第104話 バルバロ辺境伯vsワックスガー準男爵 小田原視点 8月上旬
たまりかねた綾子さんが敵に突撃してしまった。
「はぁ!」
パァン! ダガン、パリン! がしゃ! ぼご!
綾子さんの連続攻撃。この間、少し空手を習っただけでここまでの動きが出来るものなのだろうか。
相手も障壁を出して耐えていたが最後には吹き飛ばされてしまった。
いや、吹き飛んだが、急所に入ってはいない。アレではすぐに復活してくるだろう。
「誰だ? 吹っ飛ばされた!?」
「あいつ、確かルナの母ちゃんだ。Dランクのはずじゃ」
「ふん、吹っ飛ばされたあいつは、訓練さぼってたからな。しょうがないだろ」
「きゃはは、いいのかなぁ~? 保護者が生徒に手を出してよ。訴えんぞ? ごらぁ。お前の娘もタダじゃ済まさなねぇ」
「え? おれ、あんな男みてぇな女いやだぜ?」
「ぎゃはは、誰が犯すって言ったよ。ぼこぼこにスンだけだろうが。母親の目の前でなぁ」
「親子で全裸土下座させてヤンよ。ぎゃはっはは」
流石に自分も頭に血が上る。昔を思い出しそうだ・・・
「お、お前らぁ!」
「あ、綾子さん、一人では無謀だ! 待ってろ、今行く」
綾子さん、娘さんの事を出されて頭にきたんだろう。自分も助太刀に。
「へ。出てきたな。バルバロ。あのじじいのようになりたくなかったらな。この書類にサインするってぇことをお勧めするぜ。なあに。少しだけここの運営に入り込ませて貰うだけだ。お前達にも利益がある話さ。新興貴族の力を借りられるんだからな」
日本人中学生に混じっている大人が本題に切り込む。要は、ゆすりたかりでここの施設の利権を奪いたいということか?
そうこうするうちに、綾子さんがじじいに駆け寄る。
「じじい、大丈夫!? あいつら、許せないわ。娘のことまでぇ」
「アヤコ殿ぉ・・・優しいお人じゃのう。わしが後50年若かったらのう・・・もう、だめじゃ」
「じじい! しっかりして」
「ああ、お迎えが来そうじゃ。なんと柔らかい・・・」
「ヒィ。お尻ィ?」
倒れ込んだじじいが、綾子さんのお尻を揉みしだく。いや、この人、本当に丈夫なのか? そういえば、この世界には魔術障壁がある。冷静に考えると、あれだけ暴行を受けて血の一つも出ていない。このじじいにダメージは無いような気がする。
では、なんで今まで倒れてたんだ? まさか本当に・・・エロ目的?
「けっ。このおばさんが、イキりやがって、死ねやぁ!」
「舐めんな! ガキゃ!」
パン! どさ。
おお! あれは見事な延髄蹴り。空手の修行時によく見た技。
あの多比良さんの障壁すらも1枚くらいは破る必殺の蹴り。
久々に見たな。
いや、でもあの中坊大丈夫なのか? 膝から崩れ落ちたけど。
「あ、あれ? わたしの延髄蹴りが入った!?」
「あ! アヤコ殿、何をやってるんだ。そこは人間の急所なんだぞ? そんなとこ、蹴ったら相手が死ぬぞ!」
「へ? ええ?」
「く、くそ。やはり、バルバロは強ぇか。仕方ねぇ。魔道具を使うぞ」
「いや、この家が壊されたら困る。少し待っていろ」
「いや、モルディ、お前何やってるんだよ。攻撃されるぜ?」
「煩いなぁ。私は靴を履くのが遅いんだ」
「裸足でいいだろ。こんな時くらい!」
「うわっ。レディーに対してなんということを」
「君たち、結構、あの魔道具強力かもよ? モルディ、早く立ち上がりなよ」
「そうか、ネメ。しょうが無いやつらだ。もう少で履き終わる。ここは日本人が一生懸命造ったとこだからな。壊されるわけにはいかない」
「うっせぇんだよ。子分潰しておいて、どうするんだ? あ? ゴラァ!」
パン!
あ!? モルディさんが殴られた! 顔を。
座っていたために顔面もろに拳が食い込む。
だが、人の頭というものは、殴られてびくとも動かないものなのだのだろうか。
普通は、頭が揺れて・・・いくら中坊の適当パンチとはいえ・・・
自分は空手の有段者。故あって、修羅場の経験もある。だが、アレは異常だ。
戦慄を覚える。自分は、あの女性が少し怖くなった。
「が、痛っ? なんて堅てぇ女だ。拳が・・」
モルディさんは、多分、魔術障壁すら出していない。
立ち上がり、そして・・・
ぱん! 柏手一回。
静かな、そして優しく、どこか透き通るような音が響いた。
どさ、どさどさどさどさ。5人程がうずくまる。
「うぐうう」「うごあああ」「ぎぎぎぎぎ」「・・・あああ」「ああぎはあああ」
「あ~あ。こいつら、調子に乗るからだ」
「ど、どうしたの? 何が? いったい?」
「ああ、アヤコ殿。これはモルディの得意技だぜ。こいつらは全員、網膜剥離、それから三半規管が破壊されているはずだ。声が出ていないのは、なんだ? 声帯あたりを痙攣させたのか?」
「いや、横隔膜を痙攣させて肺の半分を水没させておいた。アヤコ殿がいつになく怒っていたようだったのでな。一歩間違えれば死ぬ程度にしておいた」
「え? 止めてよ。娘の名前を出されてムカついたけど、殺そうとは思っていないし」
「人なんて、少し間違えれば死ぬような儚い生き物なんだ。それにな、こいつら、こうしないとアヤコ殿が無茶をして誰かを殺めていただろう。同じ日本人だし。殺し合うのは良くないと思うんだ」
「え? 私のせい? え? わたしのせい?」
周りの貴族達はドン引きしている。自分も、モルディさんだけは怒らせないようにしようと誓う。
「う、うわぁああああああ! やべぇ、こいつらやべぇよ」「ま、まさか、バルバロとはこれほどとは・・・まずい。準男爵様にお伝えせねば」
「ここには後5人います。逃がすとまずい。一気に仕留めます、オダワラ殿は左端を。おりゃぁああ!」
「分りました。ふぅ~~~~」
ようやくボスからの出撃命令。自分は指示通り、左端のごろつきと向き合う。
「けっ、日本人か。お前達など、魔力が少し高いだけに過ぎん。本職を舐めるなよ」
ごろつきは魔力兵装を取り出す。ちょうど短剣のような形状になる。
ふん、本職ね・・・
「はぁ! セィ!」
敵の腕に手刀を振り下ろし、ローキックを膝の真横に見舞う。
バン! パン!
「がぁああっ・・・」
なんとあっけない。魔術兵装をたたき落とし、ローキックの方は相手の足を変な方向に曲げてしまった。
これが身体強化。人体に本気でこの力を振るえば、簡単に人を殺める事ができるだろう。
担当の敵を無力化したところで周りを見ると、他の敵は全て制圧済だった。
ボスであるトメさんと、ドネリー殿が対処したようだ。
「おや、姉御、どうされましたかな?」
後ろで声が聞こえる。あれは、目覚ましおじさん。
「おっさん。やっと降りてきたのか。討ち入りだぞ。敵対勢力が攻めてきた。抗争開始だ」
「そうですか。何処となんです?」
「ええつと。ワックスガー準男爵だ」
「ははあ。では私は、ちょっと、そこを滅ぼしてきますかね。おい、屋敷の場所は分るか?」
「ん~~多分」
目覚ましおじさんは、後ろにいる自分の奥さんに場所を確認している。何を言っているのだろうか。この人もマイペース過ぎて自分は彼らの会話について行けない。
「よし、こいつらは魔力を抜いて、動けないように土魔術で固めておけ。さて、私は隣のぼろアパートの柱を殴ってくる。上物が残っていると、資産価値がうんぬんと、ゴネられるからな。いまなら、抗争中の事故として処理される」
「わかりました、姉御。あたし、こいつら固めたら、タマクロー領の不動産、襲ってきていいですか?」
「しょうが無いやつだ。いいぞ。仕事の後ならな。じゃあな」
モルディさんは、すたすたと隣のアパートに行ってしまう。あそこは確か、多比良さんが住んでいたアパートだ。
「よし、ブレブナー領のワックスガー不動産は全て抑えるぜ! 屋敷の兵隊全員に集合をかけろ!」
「ランカスターも行くよ。僕のとこのも全部いただく。ひとまず親父のとこに戻る。じゃあ、ドネリー、一旦別れよう」
「おう! こんなチャンス、滅多にねぇ。暴れるぜぇ!」
ドネリー殿とネメア殿も自分たちの部下を連れてどこかに行ってしまった。
「先ほどはナイスキックでした。オダワラ殿。さて、シエンナ子爵家としては、うちのために働いて欲しいところですが、貴方は日本人のために働いてください。私は一旦、屋敷に戻ってワックスガー準男爵との抗争に備えます。こちらの勝ちは見えているのですが、窮鼠猫を噛むといいます。自陣の防衛をしつつ、手頃な敵拠点を撃ちます」
「はい。トメ殿。日本人達に気を使っていただいて感謝しています。ですが、自分たちは、ここのルールに疎く。その、少しご説明を」
「ええ。この国は、様々な小国や街が合併して300年。統一国家ではありますが、実はお互い抗争する権利は認められています。闇雲に抗争してはいけませんが、今回のように一回攻撃を受けて、それを国に苦情申し立てをして受理された状態で、もう一度同じ敵に攻撃を受けると抗争状態となります。この状態になると、相手の拠点を占拠しても合法と見なされます」
「つまり?」
「占拠した土地や建物は、抗争後の調停でまず間違い無く、占拠したものが所有することになります。もちろん、調停で賠償金と引き換えにすることもありますけど。今回は、バルバロ辺境伯という猛者揃いの国に、何故か不動産を沢山持っている新興の小貴族が抗争をふっかけたという不思議なことが起こっており、これ幸いとここにいた皆が勝ち馬に乗ったのです。つまり、この抗争状態が続く限り、相手の所有する不動産は、『敵拠点』としていくらでも占拠することができます。この状態は、相手が降伏したり、国に調停願いを出して受理されるまで続きます。ちなみにですが、この抗争自体にもルールがあり、基本的に大規模殲滅級の魔術を使ってはいけません。それから、関係無い第三者を巻き込んでもいけません」
「は、はあ。その、何となく理解できました」
いや、本当は混乱していてそれほど理解はしていない。
「いってらっしゃいませ。ウスピラ将軍」
「よせ、じじい。おれはもう、将軍じゃねぇ」
「あなた、いってらっしゃい」
「おう、では行ってくる」
ようやく目覚ましおじさんがどしどしと歩きだした。背が低く足が短いので歩く速度が遅い。
ガイ~~ン! ガイ~ン!
「きゃぁ~~」「うわぁ~~~」
隣のアパートから不思議な音が聞こえ始めた。
状況から察するに、モルディベートさんが柱を殴っている音だろう。
しかし、なんなのだろうか。この工事現場から聞こえてくるような音は。というか、第三者を巻き込んではいけないのではなかったか。
「あ、あの、恐れながら、アヤコさん」
「ミドーさん。どうしたの?」
「いや、あの日本居酒屋なのですが、隣の建物がワックスガー準男爵の持ち物なんです」
「そ、そう。私は不動産争奪戦なんて興味無いわよ?」
「いや、この不動産争奪戦は、助太刀した人のものも含まれるのです。今は奪う話をしておられますが、逆に奪われる恐れもあるのです」
「何ですって!? 今は、あそこには日下部さんと祥子が。いや、従業員やお客さんもいるのよ?」
「実はさっき、野次馬の中にいた何人かが急いで散って行ったんです。各拠点に抗争のことを伝えに行ったのかも」
「いけない。抗争だなんて。どうすればいいのよ」
「オダワラ殿、貴方はアヤコ殿の助太刀に。私はシエンナ子爵家に戻ります。終わったら、屋敷に来てください」
「すみません、ボス。恩に着ますよ・・・」
話が分るボスで本当によかった。優しく、そして強い。付いていって良かった。
「綾子さん。日本居酒屋に行きましょう。急いで」
「うん。分かった。でも、このお屋敷が手薄にならないかしら」
「アヤコ殿。ここは大丈夫じゃ。このじじいがおるからのう」
「うん。わたしもいるし。行ってらっしゃい」
どこからどう見てもよぼよぼのじいさんと小さな女性。でも、今ならこの2人に任せても大丈夫な気がしている。
「中学生は私が付いておきますから」
先生も一応、介入するようだ。まったくこの人は。
「分かった。綾子さん。急ごう」「了解」「わ、私も行きます」
3人で日本居酒屋に駆けだした。
・・・・
はぁはぁはぁ・・・・
サイレンの街を走る。
「抗争だ~~~~貴族の抗争が始まるぞぉ~~~」
誰かの叫び声が聞こえる。自分たちの事を言っているのだろうか。
今頃はサイレンの街中で抗争が起きているはずだ。
見えた、日本居酒屋! なに!? 店の前で小競り合いがっ、遅かったか。
「何なのよ! あんた達、隣の風俗店の奴らね。どういうつもり?」
「だからよぉ。俺のとこと、お前のとこは抗争してんだよ! こうやってぶん殴って店を占領してもいいんだよ! オラァ!」
ゴン!
「あ痛ぁ!」
「しょうこ~~~~~~~~~~~」
「綾子! 戻って来たのね!」
「はぁあ、セイ!」
「おわぁ!」 パン! 「セイ!」 ドン! どさ。
おおう。ローキックけん制から見事な延髄蹴り。一撃で膝から崩してるし。綾子さん、空手か総合やってたらいいとこ行ったんじゃ・・・とにかく、凄い運動神経だ。これは決して魔術だけの効果じゃ無いと思う。
「祥子大丈夫? あんた達、うちを襲ったわねぇ・・・許さない!」
「痛いと思ったけど、痛くなかった。障壁が効いたみたい。私は大丈夫よ。それで、綾子、あんた何か知っているの?」
「こいつらがバルバロ邸を襲ったのよ。今は抗争状態だから、バルバロ家に味方してる私達のお店も、敵拠点として襲われたんだと思う。この国の抗争はね。相手の不動産を拠点として奪っていいみたいなの」
「ええ? そんなぁ。今は多比良さんもいないし。そうだ! 冒険者! 冒険者を」
「いや、間に合わない。ここでやるわ!」
「え? 綾子、でもあいつら本職というか、武装してるわ。危険よ」
「うおおお! 抗争だ~。おらやれ! 戦え!」「おおお~~~~」
野次馬が集まり出す。こういうのも一種の娯楽なんだろう。
「でも、やるしかない。あいつら、娘の事も知っていたわ・・・・許せない。それにね、ここには魔術があるのよ。舐めんなって感じ」
綾子さんは、後頭部のお下げをポニーテールにする。あれは彼女の勝負スタイル、やる気だな、綾子さん。
「フゥ~~~~~~~~~~」
息吹!
「けっ! こいつ。格好付けやがって、お前ら、やれ!」
自分も、久々に暴れますか。ここには日本人中学生はいないようだし。
「おらぁ~~~~~」 「あ、綾子!?」
綾子さんが突っ込む。なんと気持ちいい突っ込みだろうか。
自分も熱くなる。
ステップを踏んで間合いを取りつつ相手に近づく。
「ふん!」
パン! ボギ!
正拳突きを相手の二の腕に放つ。これは折れたな。
「おおおお~~~~すげぇぜ。これが魔道士達の戦いか!」「いや、違ぇだろ。ただの殴り合いだろ」「いや殴り合いであんなになるか?」「確かに・・・」
外野は無視だ。
「舐めんな!」
パン!
おおう。ハイキックもろ。綾子さんの足下にはすでに2人ほど倒れている。死んで無ければいいけど。
そういえば自分は一応生物魔術に適性がある。訓練して火傷や骨折くらいは治せるようになっている。自分は、そっち側のフォローに回るか。知り合いを殺人者にしたくない。
倒れている奴らに近づいてしゃがみ込む。ハイキックで皆首をやられている。
倒れている人に片っ端から生物魔術を掛けていく。
「おらぁ。お前ら、わたしを舐めるなよぉ! 娘を、娘に全裸土下座とは何事だぁ~~~」
綾子さんが切れてる。手に持っているアレはまさか・・・・
アレは多比良さんでさえキモを冷やしたという土・風・火魔術のハイブリッドスキル。手榴弾? いや、ATM。
「おりゃぁああ!」
ブオン! という、腕が風を切る音が聞こえる。
バゴン! ドゴン! 「「「ぎゃぁあ~~~~~~~~~~~」」」
敵拠点、隣の風俗店の扉付近に陣取っていた兵隊が、扉ごと吹き飛ばされる。
これ、王城での訓練の時より威力が上がってないか? いや、さすがの綾子さんも、多比良さんに投げる時には手加減していたのか?
「おらぁ~~~~~~~~」
「ちょっ綾子~~~~~~」「綾子さん! 一人で突っ込んだら危ない。建物の中は危険だ」
自分は、瀕死の敵を最低限度治療しつつ、敵の建物に単騎突入する綾子さんを追いかけた。
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