第180話 徳済多恵の大冒険 9月中旬
<<日本 前田邸>>
時は少し遡る・・・
今は、クランチャットに、東京班『KT、警官に連行』とアップされたところである。
「
「まあ落ち着いて徳済さん。状況的にKTは買春して捕まったということか? それとも何かに巻き込まれたのか」
「分っかんないわよ! どうしよう。今からラメヒーに行って戻ってきても移動用の魔力が無駄よね。あ~~あんのくそがぁ!」
徳済多恵は目の前の机をぶっ叩きそうになるが、必死に堪える。ここは人の家で、大事なパソコンが置いてあるのだ。
「しかし、KTが捕まったってだけでさ、別にうちらはどうともなっていない。確か単純売春自体はそう大した罪ではないはずだ。管理売春ではないし」
「かくなる上は、私がこのまま自宅に帰ってお父様に連絡するか。それとも・・・」徳済多恵は、前田氏の言を無視し、長考に入っていた。
「まあまあ徳済さん。ラメヒーにいたいんでしょ。それなら落ち着きなって。というかさ、警察に連れて行かれたと言っても売買春容疑とは限らないわけで」
「甘いわ前田さん。警察はまず、相手が怪しかったら必ず身元を確認しようとする。時間との勝負だと思うの」
「そ、そうだった。今の俺たちは特別なんだった。本来なら身元がばれてもどうということはないんだけど」
「というかあいつ教頭でしょ? その方面でもまずいわよ。あいつがそういうヤツだったなんて、うかつだった。やっぱり、私欲を捨てて私が行けば良かった」
徳済多恵は頭をかきむしる。相当ストレスを抱えているようだ。
「そう言うなよ徳済さん。だけど、今後の方針が難しいな」
「とりあえず、多比良さんに一報お願い。もうね、私が行く。仕方が無いわよ。人生は長いんだし。少し我慢するわ」
「行くって、どうするんだよ。一人でってわけにはいかないだろ?」
「大丈夫よ。夫も理解してくれると思うし、お父様は東京にいるはずだけど、きっと力になってくれるわ」
「せめてマ国のエージェントを待ってだな」
「マ国は結局のところ傍観者。これは自分達で何とかしないといけない問題だと思う・・・行ってくる」
「仕方が無いか。危なくなってきたら急いで戻ってきてくれよ。ここも、教頭が吐けばどうなるか分からない」
「さすがの警察もいきなり家宅捜索は無いと思うけど」
・・・・
徳済多恵は、怒りにまかせ、商店街をずかずかと歩いていた。
怒りながらも、懐かしい日本の風景を見ると、何だか感慨が湧いてくる。
多恵の実家は、病院王と呼ばれるくらい大金持ちだった。
生まれてこの方、何不自由なく育ってきた。だけど、別に楽をしてきたわけではない。
幼少の頃から、両親の期待に応えるべく、ずっと勉強を続けてきた。
地頭も良く、多恵は実力で有名大学の医学部に合格した。
そこで6年間勉学に励み、卒業後は医療研究の道に進んだが、父の進めで新進気鋭の外科医と結婚し、長男をもうけた後は、病院経営の道に入った。
夫は、凄腕の外科医だった。だけど、大病院の医者はとにかく忙しい。長男ができた後は、肉体関係は無くなった。良き父親かと言われれば、そこは少し疑問のあるところではあった。
だが、忙しいのは我が夫だけでは無い。基本的に、勤務医とはすべからく忙しいのである。
そんな多忙な夫を、多恵は支えた。育児と病院経営の仕事を見事両立させ、その結果、夫は己の仕事に打ち込むことができた。少なくとも、多恵はそう思っていた。
異世界に転移した時、その瞬間と少しの間は、正直頭が痛かった。
自分は高貴なる者として、皆を率いて行かねばならないと考えたからだ。
だけど、ここには何のコネも無く、自分の才覚一つで戦わねばならない。人生で一番つらくしんどい時。だけど、一番輝いているとも感じた。
そんな辛くもわくわくしている時期、ポケェとしていたはずの一団が、その異世界で飛び抜けた事をやっていた。
そう、『異世界工務店』とかいう、どう見ても工務店ではない集団だ。その中でも、さらにふざけたやつがいた。
多比良城という男だ。
ヤツは、多恵が苦労して貴族にコネを作っている最中に、いとも簡単に高級貴族にコネを作ってみせた。
多恵は多比良城に近づいてみたが、ヤツは相当お人好しだった。直ぐに多恵を信用し、自分の持てるコネを惜しげも無く分け与えた。それからの徳済多恵の周りには、人・物・金が集まり、日本で築いた地位に近い物が出来上がった。
その結果の多くは多恵の才覚によるものだが、肝心なところでは多比良城の信用が物を言った。
要は、徳済多恵の今があるのは多比良城のお陰であり、とても感謝しているということである。
その大恩人の多比良城が、日本人帰還事業に対し、『異世界に配慮したい』と言った。正直、多恵は嬉しかった。なぜならば、自分も同じ考えだったから。
『自分のこの考えを、大きな影響力を持つ人物が支持してくれる』多恵はその現実が、とても嬉しく、そして心強く感じていた。
そしてこの日本人帰還事業。教頭をメッセンジャーとして送り出すスキームは、多恵の案である。ならば、この作戦は成功させたい。そして、絶大な力を持つ多比良城をあまり頼りたくない。個人に依存するチートを使っても、ろくなことにならない。多恵はそう思っていて、ここは自分が頑張ろうと考えていた。
だが・・・
KTは、おそらく買春をし、警察に捕まった。
多恵は、自分の計画をぶち壊した男にキレていた。
今回は、日本人600人の処遇、それから日本国と異世界国家との外交関係において、非常に重要なイベントだったのだ。
それを性欲に負けて買春した挙げ句、警察に拘束された。考え得る限り最悪な事態である。
多恵は、自分が何とかしないといけない、と考えていた。
多恵の家は、商店街近くの一等地で、鉄筋コンクリート造の地下1階、地上3階建てである。
異世界から帰ったら、皆を呼んでホームパーティとかいいかもしれない。地下室はホームシアターになっている。映画鑑賞会とかどうだろうか。向こうの人達にとって、珍しいし、きっと盛り上がるだろう。
多恵は楽しいことを考えて、少し落ち着きを取り戻す。そして、ついに我が家を目の前にする。
1階は車庫がある。ドイツ製の車が見えた。ということは、旦那は帰ってきているはずである。
というか、3階の窓からは、明かりが漏れている。
その部屋は、寝室である。
多恵が息子と共に行方不明になって約半年、旦那には心配を掛けただろう。早く安心させてあげたいと思った。
多恵は一旦深呼吸をして、これからのことをシミュレートする。
旦那に異世界転移を説明し、自分の父に連絡、そして明日の朝から外務事務次官にアポを取る。
多恵はもう一度深呼吸し、懐かしい自宅の扉の鍵穴に鍵を差し込む。そして、見慣れたドアノブに手を掛け、開いた扉の隙間をすり抜ける。
「ただいまぁ~~~」
とりあえず言ってみる。家に帰ったら言おうと思っていた言葉。
「あなたぁ~~」
すぐに旦那が降りてくると思ったけど降りてこない。
ふと、旦那の気持ちを考えて見る。行方不明の家族が急に玄関から帰ってきたら、ソレは不気味だろう。
「あなたぁ~~戻って来たわ! 聞いて、これから凄いことが起きるわ!」
多恵はできるだけ元気で明るい声を出す。リビングには明かりが付いていない。
やっぱり3階にいるのだろう。階段の明かりを付け、階段を駆け上がる。
多恵にとっては懐かしい階段。そして、夫婦の寝室。
一気にドアノブをひねり、扉を開ける。
明るい。やっぱりここにいた・・・?
「あなた!・・・はぁ!?」
多恵の旦那が女性と全裸でベッドイン。
多恵は、自分の旦那に馬乗りになる女性に見覚えがあった。それは、調剤薬局の経営者。多恵の記憶によると、彼女の年齢は50歳。自分より年上である。
「あ、あなた・・・何をやって・・・」
この半年、自分がいなかった。夫が求めたのは心の癒やしか性欲か。
いやしかし、多恵としては、若い女を囲うのであれば、まだ許せた。いきなり居なくなった自分の境遇にも非がある。だが、多恵としては、なぜ夫がこの女性を選んだのか、理解不能であった。
「ヒィイ。た、多恵さん!? まさか、何で? いきなりどうして?」
旦那の顔が恐怖で引きつっている。多恵は、自分の顔が今どうなっているのか少し気になった。
「ここは私の家よ? 帰って来たら悪いの?」
「い、いや、違う! お前は違う! お前、誰だよ。ふふん、騙されないぞ。確かに多恵に見た目は似ている。だけど、残念だったな。お前は・・・お前はそんなに若くは無い。もっとおばさんだ! おい、警察だ。警察を呼べ。こいつは偽物だ!」
「は、はぃいい」 全裸おばさんが必死にスマホを捜している。下は、未だ剛接合のままだ。抜けないのだろうか。
・・・反重力全開・・・膝に空間バリア形成・・・
「こんの! 入り婿がぁあああああああああ!」
地面を蹴り、必殺の真空飛び膝蹴りを顔面に叩き込む。
ぐしゃ! 「あがっ」 変な声と共に、右膝に嫌な感触が伝わる。
「きゃああああああああ!」
隣の全裸おばさんが叫ぶ。自分の
多恵は、その所作がとてもみっともないと感じた。
「はぁはぁはぁ・・・」
無駄に動いたからか、息が上がる。
「スマホを出しなさい。早く!」
「ヒィイイ」
全裸おばさんがベッドから逃げ出す。
ぶっ倒れた旦那の頭付近に、彼のスマホが転がっている。
多恵は、旦那のパスコードを知っていた。別にスマホのメールチェックなどしたことはなかったが、単純な数字に設定していたせいで、見ているうちに覚えてしまたったのだ。
ロック解除。すかさず、自分の父親の携帯番号をプッシュする。十数秒待つ。
『なんだ? こんな時間に・・・電話してくるのも珍しいじゃないか』
そして、懐かしい声が聞こえてくる。肉親の声を聞いて、少しぐっときてしまう。
「お父様。私よ。多恵。帰ってきたわ」
『多恵!? 多恵なのか?』
「そう。私は帰ってきたの。いえ、帰って来れるようになったの。それでね。お父様。力を貸して欲しいの。日本人600人の帰還よ」
『多恵。お前は本当に多恵なのか? わしも多恵と颯太が行方不明になって、最大限の力を使って探した。でも、何の手がかりも掴めなかった』
「それはお父様! 私達は異世界に行って・・・『多恵よ。いや、多恵と名乗る者よ。お主は何者だ? わしの娘はそんな声ではなかったはずだ。いや、よく似てはいる。だが、違う。私には分かるのだ。それでな。ちょっと、
多恵の電話を遮るように、老人は強い口調で被せる。
益太とは多恵の夫の名前。今は気絶して床に倒れている。素っ裸で。
少し心配になって、多恵はその右足で益太の頭を踏みつける。そして足で生物魔術を掛ける。顔面骨折の疑いがあったからだ。それから頸椎損傷。
「お父様、私が信じられないっていうの?」
『すまんがな。ほれ、この世にはオレオレ詐欺なんかもあろう? お前が多恵であることを証明してみせよ』
「お父様、スマホはお使いになられて? 動画で通信が出来ます」
『すまんが使わないな。お前が本当に多恵なら、急ぐことはあるまい。ところで、益太君はどうした? 家に帰ったんなら、そこにいるんだろう?』
「はぁ~~お父様、益太の野郎は、不倫していました。蹴ったら気絶しました。この説明ではどうかしら?」
『ほっほっほ。そうかそうか。でもまあ、今は慎重にならせてもらうよ。多恵、帰って来たんならここまで来たらどうだ? そして、不倫が本当なら、そこの入り婿殿は首にしよう』
「今はそれどころじゃないっての。もう!」
実の親だというのに
「ああ、はい。もしもし、家に暴漢が・・・はい。はい。急いで、まだ家にいるの。はい。はい。急いでよ!」
多恵は、このおばさんを蹴りたくなった。足のつま先に空間バリアが形成されていくのを必死で我慢する。
「不倫相手が警察に電話しているわ。今、警察で時間を食われるわけにはいかないのよ。日本人600人のためだもの」
『そうか。仮に私の娘が異世界に行っていたことを想像すると、きっと、日本人600人がお前を頼り、お前がそれに答えようとしているのだろう』
「半分正解。でも、私だけじゃないの」
『何?』
「ここに帰って来れたのは私の能力じゃ無い。だからお願い、お父様。『空間を操る能力』このことをよく考えて。想像して。絶対に私達に敵対しないで」
『そうか。だが、お前は誰だ? 私は最初からそう言っている』
「はい? 声!? そうか、私若返ったから、声に違和感があるのね。しまったわ。これは盲点」
『何? 若返りだと?』
「そうよお父様、医療は異世界の方が進んでいるわ。私は、今から異世界に戻るけど、覚えておいて。これからきっと異世界とこの世界を巻き込んだ大きな変革が訪れる。各国が異世界の利権を欲しがって日本に群がってくるでしょう。そのとき医療業界はどうなるかしらね」
『・・・多恵、お前はこれからどうするつもりだ』
このとき、警察車両のサイレンが鳴り響く。この音は相当近いだろう。
「さあ・・・ちょっと、仲間がしくじっちゃったみたいなの。私も人ごとじゃないけど。切りますわ」
返事を聞かずにスマホを切る。
まさか実の父親にオレオレ詐欺を疑われるとは思わなかった。
「ふん。早いわね。さすが日本の警察。だけど・・・」
多恵は、この部屋、3階の窓を開ける。下は真っ暗闇。靴は履いていない。
だが、こちらは玄関とは逆向きで、警察車両は見えない。
多恵は、魔術で空を飛び回った経験がある。移動砦の訓練では何度も何度も地上15mから飛び降りた。
だが、今は、反重力の安全装置は無い。しかし・・・自分の体に反重力をたたき込む・・・
そして、徳済多恵は3階の窓から飛び降りた。
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