第147話 エピローグ 後始末
<<バッファ領 古城 3日後>>
俺は今だに古城ミッチェルで戦後処理を行っていた。一体何時になったら帰れるのか。早くサイレンに戻って魔石ハントに行ったり、日本人帰還事業の話を進めたりしたいのに・・・
「はぁ~~~めんどくせぇ~~~」
「ぼやかないけろ。今、糸目殿とマエダ殿とクリス殿が現地検分に行っているけろ。早く書類を仕上げないといけないけろ」
ちなみに、目の前にいるタイガ弁を操る女性はアルセロール・タイガ本人だ。自衛隊服を着ているけど、鬼の面は付けていない。こいつは図体に似合わず、細かな書類作業も難なくこなすインテリだったりする。まあ、アルセはこう見えて伯爵令嬢。学くらいあるか。
俺はラメヒー語の筆記があまりできないので、アルセロールや糸目が手伝ってくれている。
ちなみに、娘の桜子は日本に帰った。今は8月も終わり9月。学校の2学期が始まってしまった。
なので、娘のマ国留学はしばらく土日のみ。
そうそう、今はあの事件から3日後である。
あの戦闘の後、ここ古城で1泊し、朝起きたらイセとディーが『シリーズ・ゲート』でやってきた。
そして、移動砦を貸し出して、その後は往路で日本人をサイレンに送り、復路でラメヒー王国の軍隊を連れてきた。
俺の移動砦の中から、大量の小さなおじさんがわらわらと出てきたときはビビった。
このラメヒー王国には一定数の小さなおじさんがいる。背は小さいが腕や首は丸太のように太く、胴体は酒樽のようにしていて、だいたい髭を生やしている。
目覚ましおじさんが言うにはドワーフらしいけど。
だけど、一箇所にたむろしている所はあまりみたことがない。そんな人達が俺の移動砦から大量に出てきたらそりゃびびる。
ラムさんなんか顔を真っ青にしてビビっていた。
後でイセに聞いたら、彼らはラメヒー王国の特殊部隊で、絶対に怒らせてはいけない部類の人達らしい。滅多に怒らないらしいけど、怒ったら怖いタイプだとか。
俺のイメージとして、ラメヒー王国の軍隊はどうも頼りない感じだったんだけど、まともな部隊がいてある意味安心してしまった。
で、この古城に集結した小さなおじさん軍団は、怒濤の勢いでヘレナ伯爵領に攻め上げていった。
ここからヘレナ伯爵領まではおよそ100キロと少し。
うちの移動砦を有効活用しながら、兵を街の周りに展開させて完全包囲した後、力尽くで開城させたらしい。
今のヘレナは、続いて到着したラメヒー王国の移動砦群によって、完全に占領下に置かれているとのこと。
この国は日本とは違って、中央集権国家ではない。なので、貴族も伯爵クラスまでなると、言うことを聞かせるには軍が必要になる場合もあるという。
いや、今回はヘレナ伯爵夫人という公人が、ほぼ敵国を国内に手引きして日本人を売り渡そうとしたのである。懲罰的な意味合いもあるのだろう。
かくして、ヘレナ伯爵領は、暫定的に王国の直轄領になり、今はグ国のスパイ狩りが行われているとのこと。
俺は移動砦の責任者としてここに残った。それから気を使ってくれて、前田さんも残った。前田さんは軍部に知り合いも多いらしく、また自分もあの戦闘で最後まで戦ったので、事情説明要員として最適だろうとの判断だ。
それに、1日目は綾子さんも残ってくれた。みんなの食事作りのために。
今、俺の移動砦に乗ってきたメンバーでここに残っているのは、俺の他に前田さん、糸目、クリス、ツツ、ラムさんで、それにアルセロールが合流している。
がちゃん!
「帰ったわよ~~あの高速輸送艇は屋上に置いてるわ。あれって本当に便利よね」
糸目は器用なやつだった。雷魔術士の彼女ではあるが、低速ならあの高速輸送艇の操縦は難なくできた。
「お帰り。でもまだ書類はできていないぞ」
「いいわよ。続きはやったげる。ダーリンは高速輸送艇をアイテムボックスに収納して移動砦の方を見てきてよ。クリスもそっちへ行ってる」
「ふぅ~。すまん。助かる。さっそく行ってくるか。ツツ」
「はい。行きましょうか」
「ふん。感謝してるんなら早く私を女にしなさい。それから名前も」
「へいへい」
◇◇◇
<<ラメヒー王国 会議室>>
「ヘレナの占領が完了しました」
「早いな。開城まで1日もかかっておらん。占領完了も僅か数日とはな」
「兵は拙速を尊ぶとか? あの移動砦の機動力によるものでしょう」
「そうか。それでは速報を聞こう」
「はい。ヘレナ伯爵の第一夫人は、グ国の息がかかった商人から多額の借金があったようです。その返済の対価として、日本人拉致を持ちかけられて及んだ犯行でした」
「伯爵自身の関与はどうだ?」
「全ての確認はできておりませんが、多額の貴族通貨の発行などは伯爵自身の決済が必要です。直接の関与がなくとも責任は免れません。そもそも、あの古城の犯行現場には大量のグ国人スパイがヘレナの旅行代理店の店員として侵入していたのです。ヘレナの密入国管理がずさんだったと言わざるを得ません」
「貴族通貨か・・・その制度は国家統一ルールで規制を掛けた方がよいですな。私の知り会いの日本人達も口を揃えて貴族通貨の危険性を指摘しておりまして」
「そうか。今後、異世界との交易を見据る必要もある。気を付けねばならぬな」
「それにしても異世界か・・・勇者召喚技術がある時点でその存在は明白ではあったが、まさか本当に行き来できるようになるとはな」
「日本人が自分たちの会合で発表したらしいですな。日本に帰れる術があると。何でも魔王がその術を開発したと」
「今代の魔王はあまりぱっとしない人物との評判だったがな。まさかそんな隠し球をもっているとは。ただ、マ国は積極的に日本人帰還事業には関与しないとのことでしたな」
「そうだ。ただし、我がラメヒー王国と日本国との外交交渉に関し、第3者として仲介する用意はあるとの談話を内々で伝えられている。ありがたいことだ」
「はい。マ国は怖い国ですが、国家全体にとっては間違い無く友好国。それはそうとして、これからは日本との外交を念頭に動く必要がありますな」
「そうだ。今後、この国と日本国との関係は、今この世界にいる600人との関係にかかっていると言っても過言ではない」
「ま、その辺に関してはいつも通りで良いのではありませんか? 過度に優遇しては逆差別になる」
バン! 「緊急伝令! 緊急伝令です。スタンピードの前兆が出ました」
「そうか・・・それで、場所はどこだ?」
会議室に緊張が走る。スタンピードは毎年必ず起きるし、その前兆は殆どが9月中に現われる。だからこの時期にスタンピードの前兆が出ること自体は当たり前。問題はその場所なのだ。
「ライン伯爵領より西に100キロ。小都市レーンです。マ国との国境門の近くです!」
「なんと!」「おお・・」「よし、やった!」「これで軍を立て直すことができる」
「国王。良かったですな。その位置ならマ国との共同作戦になります。最善の出現場所ではないでしょうか」
「そうだな。よし、イセ殿に連絡を。それから作戦会議だ。どの位置でスタンピードを迎え撃つかを決めて、そこを要塞化せねばな」
「分かりました」
◇◇◇
<<タマクロー邸 家族会議>>
「ふぅ~~ここ数日で大きく事態が動き出したな」
「そうだぜ、兄上。ライン家の
「グ国との戦闘では、マ国の介入はあったものの、あの移動砦のロングバレルと日本人の魔術により、瞬く間にグ国の移動砦を制圧してしまったらしい。なんともすさまじいものよ」
「もう一つある。ヘレナ騒動では移動砦の機動力で伯爵家クラスの街が1日経たずに占領された。このことは、これまでの戦いの常識が全く通用しなくなったことを意味する・・・」
「これまでのうちらの戦略は、とにかく強い攻撃力と耐久力、それから持久力を持つことが最優先だったからな」
「速さと輸送力か。戦争もそうだが、これが進めば中央主権国家の構築も夢ではないだろう」
「遅かれ早かれそうなると思うぜ? いや、一刻も早く中央集権国家にならないと異世界との外交戦でまずいことになる予感がする」
「そうだな、ティラネディーアよ。国内がバラバラだと、地方を切り崩されてそこを足がかりにあっという間に食い込まれるだろう」
「それでいくと、今の600人が日本人で良かったとみるべきだと思うぜ? 異世界の他の国はそういうことが上手な所も多いらしいしな」
「そうか、お前が私に外務卿を進めてくれておいて良かった。何とか外務卿で出馬できそうだ。これからしばらくは外交が国家の命運を握ることになりそうだな」
「ああ。それはそうとして、なんだ? うちのガイアにちょっかい掛けていたやつは。え~っと、名前忘れた」
「キャタピラー《元》子爵だ。やつは日本人拉致未遂事件の首謀者の一人だった」
「ほんととんでもねぇやつらだ。自分たちの借金返済のために1人10億ストーンで日本人を売り飛ばすとはな。よくそんなヤツがスタンピード討伐隊のエースを張っていたもんだぜ」
「ふん、エース級な・・・そのエース級様は、日本人と魔術戦を行って負けたようだ」
「そうそう。タビラに負けたんならまだしも、80代後半の老婆に負けたらしい。しかも、あそこを潰されて使用不能にされたんだと。う~痛たそ~~~~」
ティラネディーアは、身震いして本気で痛そうな顔をする。
なぜ娘のお前が男性の急所攻撃の痛みを知っている? と父は思ったが、口には出さないでおいた。
「ガイア問題はこれにて終了か? だが、これでガイアのパートナー候補が空席になったとも言える」
「キャタピラー元子爵はガイアのパートナー候補を金で買ったというくらいだからな。他にもガイアを侍らせたい輩がいる可能性は高い」
「ガイアを移動砦の艦長にする案はどうする? オレはそうした方が良いと思うぜ」
「そうだな、ティラネディーアよ。今度のスタンピート発生箇所はマ国との国境付近だ。マ国との共闘になるし、移動砦でもそこまで危険は無いだろう」
「じゃあ、決まりだな。タビラが移動砦の艦長になったからよ。あいつもなりたいだろうと思ってな」
「ははは。いじらしいやつだからな。いずれはガイアと結ばれるとよいなぁ」
「そ、そうだなぁ・・・」
なぜお前が冷や汗をかいている? と兄は思ったが、口には出さないでおいた。
◇◇◇
<<神聖グィネヴィア帝国 諜報部 サイレン支部>>
「情報が入った。第3聖女率いる日本人拉致部隊が作戦に失敗したようだ。今、ラメヒー王国軍がヘレナを包囲占領して我が国のスパイ狩りが始まっている」
「なんと! あの切れ者で戦闘力と性技が極めて優秀と言われていた第3聖女が失敗するとは。しかし、何故失敗したのでしょうか、まさか作戦が漏れていた?」
「その可能性が高いと分析されている。拉致作戦を逆手に取って、我らのスパイ網を一網打尽にする作戦であった可能性も指摘される。何せ、拉致部隊が壊滅したのは拉致しようとした当日であったらしいからな」
「まさか、そんな。この国の諜報部隊は脆弱なはず。いや、ひょっとしてマ国の介入が?」
「それは確実だろうな。帰還した僧兵と諜報部隊の話によると、ジマー家の百鬼隊が参戦していたらしいのだ」
「百鬼隊ですか、ジマー家虎の子の戦闘部隊がなぜヘレナ付近に展開できたのか。それにしても、勇者と聖女が負けるなんて。移動砦も2基配備していたんでしょう? 拉致実行部隊も相当数入れていたはずです。いかに百鬼隊といえどもそれでは」
「生き残りは偶然、逃げ延びただけの奴らだからな。現場の詳しい様子は分かっていない。だが、我が国の移動砦は、そこに偶然いた日本人が操る移動砦に撃破されたようなのだ。それから城に詰めていた拉致実行部隊の大部分は、これまたそこに偶然居合わせた拉致対象の日本人に討ち取られてしまったらしい。第3聖女は行方不明らしいが、その実力から百鬼隊に簡単に負けたとは考えにくい。おそらくはそれ以上の脅威、例えばイセや
「・・・それって本当に偶然なのでしょうか。それに日本人の移動砦って、元はユフイン方面軍のフラッグシップでしょう? 確か我が国に3隻しかない古代兵器だったとか」
「偶然か必然かはこの際問題ではない。要は日本人拉致計画が直前で阻止され、実行部隊はほぼ全滅。聖女の1人は行方不明。そしてヘレナに築いていたスパイ網は壊滅だろう。今後、サイレンや王城の諜報員もやりづらくなるだろうな。さらに、本来、我が国とラメヒー王国はそこまで険悪な仲では無かったが、これで敵対国となる可能性もある」
「対マ国との戦争も旗色が悪いですし、これからスタンピートの兆候が出る時期です。しばらく戦争も下火ですかねぇ」
「そうだな。サイレンに潜入していた刺客も全て何者かに殺害された。しばらくおとなしく過ごすしかあるまい」
◇◇◇
<<八重と勇者>>
「今回は危なかった。まさか第3聖女がね。ま、ご苦労なことです。わざわざラメヒー王国まで」
「・・・」
「勇者? 勇者は弱かった。まだ呼ばれて間もなかったんじゃない? 聖女は旦那にやられたみたい」
「・・・」
「そうなんだけどね。私の魔力は弱い。威力を上げるには『爆弾の魔石』が一番いい。私の
「・・・」
「いいの。私が旦那や娘に嫌われても。そうでもしないと、あの人は絶対に浮気なんてしない。この物語りが終わるには、どうにかすべき『女性』がいる。それは分かっていることでしょ? さて、後7か月くらいかな。エロ鬼とも仲良くやっているみたいだし。だけど、これからはその影響で未知のイベントが多そう。まあ、いっか。日本人600人、何とか生き抜くよ」
#次章の予告
日本人帰還事業が本格的に動き出す。
『パラレル・ゲート』に必要な『魔王の魔道具』ゲットのため、まずは長寿モンスターハントだ!
人類未踏の地に近いメイクイーンに出かける多比良一行。その地で待ち受けるのはメイクイーン男爵。
じゃがいものような凹凸の筋肉を持つこの武人との邂逅はいかに。
同時にイセの娘、オキの物語り『オキの大冒険』を収録。
思春期の悩み、葛藤、家出、その後の物語を描く。
ジマー領を脱走したオキの行きつく先は冒険者? いや、料理人??
一体どんな料理なのか。乞うご期待。
そして、多比良城が偶然雇うことになった元近衛兵の縁により、一致団結するラメヒー王国の伝統貴族達。
別に仲間はずれにしているわけではなかったが、その和に入っていないケイヒン。
ケイヒン伯爵はその和に入れて貰うべく、他の貴族たちと同じように女性を
「仲間にして」と言えば普通に仲間になれたのに、何を勘違いしたのかケイヒン伯爵から
仕方が無いので、勇者パーティが出動する事態に。
その様子を描いた『ケイヒン騒乱』そして『ケイヒン燃ゆ』を収録。
そして、紆余曲折の末、ようやく日本人帰還事業が開始される。
皆の希望を乗せた貴重な資料やデータ。それを持って霞ヶ関に行く。
その任務を託されたのは教頭。
メッセンジャーとして帰国した教頭は、果たしてちゃんとお使いができるのか。
その物語を描いた、『教頭の大冒険』と『徳済多恵の大冒険』を同時収録。
その時、ついに徳済さんの真空とび膝蹴りが炸裂する。
異世界である第1世界と、日本のある第2世界を舞台として、ようやく現代ファンタジーっぽくなってきます。
(筆者が『現代ファンタジー』の意味を取り違えている可能性あり?)
お楽しみに~。
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