第138話 移動砦で旅行 宴編 8月下旬
<<古城 湖畔>>
「では。かんぱぁ~~い」
「お疲れ」「お疲れっす」「はい、乾杯!」
湖畔でバーベキューパーティーが始まった。
具材は綾子さんの謎肉とシーフード。それから野菜。イカの干物もある。俺はイカでちびちびやるか。
予定より遅れたが、時間はまだ17時過ぎ。
バーベキューは明るいうちに始めるのがコツだ。と、個人的には思う。暗くなると準備が面倒なのだ。
・・・
<<高遠氏との会話>>
「いやぁ~。多比良さん。今回は旅行の企画、お疲れさまでした。お陰で息子と旅行ができましたよ。日本でも滅多に出来なかったのに。ほんと感謝しています。魔石ハントも興奮しましたし」
「高遠さん、楽しんで貰ってなによりです。せっかくゲットした乗り物ですからね。有効活用しないと」
「そう。そこですよ。私達なんかが移動砦なんて貰ったら、きっと商売のことしか考えません。多比良さんは最初から遊びに使うことを考えてた。そこが凄いんですよ。多分」
「そうですかねぇ。凄いかどうかはわかりませんが、まあ運はいい気がします」
「またまたご謙遜を。運だけではこうはなりませんって」
運だと思うんだけどなぁ。
・・・
<<徳済さんとの会話>>
「お疲れ様。どお? 飲んでる?」
徳済さんが友人の斉藤さんと現われた。
「まあ、ぼちぼちですね。艦長としてあまり酔えないのと、後で祥子さんのカクテル飲みたいんで控えてます」
「ああ、祥子のバーね。アレ、日本居酒屋の方でも出すみたいよ。まだどれを出すか迷っているみたいだけど。忌憚ない意見を言ってあげたら?」
「そうですね」
「・・・あのね。結構な人数、この世界に残りたがると思うわ」
徳済さんが声のトーンを落す。
「なるほど。政府との交渉も気を使わないと。単に帰りたい、って言うんじゃなくて」
「そうね。うまく交渉をまとめなきゃ。もう、今から楽しみでしょうがないわ。本当にありがとう。私を巻き込んでくれて」
「いえいえ。こちらこそ。助かっていますから。自分1人なら多分、どこかでしくじってとんでもないことになってたと思う」
「ふふ。そんなことは無い気もするけどね。でも、今度の日本人会が勝負の開始ね。楽しみだわ」
「そうですね。楽しむ気分でいかないと精神が持たないか。頼りにしてます徳済さん」
・・・
<<前田さんとの会話>>
「お!? 来たな艦長さん。指揮っぷりも堂に入っていたぜ」
「からかわないでくださいよ。前田さん。あ、息子さんも今晩わ。1年1組の多比良志郎の父です」
「おい。挨拶はちゃんとしないか」
「今晩は・・・」
どうも人見知りらしい。
前田さんも苦労しているようだ。
「いや、俺もノリで冒険者ギルドなんてものを始めてしまってさ。休みなんて無いと思っていたけど、今回は仲間達が気を使ってくれて。まあ、来れたのは俺だけで、嫁さんはサイレンに置いてきてるんだけど。それでも感謝してるぜ。旅行に行けるなんてな。しかも、結構な冒険だったぜ? あのタラスク、数百年物じゃないか? かなり大きな魔石だった」
「ええ、下手すると1千万くらいの値は付きますよね。ちゃんと分配しますから」
「いや、換金もいいんだけど、魔道具用に持っておいた方がいい気もするんだ。日本人達のためにな。これから、多分、魔力の備蓄がネックになるだろ?」
「さすが前田さん。よく見通されてますね」
魔王の魔道具の事なんて知らないはずなんだけど。
「世辞はよせよ。転送には膨大な魔力が必要なんだろ?」
「そうですね。なので、これが終わったら、俺はバルバロの先のメイクイーンで魔石ハントしてこようと考えてたんです」
「バルバロかぁ・・・」
前田さんが遠い目をする。まだ、耳の長い女性が変態だったことを引きずっているんだろう。
「それはそれとして、ですね。話は少し飛びますが、情報発信の話をしてたじゃないですか。メディア任せにはしないって」
「ん? あの時の会議の話か。そうだな、異世界の情報が知られたら、変な噂が出たり雑誌が面白おかしく書いたりすると思うんだ。だから、こちらからも情報発信した方が良いだろう」
「いや、前田さんってウェブデザイナーって聞いたものですから。ホームページを造ったり、SNS系で情報発信したりとかのフォローができるんじゃって考えてたり」
この人、ラガーマンみたいなガタイをしているのに、実はインドア派の職業らしいのだ。
「う~ん。ウェブデザイナーやってるのは嫁の方だな」
「え? そうなんですね。じゃあ、情報が少し曲がって伝わってたんですね。それは済みませんね。いや、そういえば前田さんのご職業って聞いても?」
「・・・えし」
「え? いや、ひょっとして聞いちゃまずかったですかね」
「絵師だよ。絵師。分からない? まあ、グラフィックデザイナー的な?」
「ああ~絵師! そ、そうだったんですね」
ウェブデザイナー以上のインドア派なご職業だった。偏見ではあるけど。
「ま、まあ、俺もこの世界が好きだ。異世界の情報が明らかになったら、誤報やデマが溢れるだろうし、外交交渉が始まったら外国勢の諜報機関やロビイストが蠢くだろう。だから異世界側から直接情報を発信した方が効果的な面はあると思う」
「じゃあ、その時がきたら・・」
「ああ、やぶさかではないぜ? もちろん、嫁も手伝うさ。で? 多比良さんのキャラは女体化でもしようか?」
「いや、それは止めて。誰得ですかそれ」
「ははは。まあ、機材を入手してくれたら何でも書くぜ。できれば我が家のマシンが良いけど」
・・・
<<晶との会話>>
「お、晶か。食べてるか?」
「うん。食べてる」
「モンスター、結構な数倒してたじゃないか」
「うん。そうだけど・・・あのね、おじさん。日本に帰れるって本当?」
噂は子供達にも広がっているらしい。
「うう~ん。はっきりは言えないけどな。帰れる方法があるのは本当だし、いずれは行き来できるようになるだろうな」
「そっか。私のこの生活も最後なのかなぁ・・」
「ん? 帰れるようになったとしても、実際に帰れるのはまだまだ先だと思うぞ」
「そうなの? 私達がここにいるって日本が知ったら、すぐに警察とか自衛隊の人とかが来て日本に戻されると思うけど」
「そうだなぁ。晶。その辺は大人の事情があって。いや、異世界間移動には莫大な魔力が必要になるんだ。その魔力はどこから出す? それから帰りたくない人をどうする? 異世界にある日本人資産をどうする? 異世界間貿易の利権をどうする? ラメヒー王国との交渉はどうする? などなどがあって、すぐに全員強制送還とはならないと思う」
「そうなんだ。少し安心したというか」
「帰りたくないように聞こえるぞ?」
「帰ったらまたここに来れるとは限らない気がして。特に中学生は」
「そうかもな。学生はとりあえず勉強しろとか言われる気がする。ご両親も二度と離ればなれになりたくないだろうし」
「うん。だから帰りたくない」
「そっか。まあ、まだ帰れるとは限らないぞ・・・今は、毎日毎日を一生懸命に生きるんだ」
「おじさん、今の何か偉そう」
「ん? すまん。晶、仮の話でな、これから日本政府と交渉が始まったとして、可能な限り本人の望むようにしてあげたいとは考えてる」
「うん。頑張って」
晶も日本に帰れるという噂を聞いて、いろいろ考えてるんだな。
でも、どことなく晶に元気が無い。両親への思いとここのお友達と板挟みになっているんだろう。青春時代は悩むべし。おっさんができるアドバイスは少ない。
さて、お次はどこのテーブルにお邪魔しようかな。
お、志郎と加奈子ちゃんがいるな。嫁はいないけど。あいつはどこに行ったんだ? 朝から呑んでたし。
・・・
<<志郎との会話>>
「よっ! 食べてるか」
「あ、お父さん」「多比良のおじさん。今晩は」「多比良さんいただいてるよ」
加奈子ちゃんとそれから小田原さんもいる。小田原さんは木ノ葉加奈子ちゃんと名字は違うけど、加奈子ちゃんの実父だ。
「お母ちゃんはいないのか?」
「お母さんはツバメの所に行くって」
「は? ツバメ? 何言ってるんだ?」
後ろのスマイリー桜子から殺気が漏れる。
「う~ん。わかんない」
「え? いや、多比良さん。一応、情報までにだけど、今あそこのお城で宴会やってる連中は、ヘレナ伯爵らしいんだ。日本人を50人くらい呼んでいるらしいんだが、余興でツバメプロデュースのメンバーを連れて来ているらしい。ひょっとして・・」
「ツバメプロデュース・・あいつらか」
日本人がプロデュースした男性アイドルグループ。ヤリに来てくれるアイドルとして人気らしい。
「いや、多比良さん。もしそうだとしたら、こんな夜中に危険なんじゃ」
「そうですよね。今はもう完全に日が落ちて。いや、あいつどうやってコンサート見るつもりなんだ? のぞき? いやそんなことはどうでもいい。いくら何でも行方不明者が出たらまずい。探さないと」
「た、多比良さん。自分も手伝うよ」
「ごめん小田原さん。嫁もそうだけど、一緒に行った連中がいないか確かめたい。緊急で点呼をお願い、俺は冒険者メンバーに連絡を取る」
・・・
「あ! 前田さん。うちの嫁がツバメに会いに行くと行って姿をくらました。宴は一旦中止して点呼を取りたい」
冒険者を探していたら前田さんを発見。
「何だって!? ホントなのか?」
「息子がそう聞いたと言っているし、本当に嫁がいない。あの城でアイドルグループのイベントやってるって話だし、他に一緒に行っている人とかいるかも」
「何てこった。分かった。ひとまず点呼だな」
「済まない前田さん。それと、あっちで宴会やってる人達と知り合いな人とかっている?」
「それなら今回連れてきた冒険者だな。子供とおばあさんがあそこに居るはずだ」
「点呼の後貸して。一緒に古城に行って来ます」
「わかった。皆! 緊急点呼だ。いなくなっているヤツはいないか~」
「緊急点呼。皆集まれ。砦の入り口付近に集まってくれ」
せっかくのレジャーだというのに。本当に申し分けない。
・・・・
「確かに多比良さんの奥さんがいませんね・・・他は全員確認できました」
「皆さん。済みません」
「いや、多比良さんのせいと言うわけでは。一応、手分けして探しましょうか?」
「いや、素人が探しても遭難の危険があります。とりあえず、私が古城に行って確認してきます。そこに居なかったら、高速輸送艇で空から探索します。申し分けありませんが、皆さんは、移動砦の中で休憩を・・・」
ドン! ヒュ~~ン ヒュ~~ン バンバン!
ドン! ドドンドン! ヒュ~~ン ヒュヒュヒュ~~ン バンバン!・・・・
「何だ!?」
爆音と発光。これは・・・
パチパチパチ・・・・・・・・・・・・・
ヒュ~~ン ヒュヒュヒュ~~ン バンバン!・・・・
「花火!? 綺麗。こんなところで花火が見れるなんて」「あのお城でやってるんじゃない?」「うちらの演出じゃないよね」
花火だと!? 確かに大空に巨大な花火が打ち上がっている。
花火ならジマー領で見たけど、古城パーティ組の演出だろうか。
ドン! ヒュ~~ン ドゴォオオオオン!
ひときわ大きな花火が上がる。
一瞬、お城の陰に何かが見える。
「な、何かが居ないか? あのお城の先」
隣のツツに聞いて見る。
「え? いや、よく見えなかったですね」
「ダーリン、どうしたの? 古城に行くなら私も行こうか? あっちにも貴族がいるでしょうし」
「おい糸目。照明弾を撃てるか? あの花火に負けないくらいの」
こいつは雷魔術士なのだ。
「撃てますよ? 私を誰だと思っているんです。あんなしょっぼい魔術なんかには負けません。あれ? でも私って誰だっけ?」
おい、こいつやっぱり何か大切なものを忘れてポンコツになってるんじゃ・・・
「ライトぉ~~~~~~~~」
バガン! 空気が震える。
カッ!
空に巨大な光の玉が現われる。思った以上に凄い魔術だ。
「うん。よく見える。でかした糸目」
「何事だ? どうしたんですか?」
照明弾に驚いた人が集まり出す。
そして、湖の向こう側、お城の陰に信じられないモノが見える。
アレは移動砦。どこのだ? ぬらりと輝く、漆黒の巨体がゆっくりと動いていた。
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