第205話 メイクイーン再び 10月上旬

<<サイレン ラボ>>


「では、軽空母発進!」


「発進了解。屋上、操縦を許可します。上昇開始せよ」


『了解。軽空母上昇開始!』


俺が発進の号令をかけると、通信士のマシュリーが指示して屋上のヒューイが上昇を開始させる。


連携もバッチリだ。


「安全高度まで到達。操縦戻します」 『操縦戻し、了解』


「了解。操縦戻し。フラン、前進せよ! 目標、メイクイーン。空路直通」


「了解。前進入れます」


艦がゆっくりと前進し、やがて安定した速度になる。その直後緑の膜が艦を覆い、飛行時の騒音が抑えられる。


「よし。これで後はメイクイーンまでひとっ飛びだ。オルティナ、後は任せた。後で軽空母が飛んでるとこ写真で撮るから。湿地帯くらいがいいかな?」


「はい。分かりました」


今日から子供たちを連れて魔石ハントだ。


システィーナはいいとして、晶を艦載機に乗せるのは未だに抵抗がある。だけど、マルチロールで遠距離からの狙撃のみを担当させ、操縦者はノルンで随伴にフェイさんが付くから大丈夫だろう。障壁要員にはタマクロー家から借りている人員を乗せるし。


もう1機のマルチロールは『輜重隊』のメンバー。ファイターにはオキタが乗る。


加奈子ちゃんと志郎は、一応、魔術障壁要員だけど、今回は完全に見学。いや、魔力の補充やら掃除やらで頑張ってくれている。我ながら過保護だ。


加奈子ちゃんの参加は、小田原さんにちゃんと許可を取っている。可愛い子供には旅をさせたいとのことで、即許可が出た。


運転はオルティナに任せ、同じフロアの後ろ側にある食堂に行ってみる。


座敷型のラウンジでは、仕込みを終えた『出張料理人』達がまったりしていた。

オキタが共用のパソコンを物珍しそうにいじっている。壊すなよ?


「ねぇ。これってマ国語だよねぇ。この沢山のボタンを押せば、文章が書けるんだ。いつの間にこんな魔道具を・・・」と、オキタが言った。魔道具ではないんだが。


「オキタ。それは日本から持ちこんだノートパソコン。マ国のフォントを作ったのはケイ助教。そのデータ貰ってインストールしただけだ」


ここの座敷とハイカウンターには電気を引いている。発電は、発電機に反重力モーターを繋いだもので行っている。要は魔力が電気になる装置を使っている。


そこにパソコンを置いて、誰でも使えるようにしてある。なお、自分用は、アイテムボックスの中に大事に保管している。


「訓練したらかなり便利よオキタちゃん」と、ハイカウンターに座った糸目が言った。糸目は糸目で別のパソコンで何か作業をしている。


「何作ってるんだ? 糸目」


「色々よ。ほら、あんたが色々な人連れてくるでしょ? その人達の管理記録用の様式作ってんのよ。それから、築城計画も考えとかを纏めなくちゃ。どういう魔術士の組み合わせがいいのか、その人達の補給はどのくらい必要か、とかね・・・そういえば、このパソコンにはCADは入っていないのね。まあ、今は表計算だけでいいけど、ゆくゆくは私にもCADを使わせて」と、糸目が言った。


CADとは、製図用のソフトだ。今はライセンスの問題でフリーソフトくらいしかできないが、その辺はベクトルさんが何とかしてくれるみたい。多分、スタンドアロン認証とかになるのだろう。


「了解」


「ああ、もうまたこうなった。どうすんのよこれ」と、パソコンをいじっていた糸目が言った。


「あ、それはですね。一度Escキーを押して・・・」と、隣に座っていた加奈子ちゃんが画面を指さしながら言った。


ちなみに糸目の逆隣には我が息子志郎が座っており、一緒に画面を見て駄目出ししている。


今の子は学校でパソコンを習っているから、ある程度の操作ができる。というか、ヘルプやアイコンの類いは全て日本語だから、糸目には読めない。


この世界の翻訳魔術は肉声だけが有効なのだ。

なお、電話はだめで、魔術を使った通信機はOK。

何とも不思議だ。


ま、ここは放っておいても大丈夫だろう。


次は4階に行く。ここは、風呂を小さく作り替えて、代わりに艦載機に乗るメンバーの控え室を造っている。


ここには輜重隊とタマクロー家からの派遣組が雑談していた。


「いよ! 多比良さん、出番はまだかい?」と峠さん。


「この辺に長寿モンスターは出ないから、出番は明日以降かな。ただ、もう少ししたら、俺がファイターで出る。軽空母の勇姿を撮影しようと思って」


「ふぅ~ん。撮影ならマルチロールの方がよく無いっすか?」


「いや、俺もたまに運転したい。操縦の感覚を忘れてしまう」


俺のファイターは、せっかくいい魔石が付いているし、使わないともったいない。


「了解ッス。出番になったら言ってください」


・・・・


お次は屋上に移動。


屋上にはシスティーナと晶、フェイさんとヒューイのコンビがいた。


「あら、おじさん。仕事はいいの?」と、システィーナが言った。


「部下に任せた。今回はずっと真っ直ぐだからかなり楽なはずだ。厳しくなるのは明日と明後日。途中、街に寄らないからな」


「メイクイーンからは無補給?」


「いや、ラインに寄ろうと思っている。あそこの転移門も見てみたいし」


「ふぅ~ん。じゃあ、モンスターハントするのは明日以降なの?」


「そうなるな。今日は転移門を見てメイクイーンに一泊だ」


「了解!」と、システィーナが元気よく言った。


・・・・


途中、写真撮影しながらメイクイーン付近に到着。


「艦長、メイクイーンが見えました。転移門は北東に100キロとのことですが・・・どうされますか?」と、オルティナが言って指示を仰ぐ。


窓の外に見える久々のメイクイーンは、畑が黄金に輝いていた。


稲穂だろう。メイクイーン名物の棚田が立体的で美しい。周囲の森も少し色あせている。広葉樹が多いのだろう。


「少しスピードを落として直接転移門に行こう。俺はディーと前田さんを連れてくる」


「了解」


もうしばらく美しい大地を眺めていたかったが、我に返る。ここには後でもう一回来るしな。


さて、魔石室兼糸目の自室に入る。糸目のやつは、相変わらす毎日魔石を抱いて寝ているらしい。


軽空母の『シリーズ・ゲート』は、この魔石室に付けている。ここが一番セキュリティがいいから。


『シリーズ・ゲート』のアナザルームに入る。

サイレン側の出入り口は、先日デーの自室に創った。

その扉を潜り抜け、ディーの自室へ。


「ごめんください・・・と」


部屋には誰もいなかった。

ディーの部屋から出て執務室に行く。


「お!? タビラか。早かったな。すぐ行く。ベガス。マエダ殿を呼んでくれ」と、ディーが仕事の手を止めて言った。


「そろそろ転移門に着くから、呼びに来た」


・・・


前田さんを呼んで、さくっと軽空母に転移。魔石室から3人で操縦室に出ると、そこのパノラマの窓からは、メイクイーン領近くの広大な荒野が見えた。


「本当に一瞬で荒野に来た。空を飛べるだけでチートなのに、空間移動とは・・・」と、前田さんが景色を見ながら呟く。俺も他人が使っていたら同じ事言いそうだ。


「この術式は魔王に造ってもらったんだけどね。自分じゃ出来ない」


「それでもチートだわ。それだけの魔力を扱えるってことなんだしな」と、前田さんが言った。するどい。この人は、俺のチートに気付いている気がする。


「それでタビラ。転移門はどこだ?」と、ディーが言った。


「ええつと、オルティナ、今はどの辺?」


俺がディーの自室に行って帰ってくるまでは数分だったはずだ。前田さんはディーの家の客間にいたのだ。


「今はメイクイーンの東20キロといったところです。転移門まであと80キロくらいですが、10キロ手前くらいで空間の揺らぎが見えるはずです」


「そっか。今の高度は300mか。もう少し上げるか? 糸目、空中写真はどう?」


軽空母には、清洋建設から貰った空中カメラが取り付けられている。モニターはこの操舵室から確認できる。


「はい大丈夫です。高度は転移門の大きさ次第ですね」と、糸目がモニターを見ながら言った。


・・・


15分後、『それ』は現われた。


なんだありゃ。


蜃気楼のように揺らめく中に、うっすらと観音開きの超巨大な扉が見える。今の軽空母の高度は300mのはずだが、目の前の門はそれより高い。それが等間隔に3つ。

何も知らなければ、とても神々しく見えるだろう。


これから約5ヶ月後に、ここから大量のモンスターが溢れてくる。

そう考えると、神々しいというより、禍々しく見えた。


「大きいです。接近止めますか?」と、オルティナが言った。


「どうしようか。ぶつかったらどうなるんだろう。あれ」


「まさか、これほどの大きさとは・・・」


ディーが青ざめている。確か、ディーは若い頃にスタンピード討伐戦に参加したことがあったはずだ。


『地上に移動砦がいます。2基です。旗はバルバロとメイクイーン』


止まるかどうか迷っていると、屋上から通信が入る。


「なぬ? まあ、彼らも見に来たのかな?」


「そうだろう。オレが話をしてみよう。そこに付けてくれ」と、ディーが言った。


今、この艦にはタマクロー旗を立てている。一応、システィーナが乗っていることも示しておくか。


「システィーナ。メイクイーン旗を立てて安心させてやれ」と、俺が通信機で屋上に伝える。


『了解。分かったわ』と、システィーナの声で返答がくる。


「よし。ヒューイ。そのままそこに誘導してくれ」


・・・・


地上に泊まっていた移動砦の横に軽空母を泊め、俺たちも地上に降りる。


そこには、マントを羽織ったメイクイーン男爵達がいた。


「おお。システィーナ!」


「お父様!」


システィーナが実父の胸に飛び込む。


暑苦しい抱擁。感動の親子の再会。いや、この間帰ったばっかだろうに。


相変わらずのメイクイーン男爵(父)は、ホクホクムキムキな筋肉がむき出しだった。マントを羽織り、ブーツは履いているけど、殆どパンツ一丁だ。これがこの人の戦闘服なのだろうか。


何気に、一眼レフを構えて撮影しまくる。


パンツ一丁のマッチョとツインドリルの抱擁。


うん。いい絵だ。


カシャカシャと音を立てて撮影していると、「おや、タビラ殿。それは何でしょうか」と、筋肉が言った。


「いや、これはその・・・」


怒ってる? 勝手に撮影したのはまずかっただろうか。


「お父様。これはカメラよ。見たまんまの姿が保存されるの。写真というのよ。絵より精密なの」と、システィーナが得意顔で言った。


「ほほう。それはそれは・・・少しお話があるのですが」


パンツマッチョがゆっくりと近づいて来た。


はい?


・・・・


「はぁ~~~!」


カシャカシャカシャ!


「ふんぬ!」


カシャ!カシャカシャ!カシャカシャ!


「お父様頑張って! まるで山! まるで海! アルケロンの甲羅かよ!」


「俺のフロントを見ろ!」


カシャカシャ!カシャ!


「はぁ~~~バック!」


カシャ!カシャカシャ!カシャカシャ!


「からのぉ~~サイドチェストぉおおおお!」


カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ


「お父様素敵ぃ! ナイスマッスル! 鬼! 鬼よ! 鬼がいるわぁ!!」


「はぁああ!」


カシャ!カシャカシャ!カシャ!カシャカシャ!


あれ? 俺、何をやっているんだ? 向こうでディー、前田さん、それからあれはバルバロ辺境伯が何やら打合せをやっている。小さなおじさん達も沢山いる。


糸目がドローンを取り出して何かやっている・・・


「のってきたぁああ!」


「お父様! ラストよ~~~! ナイスすね毛!!」


カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!


なんだよ最後のは。

思わず接写してしまったじゃねぇか。


・・・・


俺とメイクイーン父娘がカメラで遊んでいるうちに、打合せやら写真撮影やらが終わったようだ。


「よし。話は終わった。我々は予定通り、メイクイーンに行こう、か」


ディーが冷たい視線をよこしてきた。


いや、俺は悪く無いはずだ。


俺の後ろでは汗を拭うメイクイーン男爵(父)と、やりきった感を出しているメイクイーン男爵(娘)が談笑している。


「ふう。いやぁ~いいものですなぁ。何故かあのカシャカシャという音を聞くと気持ちが高ぶります」と、父親がからだからほくほくと湯気を上げながら言った。


「うん。お父様凄かったわ。タビラおじさんのお陰ね。後で写真を印刷してもらいましょう」と、娘が脳天気なことを言った。


こ、こいつら、スタンピードのこと忘れてんじゃないだろうか。


「どうすんだよ。これ。何百枚か撮ったぞ。異世界に流してやろうか・・・」と、呟く。


「ほう。流す、とは何のことでしょうか」と、ビルダーが俺の独り言にめざとく気付く。


「いや、何でもないです。はい」


「お父様、『流す』とは、異世界のインターネットにアップすると言うことです。要は、不特定多数の人に見られる状態にするということですわ。お父様のお体を」


誰だそんな余計なことを教えたのは。


「なんと! そんなことが・・・タビラ殿。少しご相談が。今晩は我が家でご馳走しましょうぞ」


え? 我が家で御飯? 嫌なんだけど。


「いや、遠慮して・・・」


「分かったわ。おじさんを連れてくる。パソコンも持って行こうよ。あれ、電源抜いてもしばらく持つのよね。ね、おじさん?」と、システィーナが言った。


「え? 嫌なんだけ「あっれぇ~~多比良さん。今日は多比良さんがメイクイーン男爵の夕飯にお呼ばれするんですかぁ? 楽しんできてくださいや」と、誰かが口を挟む。


と、峠さん? 何その超嬉しそうな邪悪な微笑みは。


「アキラはど「行かない。オキタちゃんとパン屋さんに行くから」


システィーナのお誘いを晶が真顔で即断る。


「パン屋ってノーラのとこ? まあいいけど。加奈子もいいのね?」


「うん。私もお貴族様のお家にお呼ばれするのはちょっと」


「ってことで、多比良さんは行ってきてください。誰か1人くらい行かなきゃ失礼にあたりますからね。お子さんたちの面倒は私が責任持ってみますから」


峠さんがノリノリだ。他の輜重隊のメンバーがジト目になっているのが気になるが。


「まあ、しょうが無いか。一理ある」


前回は、峠さんに行って貰ったからな。今度は俺が行こう。

今日はお祝いでも何でもないから、何も無いはずだ。多分。


俺たちは、そのまま軽空母に乗り込み、メイクイーンに向けて飛び立った。

今日はそこで一泊する予定である。

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