第83話 野球の練習試合 7月中旬
今日は日曜日。日本人総会も開催が隔週になったため、今日は本当の休みの日。
今日は野球の練習試合がある。その後はバルバロ邸で宴会。
息子の志郎は朝から出かけて行った。試合には出ないとはいえ、お友達の応援をするようだ。
うちの志郎は、最近は休みの日もバルバロ家で御飯をいただいている。
ある程度お金は渡しているとはいえ、家を空けがちの我が家としては結構ありがたい。
嫁の方は朝からお出かけ。
伝言板は、朝昼は外で食べてくるとか。要件はオーディション。
『嫁にはツバメがいる』
先生はそう言った。
ツバメ。いくらするのか知らない。ただ、俺は稼ぎをいちいち家に入れるのが面倒なので、嫁には『タマクロー通貨を換金する権利』を渡していた。日本の感覚なら、キャッシュカード渡してと暗証番号を教えているようなものだろうか。
そのお金で買ったのだろうか。ツバメを。いや、本当のツバメを飼っている可能性も捨てきれない。
ただ、今日は補欠とはいえ、子供の部活の試合。一緒に見に行ってもいい気がするけど。まあ、夜の打ち上げには参加するみたいだから、今日は外せない用事があったのだろう、そう思うことにする。
まあ、深く考えてもしょうが無い。出かけるか。
・・・すぐに競技場に着く。隣だし。しかし、人が結構多い。
今日の試合は3チームだろ。この人数、それにしては多い。
「おお! おはよう。タビラ殿。私も今から出陣だ。そうだ、お昼はどうするんだ? 今から予約しておかないとなくなるぞ。今日は綾子殿にも応援に来て貰っているからな。先に注文してくるといい」
朝からモルディに出くわす。お隣さんだからこういう時もある。
「おはよう。モルディ。昼飯かぁ。考えてなかった。そうだな、注文してくる」
ふむ。弁当か。そうしよう。目的地微修正。一旦バルバロ邸に入る。
「あ、綾子さん、お疲れ様」
入り口から入るとすぐに綾子さんと遭遇する。
「ああ、多比良さん。お弁当?」
「うん。そう」
「どれがいい?」「お勧めで」「じゃあ、私が作ったやつ」「それでいい」「じゃあ、とっておくから、お昼にまた来て」「あいよ」
注文完了。
よく見ると、小さな子達(といっても中学生かそれ以下くらい)数名が食堂でお手伝いしている。
「綾子さん、彼らって? 例の冒険者?」
「そうなのよ。前田さんのところに頼んだの。本当はこんな小さな子に労働させるのもどうかと思うけど、生活の為にもそんなこと言ってられないものね。こちらも助かるし」
以前、冒険者ギルドで聞いた小さい子達の処遇。彼らは年齢的にも技術的にもモンスターや恐竜との戦闘が想定されるような仕事には配属できない。とはいえ、前田さん(奥さんの方)的にはこのような子供は放ってはおけない。なので、バルバロ邸を紹介して、『短期バイト』という形で派遣して貰うことに。
バルバロ邸からギルドに弁当作りや庭の草刈りなどの仕事を発注し、時間の合う人を派遣してもらう仕組み。なので、今回の弁当作りみたいな危険のない仕事には、自然と小さい子達が集まってしまうのだ。
冒険者ギルドというか、ほとんど人材派遣業みたいだけど、細かい事を気にしてはいけない。現実に路頭に迷う寸前の子供達のセイフティーネットになっているのだ。
けち臭いバルバロ家としては、従業員ではなく、手の無い時のみに雇える人材は大助かり。
「弁当作りとか危険もないし。ここの庭の世話とかもさ。あの子達を冒険に出す方が憚られる。じゃあ、またお昼に」
「いってらっしゃい」
綾子さんと別れて野球場に向かう。
同じ方向に似たような人が歩いている。
ああ、この感じ。あの時の体育祭に似ている。懐かしいな。なんだかわくわくする。
息子の中学1年生の体育祭が見れなかったからこそ。
屋上応援席に着いてキョロキョロする。どこに座ろうか。できればバルバロ家チーム関係者で集まりたい。
グランドでは、キャッチボールとか投球練習とかしている。まだ試合は始まっていない模様。
「あ! 多比良さぁ~ん。こっちよ! こっち」
徳済さん発見。
ちなみに、徳済さんの息子さんの颯太くんは、バルバロ家チームのキャッチャーらしい。
よし、あの辺に座ろう。
「おはようございます、徳済さん。バルバロ家チームはこの辺です?」
「そうよ。で、こちらは斉藤さん。茜ちゃんのお母さんね」
「あ、多比良です。息子がお世話になっています」「いいえ。こちらこそ。がさつな娘ですみません」
茜ちゃんとは、確かソフト部キャッチャーの子だ。お月ちゃんほどではないが、結構大きな子だった。だけど、お母さんは小さい。
そういえば徳済さんの息子、颯太くんも大きいけど、お母さんの多恵さんは小さい。徳済さんは顔も小さい。なんでも小さい。胸だけは少し大きい。顔が丸顔で童顔なので、ぱっと見子供に見えてしまう。中身はおばちゃんだけど。
「まあ、バルバロ家チームというか、私と斉藤さんと貴方だけだけどね。武くんのお父さんは親父チームのピッチャーだし。綾子さんはお仕事」
「そういえばそうか。晶と加奈子ちゃんは親御さんここに来てないし。バルバロ家の家臣団もみんな選手とか運営側の仕事にかり出されてるだろうし」
「そうなのよ。相手チームのケイヒン家なんかはお貴族様と家臣団が応援に来ているし、親父チームは三角商会関連が沢山」
「う~ん。うちは3人とか少し弱いなぁ・・・お? 濃い連中を見つけた。ちょっと呼んでくる。応援の応援というかなんというか」
少し遠くで見知った顔が数名。
あいつらがこちらに来てくれたら、少しは盛り上がるのでは?
少々濃いメンツだけど。
・・・・
「お疲れドネリー。ネメア。そして目久美先生も」
「おお、タビラ。探していたんだぞ」「タビラ応援にきたよ。あと、スポンサーの話覚えてくれてる?」「多比良さん。ご無沙汰しています」
貴族2人はお供を数人ずつ連れている。ドネリーの方は奥さんだろうか。そして目久美先生。少し綺麗になった?
「スポンサーの話は、後で顔繋ぎするさ。座るとこ決まってないなら、うちに来てくれ。応援者が少なくて寂しいところだったんだ」
「そうだな。一応、モルディに貴族席を取っておいて貰ったんだがな。おれ的には大勢でがやがやする方が楽しそうだぜ」「僕もドネリーやメグミと一緒ならどこでもいいさ。内野席の方が近くて面白そうだしね」「私は皆様についていきます」
・・・・
「と、いうわけで、ドネリーとネメアと目久美先生」
徳済さん達の席に彼らを連れてきた。
「あ、はい。そうなのね。よろしくお願いいたします(ちょっとお。お貴族様じゃない。それも大物! 何も用意していないわよ。それになんで1年生の先生が一緒なのよ)」
「(ドネリーもネメアも気のいいやつだから普通にしてたらいい。目久美先生はあの2人と同じ協会に入ってて)」
「(まあ、いいわ。今度奢ってね)」
徳済さんとひそひそ話。
何故か俺が徳済さんに今度奢ることに。まあいいけど。徳済さんは何かと博識で人間味もあって会話も面白いのだ。一緒に飲んでいて楽しい人。
ぱん! ぱぱぱん!
その時、爆竹みたいな音が鳴る。開始の合図? この辺の発想も日本的なのかも。
・・・・
第一試合 バルバロ家チームVSケイヒン家チーム
バルバロ家チーム
1番ショート システィーナ
2番セカンド 玉城晶
3番サード 留学生男
4番ライト ルディベート
5番キャッチャー 徳済颯太
6番レフト 斉藤茜
7番ファースト 留学生女
8番ピッチャー 高遠武
9番センター エリオット
補欠 多比良志郎、木ノ葉加奈子 (この2人も一応、ベンチ待機)
「おお、ありゃモルディじゃねぇか、タビラよ。あいつ選手なのかよ」
「そうみたいだな、ドネリー。モルディは監督兼センター。練習してるとこ見たことないけど」
「あら、モルディベートさんは、強打者って聞いたわよ。息子から」
「へ~。力は強いらしいからな、あいつ。相手ピッチャーは女性か。サイドスローだ」
「そうよ。もともとソフト部でウインドビルやってた子。野球するためにサイドスローに変えたのよ。対する1番バッターはシスちゃんね」
バッターボックスに翻るツインドリル。あいつ、野球の時でもドリルなのか。
「あの大砲娘か。左バッターなんだな。ヘルメットは無しか。ああ、障壁があるからいらないのか」
「おや、あれはメイクイーン男爵じゃないか。前スタンピード討伐戦の英雄さんがこんなところで?」
ネメが何か言っている。
「え? あいつ英雄なの?」「シスちゃんが英雄?」
「知らないのかい? 先のスタンピード戦、メイクイーン男爵領の城壁が破られた時にさ。未成年の彼女が戦闘に参戦。次々と敵を駆逐して、撃破数は1万とも言われてるよ」
「そ、そうなんだ。なかなかファンタジーなやつだったんだな」
ここには、テレビや新聞が無いから知らなかった。そして、なぜかあの痴女スタイルを思い出す。
キン! お、当たった。当てて走った。いや走りながら当てて猛ダッシュ!?
「いけ! 走れ! 走れ! はしれ~~~~・・セーフ! やったあ! 偉い、シスちゃんノーアウト1塁!」
徳済さんと斉藤さんが大興奮。
「あの走法。魔術なんじゃ・・・」
「いいのよ。魔術は身体強化以外NGが原則だけど、あれ使うのシスちゃんと晶ちゃんだけだから、特例でハンデとしてOKになってんの」
「そうなんだ。次は晶か。晶も左バッター。まさか同じ作戦?」
「まあ、あの2人は野球初心者だから。フォアボール狙いか、足を生かした戦い方をするのがベストなのよ」
茜ちゃんのお母さんである斉藤さんが解説してくれる。
「あきらぁ~がんばれ~~!」 大声で声援を送ってみる。晶が少し恥ずかしそうにしてる。
あ、走った! システィーナが走った! 早い。相手のセカンドベースとキャッチャーは反応遅れ。
「・・・セーフ!」
「「「「おお~~~~~~」」」」
いきなり盗塁。
システィーナがどや顔でセカンドベースに仁王立ち。
ノーアウト2塁。
キン! 1発目で晶も当てた。
「「「走れぇ~~~~~~~~~~!!」」」
「アウト!」
「あちゃ~~。アウトか。いや、いいのか? これで。送りバント的なやつ?」
晶はアウトになったけど、ちゃんとシスティーナが3塁に進んでいる。
横では、ドネリーとネメアに斉藤さんが解説してあげている。
俺が呼んだ客人なのに、助かる。
「お次は留学生くんか」
キン! パシン!
「あ、取られたかぁ~~~」
打球はショートに一直線。これで2アウト3塁。
そして、4番バッターがベンチから登場。
「お、4番バッターはモルディなんだよな。大丈夫なのか? あいつ」
「お待たせ。仕事抜け出してきたわ」
このタイミングで綾子さん登場。
「綾子さん、お疲れ。今は4番モルディ。お月ちゃんは7番バッターのファーストみたい」
「そうね。今は4番モルディさんで2アウトだから、この回にルナまでは回ってこないかな?」
「ここで先制点が欲しいわね」
ブオン! ワンストライク!
うお! 凄いスイング。でもまさか、モルディ、あいつブンブン丸なんじゃ。
ブオン! ストライクツー!
「おい、大丈夫なのか? モルディのやつはよ」
「野球は3回空振りしてしまうと、三振といってアウトになります。今はせっかく3塁に足の速い子がいるので帰したいところです。ホームベースに打者が帰ってくると、1点が入ります」
相変わらず斉藤さんが野球初心者の貴族達に解説してくれる。
助かります。
少し素振りして調整してたモルディが、バッターボックスに戻る。
さて、2アウト3塁、バッターは4番。ここはどう出るか。
ピッチャー振りかぶって、投げた!
ブオ・・
ブンブン丸モルディが全力スイングのモーションに入る。
・・オン! キィ~~~ン!
うお! 凄いスイング。
「打ったぁ~~~~~~~~~~行けぇ~~~~~~~~~!!!!」
「「「「「・・・・・・・・入ったぁ~~~!!」」」」
ホ、ホームラン・・・ホームランだ・・・
走者のシスティーナと打者のモルディがダイアを一周して帰ってくる。
「うおお。モルディのやつがやったのか? これで勝ちか?」
「いやドネリーさん。これで2点入りました。今のはホームランと言って、打ち返した玉が一定以上遠くに飛んだので、自分と塁に出ている全ての人がホームに帰ってきます」
斉藤さん、改めてご苦労さまです。解説は任せて大丈夫かな? 俺は野球詳しくないし。
コキン! 「アウト!」
「あ、颯太の見てなかったわ。凡打で3アウトチェンジね」
ホームランで沸き立ってた隙に試合が始まっていたようだ。いや、徳済さん、あなた母親でしょうに。
試合は続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます