第79話 競技場のお披露目会 7月中旬

「おはよう」


「おはよう。タビラ殿。皆も着いているぞ?」


「お邪魔します」


俺は、朝からバルバロ邸を訪れていた。


今日は競技場のほとんどが完成したとのことで、工務店の人達と一緒にささやかなお披露目会を行う予定。日本だったらもっと盛大にやるのだろうが、そこはバルバロ家。質素倹約?の家なので、単に使い方を説明するだけお披露目会だ。


この競技場、実は俺も色々と手伝っているし、”来賓”の知り合いでもあるので、お披露目会に同行することに。それに、俺、一応『工務店』のメンバーだし。


そして、今日は、見学も兼ねてお隣の領地からもお客さんが。


「よう、タビラ! 元気にしていたか? 息災そうでなによりだぜ」

「ランカスターからは僕が来たよ。久しぶりだね」


ブレブナー家のドネリーと、ランカスター家のネメアだ。

彼ら2人とバルバロ家のモルディベートの3人は、王立学園の同級生だったらしいのだ。

俺はブーツを脱いで屋敷に上がり込む。宴会室の改装工事は終わったようだ。ずいぶん広くなっている。


「おう。ドネリーにネメ。ひさしぶりだな。今日は見学だって?」


「そうだ。おれの所も、日本人と仲良くしたいと思っててな。バルバロ家が成功していると聞いて、見に来たんだ。最初聞いた時には信じられなかったが、なるほどなぁ。生活様式そのものを日本人に合わせたのか。まったく、思い切ったことをしたもんだぜ」


「僕も、親父に言われてさ。600人も異世界の人材がいるのに、『何をやっているのかぁ~』ってさ」


ドネリーにネメア、元気そうだ。


「あ、いらっしゃい。お茶出してあげようか?」


「あれ? 綾子さん。なんで?」


バルバロ邸に綾子さんがいる。何の組み合わせだろう。


「ああ、私、朝はこの屋敷でバイトしてんの。娘と一緒に。その代わり、御飯とお風呂をお世話になってて。もう少ししたら今村さんと交代」


「ああ、そうだったっけ。聞いたような聞いてないような。まあいっか、じゃあお願い」


「はいはい」


「しかし、日本人の人材ねぇ。ブレブナーとランカスターだったら、そこそこ集まるだろうに」


「ところがそうでもないさ。最初はどこの貴族も先生や学生達を取り込もうとしたんだ。ところがどうだ。一般人の方も優秀なのが多そうじゃないか。盲点だったぜ。気付いたらタマクローとバルバロが半数くらいを一網打尽状態じゃねえか。ブレブナーはラーメン屋のツイジ殿くらいだからな。本格的に移住してくれたのは」


「うちはそれよりも少ないさ。今から間に合うかなぁ~」


「う~ん。そういえばケイヒンも結構取り込んでんだろ? 三角会の人や冒険者ギルドの支部を作るとかなんとか。野球チームも出来るらしいし」


「野球チーム? なんだそりゃ」


「野球は向こうの世界にあったスポーツだな。ボールを投げてそれをバットという棒で打つんだ」


「そうだ。我がバルバロ家でも1つチームができるんだぞ? 私が監督で、4番バッターだ」


え? モルディが監督!? そして4番・・・まあ、いいけど。遊びだし。


「ほう。都市対抗戦でもするのか。楽しそうだな」


「野球は遊んでも観戦しても楽しいから。もう一つの親父チームは都市とは関係無いチームだったはず。お前達がスポンサーになってあげたら、本当の都市対抗戦になるかもよ? スポンサーといっても、バットとかグローブの購入補助とか、弁当とか飲み物とか出してあげてさ。喜ぶと思うけど。親父チームは人数多いから、2チームくらい作れそうだし」


「面白そうじゃないか。親父に話してみようかな。そっち方面で繋がりができるかも」


「今度練習試合するみたいだから、その時にでも見学に来たらいい」


「来るんなら、早めに連絡をくれ。弁当とかの準備が結構大変なんだ。人数が多いと、席も予約制になるぞ」


モルディも拒否はしないようだ。


「「了解」」


「こんにちは、目久美です。こんにちわー!?」


「あ、先生! こちらです」


俺は宴会場から顔だけ出して先生を出迎える。

今日は、学校関係者も来る予定だったのだ。

この目久美先生は1年1組の担任、すなわち、俺の息子である志郎の担任。

で、この先生の専門は、保険体育である。さらに、弓道場の関係もあるので、この人が来ることになった。


「多比良さん。お久しぶりです」


「あ、はい。お久しぶりです」


「よし、揃ったか。出かけよう」


・・・・


「ここが野球場です。グランドはもうすでに共用開始してますけど」


工務店の担当者が、施設を案内する。

野球場は、今は朝なので誰もいない状態。だだっ広い区間だ。


「内野席両サイドには、ロッカールーム、選手控え室、事務室、倉庫、トイレなどを作っています。その屋上には、それぞれ観客席ですね。観覧席は、100人席を10段設けてあります」


ええつと、100×10×2で、合計2000人入るのかよ。オーバースペックなんじゃ。いや、サイレンは30万都市、よくわからん。


「さらに、キャッチャー側にもトイレ、倉庫、事務室を完備し、こちらの観客席は、2階と3階を個室席スペースにしております。主に貴族の方をお呼びすることを想定しております」


「おー凄いじゃないか。これでお客さんを沢山呼べるぞ」


モルディはこの競技場で商売を考えているらしく、大喜びだ。


「次に、こちらの操作室でグランドに照明が付きます。夜間でも利用可能です。そして、この操作盤に魔力を通していただくと、グランドの外野側に網型の触手が発生します」


工務店説明係の人が試しに魔力を通す。すると、外野の一番外側に建てた柱と柱の間に、さっと、緑色の網が展開される。

このギミックこそ、俺の研究の成果、その名も『触手ネット』だ。


目の細かい触手を出す植物の茎を発見したので、それを大量に刈ってきて柱に取り付けたのだ。

この触手は巨大な石を掴めるほどの強度はないが、野球のボールくらいだったら、受け止めることができる。それを防球ネットとして活用した。


工務店の人にはかなり感謝された。

この世界の野球は、身体強化のおかげでホームランが結構でるらしい。この長打対策がネックだったのだとか。


「おお~。これでどれだけホームランを打っても大丈夫だな」


モルディが触手を見上げて一言。ドネリーとネメアは目が点になっていた。


・・・・


「ここは弓道場になります」


「まあ、素敵! 本格的な弓道場です。ここで部活をやっても?」


「先生。一応、ここは、バルバロ家の施設です。公共施設ではありませんので、そこはご理解くださいね?」


まるで自分の持ち物のように振る舞う目久美先生に釘をさしておく。


「あら、ごめんなさい。つい嬉しくって。もちろん、使用料をお支払いする前提で相談させていただきます」


「そして、この弓道場は、ここのボタンを押すとゴルフの打ちっぱなしになります」


「はい?」


工務店の人が操作盤をいじると、例の触手ネットが出現する。


「このように、弓道をしないときはゴルフの練習ができる仕様になっております」


うん。ここは、弓道場とゴルフの打ちっぱなしのハイブリッド施設。日本人らしい斜め上の発想。


「ここにも倉庫、更衣室、事務室、トイレを設置しています」


・・・・


施設と施設の間は結構距離が開いている。その通路には、芝生を敷いたり、小山を作ったり、木を植えたり、ベンチや四阿あずまやを設置したりと、細かな気配りが垣間見える。まるで日本庭園のよう。ちなみに、湧き水の池と小川もある。錦鯉はいない。


「ここのお庭には湧き水がありまして、悩みました末、簡単な日本庭園を作ることにしました。芝生はゴルフコースとしても利用できます。普段はあくまで庭園ですが」


「なあ、タビラ殿。あそこのあの大きな門だけの施設はなんだ? 見たことがない施設だな」


あれは神社の鳥居だ。何て説明しよう。


「あれは鳥居だ。あれがあると、日本人は安心できるんだ。なんとなく」


「ふ~ん。まあいっか」


人の家の庭に勝手に宗教的施設を建立して良かったのだろうか。

モルディが何も気にしない性格で助かった。そう言えばバルバロ家の宗教ってなんなんだろう。


付き合う相手の宗教や神話を知っていることは必要なことなのかも知れない。イセを思いだす。


・・・・


「ここは陸上競技場です。とりあえず作りましたが、この世界には陸上競技がないらしく、今はほぼスケート場になっています。スピードが出て楽しく、かつ、足腰の鍛錬になるとかで、意外と人気です」


「おい。スケートとはなんだ?」


「ドネリー、土魔術で足の裏の摩擦を無くして滑る技術のことをそう呼んでいるんだ。だけど、本当のスケートは違うから」


「そうか。トカゲ騎乗の競争にも使えそうだな。ここは」


「そうですね。そういうご意見もいただいております。今、有志で競馬、いや、競竜が出来ないかの研究を行っています。それから、ここにもロッカールーム。倉庫、事務室、トイレの施設があり、建物の屋上は観客席になっております」


「競馬の話は私も相談を受けたぞ? 別にいいんじゃないかな。競馬。うちは施設使用料を取ればいいだけだし。ただ、競争で言えば、最後のサーキット場も面白い。私は好きだぞ。あのバイクという乗り物」


モルディ・・・お前、ギャンブルも始めるつもりか? いや、料金取るだけなのか。


・・・・


「こちらがサーキット場になります。今日は、テストライダーも控えています。走らせますか?」


「やってくれ」


モルディがそういうと、説明係がテストライダーに合図を送り、テスト走行開始。

オフロード仕様のバイクがサーキット場を爆走する。ここのサーキット場、山あり谷ありのコースができあがっていた。スラローム走行があったり、高く飛び跳ねたり、1台の走行とはいえ、結構迫力がある。


「そうそう。これだ。私もバイクが楽しくて。1台欲しくなったところなんだ。でも高くて。これが賭け事の対象になれば、私も選手として出るんだがな」


胴元が選手だと? いや、胴元ではないのか? 多分。

「おお。これ、おれも欲しくなったぜ! 楽しそうでいいじゃないか。どうやったら買えるんだ?」


「ん? 今はタマクロー家の『ラボ』で制作しているはずだ。しかし色々新しいタイプが出来ていてな。どのタイミングで買うのか非常に迷うんだ」


「タマクローか! 流石だぜ。こんな隠し球をもっているなんてな。ところで、これはどうやって動いてるんだ?」


「ん? さあ。いつも日本人が満タンにしてくれているんだ」


この異世界バイクの動力は反重力属性の魔石。その殆どは俺が入れてるんだけど。


久々にモルディのぽんこつ具合が見れてほっこりした。


まだ、バイクはコストが高い。なので、貴族家がスポンサーになって、開発を進めるのもいいのかもしれない。


・・・・


これにてお披露目はすべて終了。屋敷に戻って、みんなでお昼御飯に。今日は洋食みたい。料理人は今村さんだから、ここ一番のときに得意料理を出したのだろう。


「いや~凄いね。つい1ヶ月前までは荒野だったのに。一瞬でこんなになるなんて。流石日本人だよ。ランカスター領も領地の端の方にはまだ土地があるから、そこを使って何かできないかなぁ」


「うふふん。どうだ。凄いだろう。これでもまだ土地が余っているんだ。折を見て、合宿場やカフェ、売店も考えている。まずは、施設が動き出してからだな」


「ああ、凄いぜ。モルディ。今度の練習試合には必ず来る」「僕も来るよ。手紙を出すさ」


「そういえば何時いつなんだよ。練習試合」


「今度の日曜日だ。日本人会が隔週になったらしいからな」


「もうすぐだな。俺も行こう。晶達出るんだろ? そういえば息子はどうなんだろうか。レギュラーにはなれないかもしれないけど」


「お前の息子とカナコは、障壁癖が取れなくてな。バッターも守備も無理だ」


「何? そっか、飛んでくるボールが怖くて障壁が出ちゃうのか。あいつらしいや」


こうして、お披露目会は、お開きに。


今度の日曜日に集合する約束をして解散。


・・・


「あの、多比良さん? 少しよろしいでしょうか」


「はい、何でしょうか」


「少し、弓道場の方へ・・・・」


目久美先生に呼び出された。

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