第223話 水政くん、合流 10月中旬
<<清洋建設 特別室>>
「おはようございます」
今日も魔力判定員のノルンと糸目と船医、それから護衛のオキタと一緒に通勤する。ここ、殆ど俺の職場のようになっている。
「おはようございます。多比良さん。お、今日もオキタちゃんだったね。文房具準備しておいたよ。後で好きなの選びなさい。お代は気持ちでいいから」と、ベクトルさんが超笑顔で言った。
部屋のテーブルの上に、新品の文房具が積まれている。ノートとペン以外も、いろんな種類があるようだ。
ノルン達は魔力判定の続きを開始する。
オキタは早速文房具を物色している。
昨日、徳済さんはメディアにもみくちゃにされながら、首相官邸を去って行った。
その後、高そうなホテルに入り、そのまま一泊。
今日は朝からK川15区に移動し、準備ができ次第住民票を移すそうだ。
その後、アマビエ新党の政治家や支援者達と協議するとのこと。
不動産も病院を通じてどこかを抑えるようだ。
本気で衆議院選に出馬するつもりらしい。彼女らしい猪突猛進ぶりだ。
「異世界事情に理解がある政治家は増えた方がいいとは思うけど、この人材不足で徳済さんが日本の政治家になるのはなぁ」
「ふう~ん。選挙に出るんだ。でも、日本の政治家って人数多いよね」
オキタが文房具を物色しながら、辛辣なことを言う。
「人口も多いからね。マ国で言うなら、地方の貴族や豪族の長なんかも政治家としてひっくるめた感じ? 小選挙区制だし」
「ふう~ん。でも、当選しないと政治家になれないんでしょ?」
「そうなんだがなぁ。まあ、徳済さんに限っては、別に落ちてもいいと思うんだけどね」
「あの、多比良さん、少しよろしいですか」
オキタとしゃべっていると、ベクトルさんが入って来た。
「はいはい。何でしょう」
「良い物件を抑えておきました。海にも近く、目立たない一軒家です」
「ありがとうございますベクトルさん。後で『シリーズ・ゲート』付けとこ。今朝確認したんですけど、徳済さん、本気で出馬するみたいですね」
徳済さんの選挙区に、物件を1つ借りることにした。清洋建設の法人借り上げだ。
小田原さんに連絡しておこう。
「あははは。流石の総理も顔色が悪かったですからな。しかし、あそこは与党王国です。前回もトリプルスコアで勝利しています。彼の強気もここから来ています。ただ、あの面談の態度はどうでしょう。私は強い総理というより、単に偉そうでマイナスイメージを持ちました」
「まあ、負けてもこちらはあまり損はしませんし、むしろ異世界側の意見を表明する場ができます。一番得するのはアマビエ新党でしょうか。比例では確実に票が伸びると思いますし」
「そうですな」
「さて、それはそれとして、今日こそ築城の仕事を進め無ければ。設計を確認しないと」と言って、俺はPCに向き直る。徳済さんの方も気になるけど、こちらはこちらの仕事があるのだ。
するとそこに、ベクトルさんのスマホが鳴る。
「すみませんね・・・はい、ええ・・・」
ベクトルさんは申し分けなさそうに小声で話す。
まあ、お仕事なんだろう。
「あの、多比良さん」と、ベクトルさんが通話を切って、俺に話かけてくる
「はい、何でしょう」
「それが、水政氏が会社に来ていると」
「え?」
俺はベクトルさんの顔を見る。
「はい。実は、私は彼をスカウトしようと少し動きました。しかし、快い返事はいただけなかったんです」
「それで水政くんは何と言っているので?」
「それが、多比良さんに会わせて欲しいと。流石に、今ここにいると知って来たわけではないでしょうが」
「彼は一度異世界に来ていますからね。こことの関係も知っていましたか。お一人で?」
「いえ。5人でいらしています」
「5人? なんだろ。今日はツツが居ないけど。知らない仲じゃないしな。会いましょう」
ディーがブレーンを欲しがっているのを思い出した。彼なんてどうだろう。
・・・
「よう。多比良、久しぶりだな。ここに来れば会えると思っていたよ」と、水政くんが言った。仕事辞めたはずなのにスーツ姿だ。
相手は、水政くん含めて5名。皆スーツにネクタイ姿だ。歳は全員俺と同じくらいだろうか。
「久しぶりってほどでもないだろうに。で? また急だな」
「お前を助けに来た」
「ん? 俺はそんなに困ってないぞ?」
「いや、お前達、だな。ラメヒー王国と言い換えてもいいだろう」
「なに?」
「俺は役所を辞めた。俺たちを異世界に連れて行ってくれ」と、水政くんがじっとこちらを見つめて言った。
さて、どうしよう。何処まで本気か少しためそうと思った。
「あのなあ。俺はそういうのはビジネスでやっているわけで、いくら知り合いだからって無理だぞ?」
「ヴェロニカさんみたいに観光で行くつもりはない。ビジネスだ。紹介しよう。俺の仲間たちだ。絶対に役に立つぜ。まずは俺だな。俺は警察官僚だったんだ。内閣官房室までのし上がったが、夢潰えた。いや、他にやりたいことが見つかったんだ」
水政くんが、子供みたいに目をキラキラさせている。
「そして、彼は
辞検さんが挨拶する。
「そして彼は元総務省。横の彼が元財務省。彼は何と茅ヶ崎市出身だ。最後の彼が元国土交通省だ」
「一応、聞くけど、家族構成とかは? 出張気分では困るんだけど」
「俺も含めて全員独身だ。多比良。俺たちの年代はなぁ。少なかれ変わりたい、若しくは戻りたいって願望があるものなんだ。異世界に行って頑張っている同年代を見て、元気が出たんだ」
それは何となく分るが。
「どうすればいいんだ? いや、どうしたいんだ?」
「我々5人は能力も適性も違う。だが、まずは皆異世界に連れていって欲しい。俺以外の辞め国家公務員は、当面、徳済さんに協力するのがいいだろう。俺はラメヒー王国に仕えたいと思っているんだ。国籍は日本のままが動きやすいだろう。外部アドバイザー的な位置づけでかまわない。あの国には、そういう人材が必要だと思うんだ」と、水政くんが言った。渡りに舟、なのかもしれない。
「ふむ。そういえば、俺たちは人手不足だったな・・・」
「それじゃ・・」
「40秒で支度しな!」
「お前それ寒いって・・・」と、水政くんが少し引いた。
渾身のギャグだったのに・・・
ひとまず、今は俺達も仕事があるので、夕方まで待って貰うことに。
・・・
夕方、「終わったわよ-」と言って、糸目が事務所にやってきた。
「ほいほい。では、皆さん、行きましょうか」と言って、待機していた水政くん達の方を見る。
そのまま『パラレル・ゲート』に移動。途中のアナザルームでは、ノルンが部屋を掃除中だった。
こちらに気付いたノルンが、「あれ? ミズマサ!? 戻ってきたの?」と言った。
「ノルン。あなたはここで何を?」と、水政くんが返す。
「え? バイト」
確かにバイトだな。
「バイト? そ、そうですかぁ」
「おお、水政氏。そちらの方は?」「おお、まるで女神のようだ。まさかエルフなのでは?」「水政氏、紹介をば」
このノリは・・・少し心配になってきた。
「ええ? なんなのなんなの? ええ~~?」
何故か辞め国家公務員の4人がノルンに握手を求めに行く。
ノルンのやつ、にやにやして嬉しそうに握手に応じてやがるな。何で?
よく見ると、男性陣は皆手する手が震えるくらいに緊張している。多分、そういう事なんだろう。
ノルンは、嫌がる男を襲うのを生きがいにしているが、『嫌がる』の定義も様々だ。きっと女性恐怖症や、おっさんのくせに、女性が苦手な男も含むのだろう。
・・・
<<サイレン 日本居酒屋>>
今日はもう遅いので、ディーに一声だけかけて、居酒屋で歓迎会をすることに。入国手続きは明日することで了承を得た。このあたりは結構ラフなのだ。
「いらっしゃい。多比良さん、昨日ぶりね。あら? あなたは水政くんね」と、祥子さんが言った。
「祥子さん、お久しぶりです。戻って来ちゃいました」と、水政くんが祥子さんに話かけると、カウンターに座っていたラムさんが殺気を放つ。
「ラムさん、落ち着いて。ヤツは多分、ノルン狙いだ。というかラムさん、ヴェロニカさんのマ国コンサート、行かなかったんだ」
今、ツツがお休みなのは、コンサートがあるからなのだ。
「俺は祥子さん一筋だからな。しかし、彼らも難儀なやつを好きになったもんだ」とラムさんが言って、カウンターの方を向く、こちらへの興味が無くなったようだ。
「祥子さん、8名いける?」
「ぎり大丈夫」
「じゃ、お願い」
俺は護衛役にヒューイを連れて、急遽合流した5名を連れて日本居酒屋へやってきた。
護衛のオキタは晶に会いにいった。ノルンは勝手についてきた。
適当に料理とお酒を注文する。
すぐに付け出しとお酒が出てきた。
「さて、やっと落ち着いたな。で? 詳しく話して貰おうか」
「ああ、それは・・・」
水政くんが話始めると、入り口が開く音がする。
「あ、いらっしゃい! 多恵、多比良さん来てるわよ」と、祥子さんが言った。
「やっぱりいた」と、徳済さんの声が聞こえた。
なんと、徳済さん登場。後ろにはアマビエさんもいる。どうやって帰ってきたんだろう。
「うん。いた。どうやって帰ってきたの? あれ? 徳済さん、焼けた?」
「焼いたのよ。あそこで出馬するのに、白いままで出るわけにはいかないでしょ。相手も黒いし。今、日本人会の『パラレル・ゲート』は、東京の病院に繋いでいるのよ。湘南から直ぐよ」
「そっか。でも、相手の黒さは沈黙の臓器に由来している気がするんだけどなぁ。俺の気のせいかなぁ」
「おい。多比良。俺たちを無視するな。噂の徳済さんだな」と、水政くんがめがねをくいっと上げて言った。
「ええ? 水政くんじゃない。それにまた新しい人? まあ、あなたのことだから大丈夫なんでしょうけど」
「はい。私はこの度、国家公務員を辞めてまいりました」
「ラメヒー王国と徳済さんの力になりたいんだって」
「ふう~ん。私の方は、いなくても大丈夫よ。相席よろしい?」
返事を言うか言わないかで徳済さんは、俺の隣に椅子を運んでドカッと座ってきた。
「だって。水政くん、就職諦めて、うちで土木作業員でもする?」
「は? なんで? え?」水政くんが軽くパニクっている。案外いじられに弱いのかもしれない。
「うちの作業員。ノルンが魔術訓練の講師するんだけど」
いきなり話を振られたノルンが目をぱちくりさせる。
「な・・・」
「絶句かよ。どうすんの徳済さん」
「ん? 水政さんはラメヒー王国に就職希望なんでしょ? 軍務卿か外務卿に紹介してあげたら? 他の人で法律に強い人とかが私に協力する。そんなところよね?」
徳済さん、するどい。
「話が早くて助かりますが、後ろの方は大丈夫なので?」とは水政くん。
復活したようだ。しぶとい。目の前にノルンがいるからだろうか。
「あ!? 忘れてた。美緒。あたなも座りなさい。こちらの方達が助けてくれるんだって」
「え、ええ・・・」
さすがの雨田女傑も戸惑っているようだ。話に付いていけないのだろうか。
「ここの人達、元検察、元総務相、元財務省に元国交省なんだって。徳済さんの役に立つかもしれない」
「ふうん。これは水政くんが集めたメンバー?」と、雨田女傑ことアマビエさんが言った。
「ええ。そうです」
「一応、聞くけど。私のために集めてくれたの? それとも、たまたま知り合いにいたから誘ったの?」と、徳済さんが水政くんに言った。
「両方ですよ。こいつらは俺の友人でもあります。国家公務員は横の結束も強い場合があるんです。役に立ちますよ!」と、水政くんが返す。
「徳済さん。我々は・・・」と、辞め公務員達。
「いいわよ。皆、ここの世界に興味津々っていう顔をしている。私を心配してここに来てくれたんじゃないって分かってる」と、徳済さんが俺の顔を見て言った。少し穏やかな顔をしている。
そこで、何で俺の顔を見る?
「だからね。私からお願いするわ。協力をお願いします。貴方達の力を、知識を貸してください!」
何ということでしょう。徳済さんが深々と頭を下げる。
如何にも政治家っぽいけど、悪い気はしない。
辞め国家公務員達も感激しているように見える。
「多恵、政治家1年生って感じね。見た目も含めて初々しいわ。でもね。真に必要とされている政治家には、黙っていても人が集まってくると思うのよ。あなた、きっといい政治家になるわ」とアマビエさんが言った。
今日の日本居酒屋、5人の歓迎会のつもりだったのに、徳済さん出馬の決起集会みたいになってしまった。
今日の5人は、サイレンのホテルに泊って貰った。
ノルンの襲撃があったかどうか、俺は知らない・・・
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