたいの」


「そっか」


まあ、千人分のデータベースだ。ここは、その仕事に集中して貰おう。


・・・


俺はノルンとツツと訓練生24名を連れて、ぞろぞろと『ノーラのパン屋』へ。話が通っていたらしく、直ぐにノーラさんが出てくる。


「話はノルンから伺っています。攻撃魔術の講師の件、お受けしましょう。ただし、基礎だけです。奥義は教えられないんです」と、赤髪のノーラさんが言った。


「旦那、魔術の奥義は師匠に弟子入りしないと授けられない。恐竜を追い払ったり、野良モンスターを倒すくらいなら基礎で十分だと思う」とはノルンの言。


「了解。それは仕方がなさそうだ」


講師を受けてくれるだけでも儲け物だろう。あまり防衛隊が強力になりすぎても他国を刺激するかもしれないし。考えすぎかもしれないけど。


「人数は10名程度と伺っておりましたが」と、ノーラさんが俺の後ろにいる人達を見て言った。まあ、明らかに10名より多い。


「事情によって24名になってしまって。基礎訓練の場所はメイクイーンで、その後は五稜郭に行く予定です。それまでの御飯は、このお店を利用したいなと」


24名の内訳は清洋建設からの13名と、陰陽会の楠木さんプラス八坂さんら過激派11名だ。楠木さんも、魔術を身に付けて俺の力になりたいんだそうな。他意はなさそうなので、今回のキャンプにぶち込むことに。


「なかなかハードな事をおっしゃられますね。まあ、お店は旦那と子供がいますし、なんとかなります。その代わり・・・」


「はい。報酬ははずむし、第2世界の小麦粉とパンをサンプルで買ってきましょう」


何とも欲の無い追加条件。パン屋として色々と追求したいらしい。そのプロ根性は素直に尊敬する。


「では、皆さんは、ノーラさんとノルンの元で訓練してください。当面はメイクイーンで修行ですね。お金も少し渡しておきます。何かあったら糸目か、緊急事態が起きたらラムさんにそのことを伝えてください」


糸目には、俺の『シリーズ・ゲート』のキーを渡してある。空間魔術を入れたバックアップ用の魔石も渡してある。これで、糸目単独でも転移可能になるのだ。



・・・・

<<サイレン ディーの部屋>>


「おじゃましますっと。あ、ディー」


「お、お前・・・もう戻ってきたのか?」と、ディーが言った。少し驚いているような気がする。


サイレンと軽空母を繋ぐゲートはディーの自室に繋がるようになっている。

朝から別れてまだ昼前だからな。


「今日は皆を送っていっただけ。メイクイーンの俺個人の用事は済ませた」


「そうか。飯はどうするんだ?」


「一応、メイクイーンで食べる約束をしてきたけど」


「そっか。落ち着いたらここにも来い」


「はいよ」


・・・・


ディーと別れホテルへ。今日は日本人会の緊急総会が開かれる予定だったりする。


議題は衆議院選出馬等について。俺はあまり関係無いと考えていたので、余裕でいたけれど。


「来たわね。午前の部は終わったわよ。お昼食べながら今後の予定を打ち合わせるわよ」と、徳済さんが言った。彼女の後ろには、10人くらいの人がたむろしている。俺が知らない人もいる。


そのまま挨拶もそこそこに、ホテルのレストランで少し早いお昼を取ることに。

適当な椅子に座る。


すると、「こんにちは。私、ドワルゴンの社長をやっております」と、横から知らないおじさんに挨拶をされる。ドワルゴン? はて、聞いた事があるような無いような。


「ああ、はい。多比良です」と、適当な返事をしてしまう。


「あなたねぇ。少しはこっちの事にも興味を持ちなさい? この人は、ネットニュースとかをやっている会社の社長さん。明日、私が生のネットニュースに出るのよ」とは徳済さん。


「公示前に?」


「公示前だからよ。もちろん、選挙運動と取られる言動はしないわよ」


「そっか。どんな内容を?」


「はい。もちろん、異世界のことの説明。それから皆様がこちらに来られてからの逸話をはじめとして、こちらからの質問もさせていただこうと考えております」と、ドワルゴンさんが答えてくれる。


「そう。NHKすらまだ取材出来ていないことを発表しちゃうのよ」


「ほうほう。その心は?」


「私の知名度アップ。それから異世界のイメージを正しいものにしたいのよ。今はマスメディアが好き勝手言っている状態だから」


「なるほど。他の選挙戦略とかはどうなってんの?」


「ただ今協議中。午後からはその話がメインね」

皆でランチを食べながら、作戦会議。結構美味しい。


「流石に公示数日前に引っ越して、やれることは限られるでしょうに。勝算は?」


「分からない。別に落選してもいいわよ。でも、比例を含めて確実にアマビエ新党の議員数は増えると思う。それが狙いね」


「多比良さん、K川15区は首都圏のベッドタウンで大企業があまりありません。マリンスポーツなどの観光業くらいです。第一次産業も少ないですから、組織票が強く無いと思うんです」と言う彼は、地元出身の元国家公務員君。


「そうね。これまで総理が圧勝している選挙区ではあるけど、ここって、他の候補者が泡沫しかいないもの。知名度勝負と異世界という話題性があれば、ひょっとするとひょっとするわ。彼の引きつった顔、テレビで見たでしょ?」と言う彼女は、俺がアマビエさんと心の中で呼んでいる雨田議員。


皆で御飯を食べながら今後の話に花を咲かせる。皆に悲壮感はない。徳済さんが落ちてもあまりマイナスが無いからだろうか。いや、違うか。わくわくしているように感じる。


この歳になって、新しいことに挑戦できるわくわく感? 若しくは、子供の頃、いたずらを仕掛けた時の様な感覚に似ている。みんなこの状況を楽しんでいるのだ。


・・・・


午後から幹部が続々と集まってくる。


「お疲れ様っす、多比良さ~ん。まずい。ようつべPV伸びない。心が折れそう」と、前田さんがふらふらとやってきた。


「異世界の画像を流しているのに、再生回数が全然伸びてない件ね」


「そう。どうしたらいいと思う?」


「もういっそのこと、ラメヒー王国の公式ホームページを作って公式動画にしたら?」


「そうだよなぁ。公式だったら異世界って信じて貰えるだろうし。でもそうなると広告収入が・・・」


「二足のわらじで行けばいいじゃん。異世界が周知されてきたら、きっと本物だと信じて貰えると思うよ」


「その動画、私も見たけど地味すぎて面白く無いわよね。虎の子の恐竜動画も、地味~な草食恐竜が遠くで草をもちゃもちゃ食べてるだけだし」とアマビエさんが言った。


アマビエさんが普通に俺たちの会話に入ってきた。結構フレンドリーな人だ。


「だって、俺、魔道飛行機持ってないんだもん。古城のヤツは旅行で使うし」と、前田さんが少しすねる。


ううむ。とはいえ、本格的なマルチロールと魔王の魔道具の親機を貸し出す分けにもいかない。


魔道飛行機とは、結局親機を積んでいる母艦が無ければ稼働出来ない。だからこそ艦載機なのだ。


「軽空母にいる峠さんに頼んで、マルチロールに携帯式のカメラ付けて、何か撮ってこようか? この間モササウルスを見かけたけど、もの凄い迫力だったし。ラメヒー南部には首が長いヤツもいるし。というか峠さん暇なはずだし」


今はメイクイーンで魔術訓練中だしね。


「え? 頼める?」


「撮影機材貸してくれたら頼んで見るけど・・・そろそろ時間かな?」


「そうだな」


駄弁りは終了。日本人会午後の部が始まる。


・・・・


「と、言うわけで、まず、立候補者だが、異世界転移組600人からは、徳済さんを含め5名が出馬することになった。商工会の男性1人、針子連合から1人、三角商会から2人だ。このうち、三角の1人は実家の東京から小選挙区で出る」とは高遠さん。


「補足すると、この5人は全員アマビエ新党所属として出ることになるわ。これ以外に、日本にいる関係者からさらに10人」とは徳済さん。


「そうだ。なので、我々の関係者で15人が出馬する。うち、選挙区からは5名だ。三角重工や徳済会、それから宗教関係者が動けばもう少し出せるが、元々の候補者が与党に在籍しているため、あまり派手な応援はできない。小選挙区も与党が勝てそうにところに出る。もちろん、徳済さん以外」


「異世界がらみで何名か出馬することは他の党員には知らせています。だから、我が党として候補者が増えるのは問題ありません。もちろん、同じ小選挙区に出なければですけど。比例のみだったら何人でもOKです」とはアマビエさん。


「今、アマビエ新党には、国会議員7名、そのうち、衆議院議員は雨田議員を含めて6名。今回は異世界との積極外交を公約に掲げて戦うことになる。話題性もあるのでそこそこの得票は取れるでしょう」とは元国家公務員の誰か。


「後は、異世界施策以外のスタンスを決めておかないといけないでしょう。お手元の用紙をご覧ください」


紙には色々と書いてあった。着目ポイントとしては女性活躍社会とかが入っていることか? 党首が女性だし、話題性がある徳済さんも女性だからだろう。


「私達の基本スタンスは保守。経済は反緊縮。公共工事はバンバンやる。消費税は据え置き。異世界外交は推進。モリカケは終了事項。異世界の調査は異世界の国家に配慮しつつ、まずは日本単独で。そんなところかしら」と、アマビエさんが総括し、「次にK川県15区の戦略ね。さて、恐らく、メディアはここを一番注目してくるでしょうけど・・・」と、続けて言った。


「私は組織票欲しさに変な事を約束したりはしないわ。公約はサイレンと姉妹都市になるくらいかしら。地元の団体にお金配ったりもしない。街宣車も出さない。毎日サーフィンして街頭演説するだけよ。たまにネットニュースのインタビューを受けてもいいわ」と徳済さんが言った。


「何故、K川県15区で出馬なのかは、この際気にしなくてもいい。総理を小選挙区から落とすためだもの。後は、党首討論会のために、私に異世界の事を色々とレクチャーしてね。急いで勉強しなきゃ」とアマビエさんが言った。


「後一歩何かが欲しいと思うがな。総理が本当に赤い国とずぶずぶなら、その辺を突くとか?」とは高遠さん。この人も本気で選挙に取り組むみたいだ。本当に急がしい人だ。


「彼にはメディアが味方に付いている。結局テレビ放映されないと国民はなかなか信じないのよ。むしろ幹部が利権を独占しているという噂も流されてるし」とはアマビエさん。


「どう思う? 多比良さん」と、高遠さんが俺にキラーパス。


「・・ええつと。少しピントがずれるけど、仮に徳済さん出馬がなかったとして、小石川総理が総理続けたら、異世界の国、ラメヒー王国やマ国にとってはどうなの?」


俺にとって重要なのはそこなのだ。実際、小石川総理が直ちにラメヒー王国のスタンピード対策に自衛隊派遣を表明してくれたら、俺は与党に一票入れてもいい。そういえば、俺の住所って今更地なんだけど、届くのか? 選挙のはがき。


「そうね。彼らにとってはまず、私達を排除若しくは弱体化したいと思っているはずなの。その上で日本国とラメヒー王国の交渉が始まって、あっという間に様々な国の政府やメディアがこの国に入ると思うのね?」と、徳済さん。


「自分もそうなると思う」とは高遠さん。


「今の第2世界の国って、他国を支配する術に長けていると思わない? 金融にせよ、食料や資源、それから武器の輸出にしても。どんなに親切な顔をして近づいて来ても、外国は金儲けの道具としか思っていないところがあるのよ」とは徳済さん。なかなか辛辣だ。


「そういう面はあるのかもね」と、言っておく。正し、『パラレル・ゲート』の視点が抜けている気がしなくも無い。今はスルー。


「でね。今のラメヒー王国って、良くも悪くも無垢なのよ。この間も借金の形に私達を外国に売り飛ばそうとした貴族がいたじゃない。きっと、お金や武器、軍事協力をエサに、あっという間に第2世界の列強にいいようにされかねないの」


「それを俺たちで防ごうと? あえて聞くけど、それは少しおこがましいのでは? ラメヒー王国がモンスターにやられるくらいなら、武器商人のいる国と交渉した方がいいと思う。今の日本なら自衛隊も出さないだろうし。武器の輸出もしないだろう」


「そう。私達がどんなに抵抗しようと、世界が繋がってしまった以上、絶対に外国の侵入は防ぎきれないし、私達だけでラメヒー王国が望むことの全てはしてやれない。それは分かっているの。しかし、日本は民主主義国家よ。政治家を送り込むことで、全く出来なかったことも、少しは出来るようになる。私達は日本人なんだから、日本の政治家になる資格はあるの」と、徳済さんが言った。


少しでも出来ることから抵抗をするという意思か。今はそれしか出来ないか。それに、ラメヒー王国やマ国もそこまでガードは甘くないと思うのだ。


「多比良、お前の杞憂は分る。俺も全力を尽くす」と、水政くんが議論に入ってきた。俺の目をじっと見る。


彼は、おそらく、俺が個人で『パラレル・ゲート』を持っていることに気づいている気がする。

ここでそれを言うわけにはいけないから、言わないだけで。


異世界間取引は、結局の所『パラレル・ゲート』を所有している者が強い。

だが、どんなウルトラCがあるか分らない。慎重に行きたいし、俺なんかより頭がいい人達が付いていると頼もしい。


「うん。わかった。徳済さんを応援するよ」


「あら、貴方に改めて言われると嬉しいわね。貴方の会社にお願いしてもいいのよ?」


「う~ん。反緊縮だったら、自然と票が入るんじゃ無い? 総理対徳済さんだったら、この間の対談でかなり総理の株は下がったと思うし、結構いけるんじゃないかな。後は、ネットとかで情報流して、異世界は楽しい所っていうイメージを付けたり、異世界旅行を募っていることを公表したり、ヴェロニカさんと握手してみたり」


ささやかな応援はするけど、あまり、選挙に首を突っ込みたくないのだ。俺はただでさえ、あちらの世界では悪評垂れ流しだから。言葉を濁す。


「異世界旅行の公表かぁ。逆にぼったくりって批判がでないかな」と前田さんが言った。


「貰ったお金の使い道を公表すればいい。変な事には使っていないはずだし。献魔にもお金払うようにしただろ? その辺も公表して。逆に異世界交流が日本で進んでいないのは日本政府のせいだ。というイメージに持って行けたらいいと思う」とは高遠さん。


「なるほど」


その後、意見交換や政策のすり合わせ等を行って会議は終了。


「さて。これから私らでペーパー纏めますんで、皆さんは解散されてください」


辞め国家公務員の人達が頑張ってくれるらしい。頼もしい。


「了解。明日がネットニュースで明後日が公示だっけ? 俺もネットニュース見よう。時間教えておいて」


今日はそのままメイクイーンへ移動して、ノーラのパン屋で飯食って寝た。


魔術訓練の方は、全員、今日のうちに障壁が出るようになったそうだ。

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