第89話 バルバロ邸の夜 イカパーティ後 7月下旬

「・・・ん・・・あっ・・ん・・・」「・・オラァ・・・・ク・・・」「来い・・・・つぎ・・」「・・・グ・・・・・ア・・・・グ・・・」


・・・・・・・寝れん。


いつからこのアパートはラブホになったんだ? ああ?


どこからどお聞いてもアレの声が聞こえる。


このぼろアパートは、日本にあるようなサッシ付の窓ではない。採光用の四角い穴に、木の板をはめてるだけ。


俺の寝床は窓の真下なので、隣の部屋の声が丸聞こえなのである。

多分だけど、間取り的に嫁と息子の部屋からは聞こえないだろう。


ただ、今までこんな音はしなかった。基本的にこのアパートの住人は少ないし、みんな音漏れするのが分っているから、夜中に大声は出さない。


くそ、今日は朝から仕事してタイガまで飛んで一日中魚釣りして宴会して疲れてんのに。


『ガコ!』とわざと少し大きめの音を立てて窓の木枠を外す。


一瞬だけし~んとするが、また声が再開する。


「・・か・・・気にす・な・・・始めろ・・・・」「・・・ん・・・あっ・・ん・・ぎ・・・」「・・好きだ・・お前ら・・・も・・・」「俺の番・・・・あ・・」「・・・あっ・・・・・やめ・・・・ぎぁ・・む、むぐぅ・・・・」


はぁ~。ここには中学生の息子もいるのに。というか、これは普通の逢い引きではなく、複数プレイだよなぁ。飛んで窓を蹴ってやろうか。すぐに上に飛んだらばれないだろう。たぶん。


もそもそと布団から出て窓から顔を出す。外は意外と明るい。


いや、隣のバルバロ邸が明るい。何だ? 反重力魔術で窓から飛び出してみる。


は!? バルバロ邸の誰かの部屋から煌々と明かりが出ている。カーテンも何も無し。外から中が丸見え状態だ。


バルバロ邸の個室には、大きな窓ガラスが設置してある。だから、部屋に明かりを付けた場合、カーテンが無いと中が丸見になる。


窓際に立っている人物がいる。あのシルエットはモルディ。というか、あの部屋はモルディの自室のはずだ。

何やってるんだ? あいつ。こんな夜更けに。言ってもまだ22時少し過ぎだけど。


アパート横の空中からモルディを見てると、向こうもこちらに気付いたようだ。手で『おいでおいで』のジェスチャーをされる。

そのまま飛んで、2階にいるモルディの部屋の前へ行く。


「どうしたんだ? 眠れないのか? 私が懐かしくなったんだろう。そうかそうか」


「いや、モルディ、眠れないのはその通りなんだが。あのぼろアパート。どうもセッ○スしてる奴らがいてな。声が聞こえてきて」


「あ! 元クレーン役の旦那じゃん。きぐう~~」


モルディの部屋にいた人物が声を上げる。かなりガタイの良い女性。顔は美人。


「ほ? あ! あの時の強制わいせつ罪の人! 黒い模様取れてる。刑期明けたんだ」


「そうそう。晴れて一般人。そっか。旦那、あの後、姉御の工事に行ったんだもんね。知り合いだよね」


「お前たち知り合いだったのか。そういえばタビラ殿は元々はティ様の紹介だったからな。知り合いでもおかしくは無い」


「改めまして、あたしは、チーネクリス・バッファ。バッファ男爵家の長女。チーか、クリスって呼んで」


「お、おう。クリス、貴族とは思っていたけど、やっぱり貴族だったんだな」


クリスは、確か旦那に夜の行為を強要しすぎて強制わいせつ罪で訴えられ、有罪になった女傑だ。この間まで強制労働刑に処されていたはずだ。


「そうよぉ~。タマクロー派の貴族。刑期も明けたし、姉御に挨拶に来てて。それにしてもここどうしたのぉ。ここ。お庭も綺麗になって、屋敷も凄いし」


「まあ、色々あったんだ。クリス。日本人のおかげでこの屋敷も立派になった」


「ふぅ~ん。しばらく実家に戻ろうと思ってたけど、ここに居た方が面白そう。姉御、雇ってもらうとか、だめ?」


「その前に、タビラ殿も飲むか? ワイン。ほらクリス。コップを取ってこい」


「せっかくだしいただく。寝れないし」


「厨房行ってきま~す」


クリスはコップを取りに部屋を出ていった。


・・・・


2次会開始。


「あ~。さては、隣のアパートのあいつらか。知っているぞ。一度うちに来た」


「来たって何しに? というか知り合いなのか」


「は? 知り合いというか、ほぼ全員日本人だったぞ? うちの部屋を借りたいと言うから、断った。まったく迷惑なやつらだ。うちはアパートではないというのに」


「う~ん。家主が直々に対応したのか。まあ、モルディらしくていいや。それにしても日本人ねぇ。そんな非常識な奴らがいたとは。結構みんな、紳士に利用してただろ。モルディにへそ曲げられたら自分たちが損する分けだし」


「そうだぞ。ここに来る日本人はとても紳士的だ。だけどあいつらはヘラヘラ笑って、とても不快だった。あげくの果てに、ワックスガー準男爵の兵隊というのが同席していてな。自分たちと敵対したくないなら、おとなしく言うことを聞いた方がいい、なんて言うんだ」


「おいおい。モルディ、お前、それに何て答えたんだよ」


「もちろん、言うことを聞けなんていうことは断った。だから、その準男爵とは敵対することになったはずなんだ。まったくしょうがない奴らだ。こういったことは、最初に苦情申し立てをすることになっているんだ。書類も作ってちゃんと領主に届け出たし。面倒だけどちゃんとしておかないとな。あとな、あいつらイカ臭かった。だが、アレは自慰ではないな。ほんのり、おんなの・・・」


ん? 書類? なんだろう。苦情申し立ての書類・・・貴族の決まり事でもあるんだろうか。


「ぶは! 姉御。そいつら何匹かわたしにくださいよ~」


「やめとけクリス。また捕まるぞ」


「えぇ~~~」「すねるな」「じゃあ、おじさんでいっか」「やめろ。俺は淡泊なんだ」


「お前達もしょうがないヤツだな。それよりもだ、あのアパートだ。実はな・・・邪魔なんだ。あのぼろアパート」


「へ? どういう意味?」


「うちの屋敷、あっちの方向に広げたい。で、あのぼろアパート、うちと隣接してるだろ? 邪魔なんだ」


「まあ、邪魔だろうね。窓から顔を出したら、モルディのぞき放題じゃないか」


「私は別に覗かれてもいいんだが、日本人達が庭を欲しがってな。宴会場の横に。それに、宴会場ももう少し広げたいらしいし」


「そ、そうなのか。まあ、俺と家族は、別に住処があればごねたりはしないぞ? お金も貯まったしもっといいとこに引っ越そうか? ここと近いのは非常に助かってたんだけど」


「そうか。嬉しいことを言ってくれる。近いアパートなら、道の向かいにもあるからな。話を戻すとな。隣のぼろアパートは、ワックスガー準男爵の所有する不動産のようなんだ。新興貴族だから、金に煩い。下手に買収を持ちかけると足下を見られるしなぁ。だから、邪魔なんだ。少し柱を殴ってこようかと思っている。崩れないかな、あそこ。ぼろいし」


「まだ止めろ。俺と家族が居るんだぞ。というか、さっさと引っ越そう。セッ○ス音で眠れないし。いつ、モルディに襲撃されるか分らないみたいだし」


「ぶは! でも、セッ○ス音ねぇ。ここに来た日本人、未成年の学生だったんでしょう? やばくないかな。全うな事に聞こえないんだけど」


「は? 日本人って、中学生の方なのかよ。まじか。大人と思ってた」


「そうだぞ。今セッ○スしているやつらがそうなのかは知らない。だが、ここに来て部屋に住みたいと言ってきたイカ臭いやつらは学生で、あのアパートに居ると言っていた。ワックスガーの者と一緒にな」


「状況的には、うちの隣でヤッてるやつらは学生か。中坊が何やってるんだよ。この間晶が襲われてさ。学校で色々と対策取られたはずなのに」


「学校は学校の中だけしか興味がないからな。外の事は不干渉だ。基本的に」


「そうか。教育委員会が居た日本とは違うもんな。はぁ~。どうすっかねぇ。晶は同じDチームの縁で助けたけど。俺だあの部屋に入って助けるというのもスジが違う気がする。全ては助けられない。余計なお世話かもしれないしな」


「しょうが無いヤツだな。全てを助けられるヤツはいない。だから、仲間という概念が存在しているんだ」


「結構難しいこと言うんだな、お前。俺も少しお酒が回ってきたかな。しかしどうすっかな。あいつら」


「ここに来たあいつらは5人以上いたぞ。もし、うちの部屋なんて貸したら、たちまちアキラやカナコが危険になっていただろう。排除したいな。あのぼろアパート共々」


「うん。我が家は引っ越す。それから、こういう時は徳済さん? いや、ちがうなぁ。ひとまず先生だろうか。いや、無意味か。う~ん救われない。日本人会には相談しておこう。あ、それとモルディ。晶達に気を遣ってくれてありあがとうな。感謝しているよ」


「ああ。やっと分ってくれたか。どうだ? 久々に、疲れた体をほぐしてやるぞ?」


モルディは、顎で畳の上を指す。


うぐ。実のところ、モルディマッサージは最高なのだ。やって貰いたい。だが、このカーテン全開の部屋でされるのは気が引ける。


「いや、モルディ。やってもらいところだけど、今日はもう遅いしな」


「そうか、遠慮することなんてないのに。あの工事中は、いつももっと遅い時間にやってたからな。懐かしいな」


「そうだなモルディ。あの時のことも感謝しているさ」


「そうだぞ。沢山感謝しろ。そして、私に男が出来るように祈っててくれ。なんなら紹介してくれてもいいんだぞ? そういえば、そなたの奥方、別に私とそなたがセッ○スしてもかまわないらしいぞ?」


「え? 姉御、ホントっすか? あたしもいっすか? 混じっていっすか?」


「いや、あれは私だからこそ、言ったんだと思うぞ」


「え~そんなぁ」


あの嫁。いろんな人に同じ事言ってた気がする。一体どういうつもりだ? 先に浮気させて慰謝料がっぽりパターン? いや、考えすぎか。冗談だったと思っておこう。


「クリスは、そうだな。今は結構物騒だと分ったし、養う人も増えたしな。屋敷と庭の護衛員として雇おう」


「ホントッスか姉御! 助かります。いや~。強制労働が終わって、あの田舎に帰らないと行けないとこだったんすよ」


「実家? ちなみにだけど、クリスの実家は何処なんだ? バッファ男爵領があるのか?」


「そうですね。ここから北に200キロ。山奥の領地です」


「バッファ男爵領は歴史も古いし、人口もそこそこいるからな。そろそろ子爵にしようかという話もあったらしい。しかしなぁ、いかんせん、山過ぎて清流と山菜・川魚くらいしか特産品がない。だから、今のところ男爵領に据え置きなんだ」


「へ、へぇ」


清流か。キャンプ行きたい。


「じゃあ、クリス、お前もここに住め。言っておくが、女子区画は男子禁制だぞ」


男子禁制の話は聞いた。ちなみに、家族用の区画は男女入れる。モルディは家屋用の広い部屋に一人で住んでいる。だから、ここは別に男子禁制では無い。


「ありがとうございます姉御。あたしも場はわきまえますよ。なんなら、男子寮に住んでもいいんですけど」


「それも止めておけ。男子どもがむらむらして寝れなくなったらどうするんだ。学業に障るだろう」


ふわぁ~あ。ちょうど良く眠くなってきた。落ちが付いたところで、そろそろ寝よう。


今日の情報を心にメモる。うちのぼろアパートは引っ越す。日本人中学生がワックスガー準男爵のアパートでやりまくっている可能性。彼らはバルバロ邸に住みたがっている。下心で。クリスがシャバに復帰、バルバロ邸で護衛として働くことに。


「モルディ。晩酌付き合ってくれてありがとう。そろそろ寝るわ」


「「おやすみ」」


部屋に戻ると声は消えていた。


布団に入る。隣の部屋。中坊がまた悪さをしているのかもしれない。

だけど、俺は彼らの保護者ではない。

先生でも、ましてや、聖人君主でもない。


助けられるのは、手の届く範囲だけ。全ては無理だ。というかモチベーションが湧かない。


とりあえず、今日は寝る。明日は日本人会。その時にでも相談しよう。

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