第44話 少年とおじさんと温泉と 6月上旬

俺は、まだタマクロー邸にいた。


時間は意外と23時を少し回ったくらい。


徳済さんと小田原さんは帰っていった。


俺も帰りたかったが、勝手に帰るのもはばかられた。ディーに会わないと。

さっき、少し寝たからか、体は汗だくだ。この時間に水魔術屋さんは開いているのだろうか。


ところで、ディーは何処だ? 広い屋敷の廊下をとぼとぼ歩く。


「タビラ様」


びくぅ、とした。いきなり後ろから声をかけないでくれないかな。

一瞬で眠気が覚めてしまった。

というか、リアルメイドさん。年は少々御高め。


「ご主人様がお呼びです」


「はい」


俺はリアルメイドさんの案内で、明かりの付いた部屋に通された。


「来たか。タビラよ、娘の方はどんな状態だ?」


「落ち着いてる。男子に部屋で襲われたけど、反撃して最後の一線は守れたらしい。大丈夫だろう」


「そうか。学長はたっぷり、”絞って”やった。あそこの女子寮は男子禁制だからな。一体どういう教育をしていることやら、だ。まあいい。タビラはこれからどうするんだ。泊まっていくか?」


「いや。汗を掻いて気持ち悪い。水魔術屋を探して自宅で寝るかな」


「この時間、水魔法屋なんて開いていないだろう。屋敷の洗浄魔術使いはもう寝てる。起こそうか?」


「いやいや、流石に悪い」


「まあ、オレも汗だくになってだな。これではよく寝付けない」


「あ! あの離れの屋敷のお風呂はどうだ?」


「今からか? まあ、意外とすぐに溜まるしなぁ。アレ。溜めながら入るかぁ?」


「俺もいいのか? 結構広かったしな。あそこ」


確か、長さ4mくらいあったはずだ。


「お前、まさかオレと一緒に入る気か?」


「ん? 恥ずかしいなら後で1人で入るけど?」


「まあ、着いてから考えるか」


・・・・


「日本人は風呂が好きなんだよなぁ」


「そうだなぁ。各家庭にはほぼ確実に風呂があるし、全国至る所に温泉もあるし。そういえば、この国に温泉ってあるんだっけ?」


「我が国には無いな。そういえばマ国には大きいのがあるらしいぞ?」


「なに? それはいいことを聞いたな。行ってみたくなるなぁ。マ国」


俺たちは駄弁りながら離れの屋敷に向かっていた。


「温泉の国の温泉の街から来た俺としては、見過ごせないなぁ~それは」


「お前、そんなに温泉が好きなのか? マ国の温泉都市は、城塞都市そのものが湯治場らしいぞ」


「行ってみてぇ~。今度の現場が終わったら考えてみるか。温泉都市」


俺は未だ見ぬ異世界温泉に思いをせる。


日本で住んでいた街は、あまり温泉がない街だった。だがしかし、俺自体は出身が温泉街なのだ。


小さい頃から温泉に親しみ、温泉と共に育った。今でも明確に思い出せる。


そういえば、あの頃はブリーフ1枚でうろうろしている風呂帰りのおっさんとかいたもんだ。

今ならそいつは、即逮捕だ。


そうそう、マイベスト温泉は、山の方にある某ホテルの露天風呂。

25mプールくらいの敷地に、いろんな温泉が入っている。大きな岩風呂に洞窟風呂。

山の上だから夜に入ると満天の星だ。わくわくする。俺は土魔術士だから、どこかで温泉を見つけてそこの風呂を再現したいものだ。


そうだ。俺、飛べるし温泉探そう。マイ温泉を所有するんだ。


「お、おい。タビラよ。着いたぞ?」


いけない。アルコールと疲れで意識が温泉に飛びそうになった。


「いや、大丈夫だ。どうやってお湯入れるんだ? この風呂」


「・・・なあ、本当にオレと風呂に入るのか?」


「ん? まあ、嫌じゃ無ければな。風呂で話するのも乙なもんだろ? ああ、俺に少年愛好しょうねんあいこうの趣味はないから安心してくれ。それにここの風呂デカいだろう。1人で入ったらもったいないだろう」


「・・・なあ、ここ、こんなだったか?」


「良く覚えていないな。2回目だしなぁ。ああ、靴を脱ぐようになってるな。前回、靴は脱いだっけ? まあ、いいや」


「・・・なあ、タビラよ。これ、お前。魔術じゃ」


「ん? なんだこりゃ?」


入り口の暖簾をくぐると、そこは温泉だった。


「・・・」「・・・」


「これは、温泉だな。硫黄臭までする」


これはあれだ。山の上のホテルの露天風呂だ。


本当のあのホテルの風呂は、まず内風呂があって、その外に露天風呂だったはず。

ここは、入り口の先がレストルーム(畳の部屋)で、その先にはいきなり露天風呂がある。


扉がいくつかあったので、とりあえずがちゃがちゃ開けまくる。

畳部屋の隣に更衣室、さらにその奥にトイレ。


このトイレには見覚えがある。

王城の秘密トイレと同じタイプ。


更衣室からも直接露天風呂に行けるようになっている。

というか、レストルームと更衣室をぶった切って、露天風呂をひっつけたような感じだ。

露天風呂側から入れる木製扉はサウナだった。サウナ前はちゃんと水風呂がある。

風呂は、掛かり湯と岩風呂が確認できる。遠くに、洞窟風呂らしき洞窟も見える。


空は満天の星。綺麗。


「これは、空間魔術。アナザルーム・・・」


「ん? なんだそれ?」


「空間魔術の至高。アイテムボックスの上位・・・」


「それが・・なに・・・か・・」


いや、何か分かりかけているんだけど。


「ここではないどこか。それを創り出す魔術がある。ここの魔力は、そうだな。最近どこかで感じたことがある」


ディーは俺の目を覗いてくる。



鈍感な俺でも何となく理解はしかかっている。あのトイレ。おかしいとは思っていたんだ。俺が望んだタイミングで、思い通りのものがそこにあった。そして、ここのトイレと同じ。温泉のイメージをした後のコレ。


「そういう魔術があるそうだ。まあ、とりあえず入るぞ」


「入るのかよ。豪胆というか」


ディーは”すぽぽん”と服を脱ぎだした。こんな得体の知れないものによく入る気になったもんだ。


「おい、更衣室はあっちにあったぞ?」


「そうなのか? 温泉のルールなんぞ知らんからな。まあ、ここからでも行けるから良いだろう」


「上がる時どうすんだよ。畳が濡れるだろ。運んどいてやるからよ」


俺はディーが脱ぎ散らかした服をつまむと更衣室に運んでやった。こいつは本当に貴族なのか。


それと、あいつ小さいくせに、以外といい体付きをしている。

まず、肩幅がある。そして筋肉質だ。背中の筋肉とか、かなりでこぼこしている。パンチ力とかありそう。それと、美肌一族なだけあって、尻が綺麗。あと、意外と毛深い。


俺は更衣室で服を脱ぐと、掛かり湯を頭から被る。

うん。お湯だ。


ディーのヤツは体も洗わずにジャブジャブと温泉を見て回っている。


まずは体を洗うか。というか石けんがないことに気付いた。露天風呂の隅には、シャワーとカランと座るところはある。


「ま、いっか」


今日は2人だけだ。掛かり湯を多めに被って、俺はディーを探しに温泉の奥に入って行った。


・・・・


「だから、空間魔術。アナザルームだ、これは」


「空間魔術なんてあったんだな。授業で習ったっけ?」


「魔術の分類なんぞ結構適当だからな。大方『無属性』でひとくくりにしたんだろう。火や水、土でさえも明確に分けることは出来ないんだぞ? まあ、この辺知りたければ本格的に勉強しないといけないけどなぁ。マ国かエンパイアに留学するのが一番よいが」


「それで、アナザルームでこんなとんでも空間ができあがった、ということなのか?」


「それしか考えられんだろう。と、いうか、自覚はないのか? お前しかいないと思うぞ? これ創ったの」


「確かに、ここは俺の記憶の中にあるものに極めて近い。しかし、魔術って、ほら、結構魔力の動きとか解るだろ? ずっと使うと疲れるし。今回はそんな自覚はなかったぞ? お酒のせいかもしれないけど」


「そうなのか? これだけの空間魔術なら相当量の魔力が必要となるし、維持も大変だろう。でもまあ、ここに確かに存在している、というのは事実だ」


ちゃぷん! と、ディーはお湯をすくって音を立てる。


「・・・元々小さな空間を創っていて、それを徐々に広げて行って、今日はあの家からここに行けるようにしただけってことなら、どうなんだろう」


俺は、王城のトイレとここのトイレが別物とは思えない。

俺の中での仮説を言ってみる。


「もちろん、1回に使う消費魔力的には少なくて済むだろう」


「空間魔術使いは他にいるのか? こんなこと一般的にできるものなのか?」


「いるぞ。空間魔術士で、サロン室や自分の工房をアナザルームで創っているやつらがな。軍にも輸送部隊にいるし。商人にも多い。後は、高位の魔術士ならば、大概はアイテムボックスといって、ルームより容量は格段に小さいが、貴重品なんかを入れておく術を持っている」


「そうなのかー。知らなかった。貯金とかにはいいよな。俺も貴重品、ここに入れておこうかな。というか、本当に俺のなのか? これ」


「お前のだとは思うけど、だがなぁ。ここまで大きいヤツは聞いたことがない。『アナザールームは願望を反映する』と言われている。お前の願望がコレなのか? それにこの温泉のお湯はどうやって創造しているんだ? これ」


「温泉願望はずっとあったぞ? 確かにこの湯質はいいな。ほんのり硫黄の匂いがするし、単なる水魔術ではないよなぁ」


「まあ、考えても仕方が無い。気持ちいいな~。疲れがとれる」


そう言うと、ディーは温泉に頭ごと浸かって、ぷかぷかと浮いた。


俺も頭を風呂の縁において、体をぷかぷかと浮かせる。


広い風呂はコレができるからいいよなぁ。


・・・・


ディーと結構な時間駄弁った。大概暑くなったため、今は縁の岩に座って、足湯状態。


「ふ~ん。ディーの一族って、みんな小さいのか」


「そうだぞ。オヤジも長男も妹たちもみんな小さい。この国には一定数小さい奴らがいるだろう? どうも遺伝的なやつみたいだな。トメだって、タマクロー家の血が入っているはずだからなぁ。小さいだろ? あいつ」


トメは確かに身長160cmくらい。


「ふ~ん。タマクロー家って、他にどんな人達がいるんだ? ガイアは10女だっただろ? 確か」


「ガイアは10女だな。まあ、公爵のオヤジは、今は内務卿で王城にいるな。母親もオヤジと一緒にいる。タマクロー領の運営は、長男が領主の館に住み込みで行ってる。その他は、オレみたいに行政機関で働いていたり、嫁に出ているな」


「この屋敷には住んでいないのか? 気になってたんだが、今日もいきなり訪ねてしまって、迷惑じゃなかったのか?」


「迷惑というほどではないさ。家族は家にはほとんど帰ってこないからなぁ。オレが強制労働署の署長で、職場が近いだろ? 家は誰かが住まないと傷むから、一族ではオレだけが住んでる。そういえば、ガイアのやつ、今サイレンの兵舎にいるんだぞ。家に帰ってくればいいものを、あの跳ねっ返りめ」


「ガイア、近衛兵から討伐隊に入ることになるかもって言ってたな。サイレンにいたのか」


「ああ。一度挨拶に顔を出せと言ってるんだがな。そういえば、だ。タビラよ。妹は少しは女らしくなっていたか?」


「う~ん。以前を知らないからなんとも言えないけど。つるぺたじゃないかな。彼氏もいないみたいだったし」


「つるぺた? ぺたは分かるが、つるはなんだ? まあ、そうか、あいつは、『年寄り貴族や成金商人の妾になるのはいやじゃ』なんて言って、近衛兵に志願したからなぁ。まぁだ男もできんのか」


「そういえばそんなこと言っていたな。流行ってんのか? 旦那捜しに近衛兵になるやつ。他に3人くらいいたぞ?」


「お前知らないのか? 大衆演劇のロングセラーでな。近衛兵と王子の恋物語」


「何? 知らないな。まあ、良くある話のような気はするけど。あいつら演劇見て近衛兵に入ったのか。夢物語じゃないのか? それ」


「結構あるらしいぞ。女性近衛隊と王宮貴族の恋愛は。そういえば、まさか、お前はオレたちの体のことも知らないのか?」


「いや、知らないけど。何だよ体って。美肌?」


ディーの体をみるけどどこもおかしな所は無い。あえて言えば、肌が綺麗なくらいだ。


「・・・教えておいてやろう。この国には一定数いるんだが、恋愛しないと大きくならない女性がいるんだ」


「恋愛? 大きくならないってどこが?」


「女性の特徴的なところが、だよ。乳房が見た目に分かりやすいかな。月経も始まるし、腰つきも女っぽくなる。身長も数10cmくらい伸びる。恋愛というか、男を意識して恋をするとそうなる。徐々にな」


「マジか」


「そして体に子供を宿すとさらに乳房が大きくなる。産後1年くらいでしぼみ出して、出産前くらいに戻る」


「元に戻るのか。うちら日本人でも、子供が出来るとおっぱい大きくなるけど。それの極端なやつなのか」


「日本人も少しはそうなるのだな。さっきの演劇でもこの描写はあるが、概ね事実なんだ」


「事実・・・」


「で、だ。うちの家系はその特徴が大きく出やすい。ガイアなんかでも巨乳になる可能性がある。あいつが”つるぺた”だったんなら、多分、”好きな異性はいない”ということだ」


「そうなんだ。女は恋をすると、綺麗になるっていうもんなぁ。いい人できるといいなぁ。あいつ、いいやつだったもんなぁ」


「お前なぁ。あいつはお前のために、オレにあんな手紙書いてくれたんだぞ? 少しは気にかけてやれよ」


いや、手紙の内容読んでないし。


「そうだなぁ。時間が出来たら会いに行ってやるか。何かお礼をしなくちゃならんしなぁ。仕事も紹介してもらったし」


「そうしろ。あいつが家に帰って来るときに連絡してやってもいいぞ?」


「分かった。その時は頼む。ん? ところで、男はどうなんだ? 恋をしないと大きくならないのか?」


「いや、男の方は、変わらないな。背もずっと小さいままだな」


そうなのか? では、目の前のこいつはこの大きさで事を果たせるというのか? ひょっとして膨張率がはんぱでない一族とか。

まあ、あまり根堀葉堀り聞くようなことでもないし、スルー。


「そういえば、あいつの姉って結局見てないな」


「・・・お前、今までオレをなんだと思っていたんだ? オレがあいつの姉だ」


「・・・いや、お前男だろ?」


「・・・いや、付いてないだろ? 見えないのか?」


「無いことの証明は、悪魔の証明って言うんだぞ?」


いやいやいやいや。こいつの体は男だ。うちの志郎より男らしい男の体だ。

確かに、ブツはお毛々けけに隠れて見えない。


だがしかし、かつて俺が小学生の時、プールの着替えの時に同級生の股間をチラ見した時。彼のブツは小指の第一関節くらいの大きさだった。


元気かなぁ、同級生の水政くん。


こいつのブツも、あのお毛々の中に隠れているに違いない。あのサイズだったら、十分隠れるはずだ。


「人は見たいものしか見えないものだ。私はガイアの姉。タマクロー家の長女、ティラネディーアだ。れっきとした御姫様だぞ?」


「・・・いや、その毛の中に隠れてるんだろ? 小指の第一関節くらいのやつが」


「そんなものはない! いや、見せんぞ? 下から見ようとするなよ? だがなあ、タビラよ。男扱いは嬉しく思うんだ。オレは男を愛せない女だからな。この体も一度も女らしくなったことはないし、初経も来ていない。結構気に入ってるんだがな。この体。男でも女でもない感じがな」


「そっか。日本にも、いたからな。そういう人達。まあ、人それぞれだ」


俺は専門家ではないけど、そういう性の悩み的な人達は一定数いるのは知っている。


「理解してくれて助かるよ。変な目で見られることも多いからな。特に、貴族社会は」


・・・・


それからしばらく駄弁り続け、混浴? 露天風呂はお開き。


体の水気はディーが水魔術で飛ばしてくれた。洗浄は出来なくても、水を飛ばすくらいはできるらしい。


温泉の入り口は、ディーが『ちゃんと消していけ』というので、『消えろ』と念じて消した。成せばなるものだ。入り口は、『出ろ』と念じるとまた同じものが出せた。中に置いておいた物もそのままだった。これは便利。


その後は、家に帰って泥のように寝た。時間は夜中の4時を回っていた。

温泉で少し話し過ぎた・・・・




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る