第136話 移動砦で旅行 出発! 8月下旬

今日は旅行の出発日だ。


集合時間は8時だが、7時前にはすでに数名が集まっていた。


「はい! そこの荷物は食料よ。こっちに運んで。そちらの荷物は衣類なんでこっち」


綾子さん、小田原さん、高遠さんにクリスが大量の物資を移動砦に運び込んでいる。


「綾子さん、これ全部食料? それから衣類って」


「いや、そのね。せっかく他の街に行くんで、売ったの」


「う、売るの? いや売った? 過去形?」


「ええ、トメさんにすでに売っているの。後は運ぶだけ。お洋服の方もね。クリスさんとこの分もあるわ」


「そ、そうなんだ。しかし洋服は分かるけど食料って・・・」


「ん? 聞いて無い? 私、不動産を売ったお金でお肉の養殖事業を買ったのよ」


「へぇ~」


綾子さんが言うには、まず、ワックスガー元準男爵とバルバロ家の抗争の際に助太刀として参戦したおかげで、土地付き不動産をゲットしたらしい。

で、商人さん仲介のもと、その不動産と当時借家であった日本居酒屋の土地と建物を交換した。でも、評価額がゲットした不動産の方が高かったため、差額分は現金で貰ったと。

でも現金をそのまま持っていてもしょうが無いので、不労所得ゲットのため、タイガ方面の養殖場の権利を買ったらしい。


綾子さんもたくましい。


それで今回、その養殖場から運ばれてくるお肉をシエンナ家とバッファ家に売って、旅行ついでに輸送するというわけか。


「それで、この衣類は?」


「あ、多比良さん。これは針子連合が作った服なんですよ。いや~今、日本人が作った服が人気で飛ぶように売れてるんです。綾子さんのところのお肉も今は高騰してて。この量でもかなりの儲けになるんじゃないですか? 綾子さんもやるなあ。その事業うちも欲しかったのに、即金一括払いでゲットされてしまいました」


そう言うのは高遠さん。

みんなこの世界でしたたかに生きている。良いことだと思う。

移動砦を足代わりにするくらいは大目に見よう。


・・・


移動砦の入り口から入って、すぐに3階の操舵室に移動する。そこにはすでに元近衛の3人がスタンバっていた。最後の確認をしているらしい。

まあ、処女航海だ。緊張するのも分かる。


「みんなおはよう。今日は初陣だけど、別に戦争に行くわけじゃ無い。気楽にしてて欲しい」


「あ、艦長、おはようございます。いや、何だか感慨深くってですね。艦の運営は任せてください。貴方はのんびり旅行を楽しんでください」


今日のオルティナはどこの歌劇団だよ、と突っ込みたくなるくらい、ビシッと綺麗なズボンとベストに身を包んでいる。

よく見るとマシュリーとフランも正装だ。


「おはようけろ」


アルセロールだけは迷彩服に黒皮の靴だ。

だけど。


「さて、俺は先に魔石の補充をしてくる。その後はアルセも一緒に来てくれ。護衛任務の開始だ」


「了解けろ」


魔石のある動力室にはこの操舵室からしか行けない。


ツツを連れて、動力室に向かう階段を降りる。

ここの部屋には窓が無いが、魔道具の発光でそこそこ明るい。


「ん? 何か違和感、というか。おい糸目。お前何やってるんだ?」


糸目が動力室に設置してある『魔王の魔道具』の台座の上で寝ている。


「ふぁ? おはようございます。ここは私の寝室です。この愛しい魔石くんが私の新しい恋人なんです」


「はい?」


そういえば、ここを部屋にするのを許可したような気もする。

こいつ、マシュリーが言うように、何か大切な記憶を奪われたんじゃなかろうか。愛おしそうに『魔王の魔道具』に付いている魔石を抱きしめて頬ずりしている。かつて、王城で日本人達に教鞭を振るった威厳は微塵も無い。


「・・・もうすぐ集合時間だ。早く起きろ。そして服を着ろ」


「ふぁい。むにゃ」


糸目はもぞもぞと起き出す。よく見たらこいつ全裸だ。床には長細いタイプの魔道具が落ちいてるし。何をやっていたんだこいつは。


アルセロール(仮)を連れてこなくて良かった。

とりあえず魔石くんに魔力を叩き込んで、俺のここでの仕事は終了。


で、を操るアルセロールと合流。


次は、操舵室の後ろに行く。


ここは厨房と食堂に改装した。

食堂は畳。椅子は揺れる移動砦では固定が面倒だし、なにより畳にすると雑魚寝が出来るのだ。


なお、今回の旅行は、昼は街食、夜はバーベキューの予定なので、厨房は御飯を炊くのと下ごしらえくらいしか使わない。


操舵室から厨房及び食堂へは、窓際の廊下を通って行ける。


そこには何故か、祥子さんがいた。忙しそうに何かの作業をしている様子。


相変わらず小柄な彼女。アシンメトリックのショートカットが格好いい。

ここに来て結構時間が経っているはずなのに、全くヘアスタイルが変わらない。きっとこだわりなんだろう。


「祥子さん、おはようございます」


「あ、多比良さんおはようございます。厨房使わせてもらいますね」


「いいですよ。でも何の作業をされてるんです?」


「日本居酒屋移動砦出張部です。大人向けにショットバーをやろうと思っているんです。有料で」


「ショットバー?」


「はい。今、ブランデーもどきの焼酎があるので、それをいろんな果汁に合わせておいしいカクテルを開発中なんです。今回は実験と実益を兼ねてですね、バーを出店します」


「ほう。それはそれは。俺も夜にいただこ」


なんと、祥子さんはこの旅行中に日本人相手の商売をするつもりのようだ。

この人もたくましい。


・・・


お次は4階に移動する。


移動砦の4階は、お風呂場と休憩室に改装した。休憩室には畳部屋も造り、ここでも雑魚寝が出来る。


「おお、タビラ殿、休ませていただいておるよ」


この人はラムさん。鬼だ。


朝風呂上がりなのか、短パンにTシャツ1枚というラフな格好でくつろいでいる。


彼は、こう見えて百鬼隊というジマー家直属部隊の分隊長さんだとか。


顔見せの時に元近衛4人の顔が引きつっていた。


「ラムさんもまたラフな格好で。もうすぐ集合時間になりますから、よろしくお願いしますよ」


「はいはい。それよりもよっ。旦那ぁ、この船のクルーは皆美人ばっかりじゃないか。で? みんな旦那の女なのかい? もうヤッたのか?」


「いや、そのような事実は無いですが」


「そうか。じゃあよ。俺が手を出しても何も問題はないよな」


なんか3枚目に見えてきた。最初見た時は結構ダンディだと思ったのに。


「まあ、恋愛なら止める理由はないですね。ただ、未成年に手を出すのとセクハラはNG」


セクハラと言って伝わるのだろうか。


「へへ。その辺はわきまえているぜ。ん? そこのお嬢さんはどうだ? そのめんはフェイクだろ? だいたいなんで双角族の真似してるんだ?」


そういえばそうだな。なんで双角族の面である必要があったんだろう。まあ、成り行き?


「どうだ? 俺が天国を味わわせてやるぜ? 何、怖いのは最初だけだ、ねえちゃん、んあ?」


瞬間、周りを支配する濃厚な怒気、いや、殺気?


「こらこら、アルセロール。いや、スマイリー。殺気を放つのはやめなさい。ラムさんが困っているだろう」


「・・・」


この辺は母親譲り? 無言なのに迫力がある。


「ラムさん、この方はスマイリーさんです。危険ですので、手を出されてはいけません」


ツツがやんわりと注意するが。


「いや、そんな、こいつはのほほんとした巨女だったはずだ。何だ? 何だこいつは。あり得ない。このようなヒトがいるはずない!」


何か失礼なんだけど。


「だから、今日はスマイリーです」


「は? はい・・・」


ラムさんがドン引きしている。


そういえば、ラムさんに桜子スマイリーのこと説明していなかった。

元近衛兵達にはちゃんと伝えていたんだけど。


双角族なんだし、察してくれると嬉しいが。

だけど、少し失礼ではないだろうか。この可愛い娘を。


「じゃあ、準備の方よろしく。さて、次は屋上かな」


「はい、行きましょう。じゃあ、ラムさん、また後で」


「お、おう・・・」


どうやらツツがちゃんと事情を説明してくれるらしい。ここは彼に任せよう。


ここ、4階の上は屋上。

屋上にも行ってみる。

集合1時間前だというのに人が居る。


「あん? システィーナか。お前何やってんだ?」


「何って、ロングバレルの手入れと準備」


よく見たら足下に大量の砲弾と土が置いてある。この日のために用意したんだろう。


「まあ、いいけどよ。集合時間になったらちゃんと降りてこいよ。それから街の近くでは銃口を出すな」


「はぁ~い」


・・・


集合時間8:00、点呼して全員集合を確認。


今回、見送りに結構人が来ている。


ディーとその兄、モルディが来ているほか、ランカスター家にブレブナー家も見えている。ドネリーとネメアだけでなく、伯爵家のご当主が来ているらしい。


先ほど、ドネリーとネメアに教えてもらった。

今日はアポ無しで見に来ただけだから、挨拶はしなくていいらしい。


彼らは娘の晴れ舞台を見に来たのだとか。一瞬、タイガ伯爵が来たらどうしようかと思ったけど、それらしき人物はいない。


「全員揃ったな。じゃあ、皆乗り込め。それからフェイさんとヒューイ、旗を掲げてくれ!」


「「了解!」」


2人は地上から飛び立つと屋上に旗を立てる。

タマクロー、ランカスター、ブレブナー、タイガ、バルバロ、シエンナにバッファ旗が掲揚される。


うむ。これだけやれば、今回の旅程でこの移動砦の通行を邪魔する輩はいまい。


「おお、これだけ旗が揚がると爽快だぜ。タビラ、旅の安全を祈る。それから妹をよろしくな。今日はあいつの晴れ舞台だ」


「ああ、ドネリー。オルティナは副艦長だ。きっとしっかり務めてくれるさ」


「気を付けてな。タビラ。本当はオレも行きたかったんだが。これは日本人の旅行だしな。だが、バッファ領は、北の空白地帯に近い土地だ。気を付けろよ。イセが追加で護衛を付けてくれたみたいだけどよ」


「ああ、ディー、気を付けて行ってくる」


「タビラ殿。どうも、ヘレナ伯爵家も日本人を多数連れてバッファに旅行に行くようです。彼ら、借金してまでこの企画をごり押ししております。あなたが行かれるのは偶然だとは思いますが、どうかお気を付けて」


この小さなおじさんはディーの兄、この街の領主様だ。


偶然だと思うが一応気に止めておこう。


「分かりました。気を付けて行ってきます。では、そろそろ出発します」


「じゃあな。今度はオレも連れて行けよ」


「あいよ」


見ると、一般参加者はすでに移動砦に入ったようだ。


ぼちぼち俺も行くとしよう。


俺は、移動砦に入り、内側から出入り口の扉を閉める。


・・・


「では、反重力発生装置エンジン始動。浮上開始」


「ラジャ。エンジン始動。浮上開始!」


フランが俺の指示を復唱しながら、操作する。この移動砦の動力、エンジンじゃないけど、便宜的にエンジンと呼んでしまっている。


階下の動力室からほんの微かな振動が伝わってくる。


「よし、後はオルティナに任せた。空路は予定通りだ」


「了解です艦長。フラン、浮上高度100。サイレン上空を北へ。速度は50」


「ラジャ、高度100,速度50」


高度や速度はレバーを操作する際の目分量や感覚で調整する。速度計や高度計があるわけでは無い。訓練で身に着けたアナログ感覚だ。

そのうち、そういった機材も導入したいけど、案外アナログ感覚は重要だと思うのだ。今回は、彼女らの経験に頼る。


「移動砦、発進します。みなさん、揺れに注意してください」


マシュリーが全艦通信で注意を促す。いい声だ。うん。みんな様になっている。


「お疲れ、カッコ良いわよ。艦長さん?」


そう言ってからかうのは、操舵室窓際にある旅客用座席の徳済さん。その横には斉藤さん。お子さんがソフト部の人。

ちなみに、徳済さんはスマイリーが桜子であることを知っている。


「からかわないでくださいよ。徳済さん、ショットバーに行かなくて良かったんですか?」


「いや、朝から飲む気はないわよ。高遠くんは飲んでたけど」


皆、すでに思い思いの場所で好きなことをしているらしい。


俺も好きな事をするか。とりあえず、娘のために息子の志郎を探そうか。


「じゃあ、俺は見回りに行って来ます」


とりあえず、操舵室から続く窓際の廊下をツツと娘の3人で歩く。


・・・


食堂に行くと、厨房の入り口付近にカウンターテーブルが備え付けてあり、すでに高遠氏が飲んでいた。というか、隣にいるのは、なんとうちの嫁と双角族のラムさんだ。こいつら、朝から飲んでいやがる。


まあ、旅行だからいいけど。

ただ、ラムさんは仕事中だろうに。酔わない自信でもあるのだろうか。


桜子をチラ見するが、面を付けているので考えが分からない。


朝から飲み出した3人は無視して、食堂を除き込む。ここの座敷には中学生達がたむろしていた。


おお、いたいた。息子の志郎だ。加奈子ちゃんと、確か前田さんの息子さんと一緒にいる。


「いたな。どうだ?」


「志郎。やっぱり大きくなった、けろ」


「そうだな。ここ4ヶ月で10センチ近く伸びたんじゃないかな。どうだ? 拉致ってくるか?」


「いや、いい。私だけ特別なのもよくないけろ。見れただけで嬉しいけろ」


「そうか。アルセには志郎を見かけたら抱きしめるように言っておいたからな。別に抱きしめてもいつも通りと思われるだけだぞ?」


「いや、本当に見るだけでいいけろ。今抱きしめたら、肋骨と背骨折るかもけろ」


「そうかぁ」


身体強化された桜子のベアハッグはさぞかし強烈だろう。


よし、暇だし次は4階に行くか。

ショットバーの嫁と宴会場の息子を残して4階に行くことに。


・・・


4階の休憩所では、クリスと、小田原さん、それから綾子さんが駄弁っていた。


「あ、お疲れ様。暇になったんだ」


「うん。早速副艦長に丸投げしてきた。適当に旅を楽しむつもり」


「旦那旦那。さっき奥様からぁ。旦那と寝て良いって許可取ってきたんすよ。だから、今晩はあたしとハッスルしよ?」


「何がハッスルだ。しないからな?」


クリスのやつ、娘の前で何てことを言うんだ。心臓に悪い。


「次は屋上に行くか」


逃げるように屋上に上がる。


・・・


屋上にはシスティーナに晶、冒険者勢にフェイさんとヒューイがいた。


「あ、おじさん。モンスターはまだぁ?」


「いや、システィーナ。まだサイレンだろ。外に出たらモンスターも出てくるかもしれないけど、いきなり撃つなよ? 射線の向こうと後方確認をちゃんとするんだぞ。というか、艦長命令が出てから撃てよ?」


「はぁい。楽しみ」


「あ、あの、おじさん? その方・・」


「どうした、晶」


まずい、晶気付いたのか? そういえば知り合いだったっけ?


「いや、少し気になっただけ」


何か感づいたな。冷や汗が出た。

でもまあ、晶も気にしていない感じだし、いいか、このままで。


「さて、暇だし屋上でまったりするか」


『操舵室から連絡。本艦は今から加速します。揺れにご注意ください。繰り返します。揺れにご注意ください』


適当にその辺の手すりに掴まる。


少しして、移動砦の周りの風が変化したような気がする。


そしてゆっくりと加速する。そこまで揺れは無い。


「これはマシュリーさんの風魔術ですね。空気抵抗が少なくなりますから、飛行が安定します」


ツツが解説してくれる。やるなぁマシュリー。


今回の飛行計画は、サイレンの街を低速で出たら、その後は時速150キロまで加速することとしている。

流石にこの図体ずうたいで時速100キロを越えると音が相当煩い。快適な移動砦の旅行に、風魔術は必須なのだ。


そして、10時半頃には200キロ先のシエンナ領に到着。


・・・・

<<シエンナ領 到着>>


「ぶぅ~~。移動早すぎ。モンスター出なかった」「まあまあシスティーナ」


「ここがシエンナ領か」「私、最初の王城以外でサイレン出たのは始めて」


「さて、物資を運ぶぞ~」「買い物行こ~」


シエンナ領にはトメを通じて連絡を入れておたので、街には混乱なく入れた。


ここでは、先にお買い物タイムを取って、少し早めのお昼にする予定である。


移動砦を降りた人達は、早速と思い思いの行動を開始した。


「まずはお土産屋さんかな。ぼちぼち行くか」


俺は、少人数でひっそりとお買い物。


・・・


ここでは、お買い物組で適当に街ブラを楽しんだ。


その後は予約していたレストランで全員集合して昼食。


さて、次はバッファ領古城に向けて、山脈のきわを移動開始だ。

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