第42話 壮行会 晶の夜 6月上旬
「おはよう。今日は壮行会だからな。少し早めに事務所に戻ってこい」
「「押忍」」
今日はディーが壮行会を開いてくれる日、そして、この職場最後の日。
「クレーン役がいなくなると進捗が遅くなっちゃう。残念」
職場にいる女性、クリスさんが残念がってくれた。彼女は筋肉ムキムキの強制労働者だ。一体どんな罪を犯したんだろう。トメが伯爵令嬢顔射事件による不敬罪だったし、気になる。
ここは犯罪者を強制労働させる職場のはずなんだが、みんないい人ばっかり。
少し”しんみり”してしまう。
「おう、多比良さん。それ、どうしたんだ?」
小田原さんが俺の腰の辺りを見て尋ねる。
「あ、いいでしょコレ。針子連合の人に作ってもらった。植物の茎を腰に下げておくやつ」
あの後、俺は針子連合に頼んで触手の触媒に使う茎類を腰に吊り下げておく道具を作ってもらった。ベルト式でかっこいい。
植物の茎の方は、ノーマル触手用が5本。投網用が2本。
複数本所持する理由は、もちろん予備だが、触手は触媒である植物の茎から手を離してもしばらくはそのまま触手状態を保つので、複数持っておくと便利なのだ。
それから、投網用の茎は、乾燥してもぼろぼろにならずにそのまま残ったので、正式採用した。
ちょうど、テニスのラケットみたいな形をしている。
ちなみに、このフルセットは、仕事現場でのみ付けている。
普段は、護身用に短めの茎を1本腰に下げているだけだ。長さは30cmくらいだろうか。
植物の茎の持つところには、針子連合からもらった端材を巻いている。端材にはリバーサーペントの白黒しましま模様の皮を使用し、マントとお揃いにしている。かっこいい。
最近の俺の仕事場のファッションは、サイレンへの移動の時に揃えた装備に落ち着いている。
お尻に皮が張ってあるズボンも、ちょっとした移動にトカゲを使うことがあるし、休憩の時に石の上に座ったりするのでとても便利だ。
そして、この蛇皮の編み上げブーツ。これが履き慣れるととてもいい感じ。
足首は疲れないし、通気性が良くて全くムレない。最近は自分の足の形に馴染んできて、とても気に入っている。買ってよかった。
・・・
<<夕方>>
「ようし、少し早いが今日は終わるぞぉ~~! 会場は予約しておいたが、お前たちはどうする? 一回帰るか?」
「オス! 一旦荷物を置いてから行きたいですね」
「そうか、では、18時に強制労働署に集合だ。ドレスコードは特にない。今の格好でよいだろう」
「「オス!」」
一旦帰って、道具を置いてくることにする。
それから水魔術屋さんで体を洗いたい。昼間は結構熱いので汗を掻いた。
・・・・
<<しばらく後、強制労働署前>>
「こんばんは~」
「おう、来たか、移動するぞ」
俺が強制労働署の事務所に着くと、いきなり移動開始になった。
どうも俺が一番最後だったようだ。まだ18時前なんだが、相変わらずせっかちな男だ。ディーは『ドレスコードは特にない』なんて言っておきながら、自分はタキシードみたいな服に着替えている。
今日の壮行会参加メンバーは、俺と小田原さん、ディー、トメ、それから筋肉質の女性含め3人の強制労働者たち。
総勢7人がディーを先頭にぞろぞろ歩く。ところで強制労働者って、すぐにそれと分かるように、魔術により全身入れ墨状態にされている。そんな連中、しかも筋肉むきむきな人達が街中をこんな風に歩いて大丈夫なのだろうか。
通報されないか心配である。
・・・
ぞろぞろ歩くこと30分。
え? ここって学園?
「ふふん。ここの学園は、食堂が30店舗ほどある。学生向けから教員向け、来客向けに社交界場にもなるような高級店。お昼の学園は子供たちで一杯だがな、夜は穴場なんだよ。今日は、オレの知り合いのところに行く」
ディーはそう言うと、ずかずかと学園の建物に入っていく。
おじさんとマッチョたちが後ろに続く。
・・・・
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
タキシード紳士が出てきて挨拶をされる。
本当にドレスコードはないのだろうか。俺の格好は、ブーツはともかく、上着はTシャツに道着みたいな服装なのだ。というか、筋肉むきむきの女性はタンクトップだし、トメはノンスリーブのシャツだ。
「お席はあちらでございます。お客様。マントは預からせていただきます」
何故か俺のマントだけ注意された。何故だ? いや、部屋の中でマントは不要だから他意は無いのかな?
「さて、みんな席に着け。飲み物も持ってきてくれ。時間もそろそろだな。乾杯の用意をしておけ」
開始時間は19時だと聞いていた。このせっかちな男は、時間ぴったりに始めたいらしい。
後10分くらい? 以外と学園の中が広くて移動に時間がかかっている。
テーブルに次々と料理と飲み物が運ばれてくる。
「よし。トメ。立て」
「はい」
・・・なんだ? しばらく待つ。するとなんと! トメの全身入れ墨が薄くなっていく。そして完全に消えた。
アレって時限式だったのか。時間まで正確に。魔術って謎だ。気合いで何とかできるヤツと、異常に精密なヤツがある。
「トメ、おつとめご苦労さん」
「お疲れ様ッス。トメさん」
「頑張ったなトメ。もう顔射なんてするんじゃないぞ!」
俺もねぎらいの声をかける。
トメの本名は、トメーザ・シエンナ。このなりで子爵家の嫡男らしい。こいつは道ばたで酔い潰れていた伯爵令嬢の顔面に小便をぶちまけた罪で、この強制労働署にぶち込まれていた。
そういえば、よくよく日数を計算すると、俺とトメはほぼここの同期なのだ。
こいつの刑期は20日。日本人約600人がサイレンに着いてからも今日で20日。だから、トメは、俺と小田原さんが入所というか就職する1日前に、強制労働者になった計算になる。
「ひとまず乾杯といこう。乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
このせっかちな男は、さっさと乾杯の音頭を取って飲み会を始めてしまった。うん。俺も、せっかちだから気持ちは解る。
「いや~多比良さん。城壁工事の方でもよろしくお願いします」
「おう。トメ。マイ触手棒も手に入れたしな。何とかなるだろ」
「ねぇ。顔射ってなあに?」
筋肉質の女性、クリスが顔射に興味を持ったようだ。
「それはなぁ。女性の顔にアレをブッカケることだ」
「ぶわぁはははははは。ブッカケェ!」
あ、受けた。
「そうだぞ『ブッカケ』は世界共通語なんだ」
俺は筋肉質の女性と異世界談話で楽しんだ。彼女、体はごついけど顔は結構美人だ。
「いや~最初に少しひっかかっただけですよ。すぐに狙いをずらしましたし」
「おいトメ。そういう問題ではないと思うぞ」
「おおう。タビラぁ。飲んでるか? 今日は飲み放題コースだからなぁ。しっかり飲めよ」
トメに突っ込みを入れていると、隣のディーが絡んできた。
肩を組んで俺のおっぱい揉むのやめてくれませんかねぇ。
意外とくすぐったい。
ディーにワインをしこたま飲まされた。
「次の料理は
「ほう。これが日本人が持ち込んだ料理か。楽しみにしてたんだ」
ディーが料理に飛びつく。
「へぇ~。情報が早いな。そのお店、開店したの最近だぞ?」
この2つは綾子さんと祥子さんのお店で出しているメニューだと思う。
「へへ。ここの店はすぐに新しい情報を仕入れるからな。オレ、食うことは好きなんだよな。いろんなものを食べてみたい。お? なんだこれ、うまいな。このマヨチリというやつ」
「マヨネーズを使った料理だろ? 本来の用途ではない使い方をしてるんだけど、これはこれでおいしい」
俺もマヨチリを頬張る。うん。日本居酒屋の味と遜色ない。まあ、マヨネーズ自体、単体で売り出しているので、味の再現もそんなに難しいことではないのかな?
「日本人って結構美食家なんだな。他にもあるそうだから楽しみだ」
「そのうち色々と造り出すと思う。パスタも製麺機出来たら出すとか聞いたし。後ラーメンも」
「ほぉ。気軽に食べに行けないのが悔やまれるがな」
「そう? 貴族のルールとか?」
「そうだ。下手に来店して、御用達のように思われてしまといけないしな。毒を盛られるおそれもあるから、外食できる店は限られている」
「へぇ~」
高位貴族も色々と大変。
「タビラさん。私からも一杯」
クリスがお酌をしてくれた。
「クリス、ちょっと聞いてみてもいいか? お前、なんで強制労働者になったんだ?」
俺は酔ったついでに気になることを聞いてみた。
「え? あたし? あたしはねぇ。強制わいせつ罪だよ。へへへ」
笑って話せる内容なんだ。強制わいせつ罪。
聞いてよかったんだろうか。
「刑期はあと2ヶ月くらい残ってるんだよねぇ」
「どんなシュチェーションだったんだ?」
「え? 旦那、あたしのエッチな話聞きたいの? 聞く?」
俺は首肯する。
「あたしねぇ。性欲強いんだ。で、今年結婚して旦那とヤリまくってたわけ」
「ふむふむ」
「基本、朝昼晩晩。前から後ろから。週1で、朝朝昼昼晩晩晩はヤッてたかな」
「なん。だと!?」
「それでね。結婚1ヶ月目くらいかなぁ。旦那がいなくなって、訴状が届いたの。それが強制わいせつ罪で」
「え? 結婚してたんだろ? 別にいいじゃん。朝朝昼晩晩でも」
「う~ん、ヤリ過ぎは夫婦でも強制わいせつになるらしくって。それで90日の強制労働刑になっちゃった」
「まじかぁ。世知辛いなぁ」
「タビラも、あたしを試してみる? 強制わいせつクラスのごにょごにょ」
「大変魅力的な提案だけど、断っておくよ。俺には嫁がいてね」
「試すだけなんだしいいじゃん。浮気じゃないよぉ」
「いや、浮気だろ普通に」
「まあ、どこからが浮気か、って人によって違うからね。難しい問題よね」
・・・・
「そろそろ時間だな」
ディーがお開きの挨拶をする。
きっかり2時間だ。こいつは、時間にきっちりしている。というか、スルーしてたけど、異世界にもあるのか、飲み放題2時間コース。
「よし、タビラ。トメ。城壁工事は頼んだぞ!」
「いってらっしゃ~い」「頑張ってこ~い」「すてきぃ~~~」
「では、タビラとトメはこれから一気飲みだ!」
「それ、日本では禁止のやつや!」
「オレの酒が飲めんのかぁ! 飲めぇ~~~~」
「それも、日本では禁止のやつやぁ!」
飲み放題時間外のはずなのに、しこたま飲まされた。
まあ、全部おごりだしいいんだけどね。
今日は結構酔ったわ。肝臓も若返っていることを願おう。
・・・・
俺ら一行は、とぼとぼと夜の学校を歩いていく。ディーの後ろについていかないと迷いそうだ。
今迷ったら、その辺で寝そうだな。
酔った状態で、この迷宮を越えて帰れる自身がない。
タッタッタッタ・・・
地面を蹴る音。誰かが走ってくる。
「ハァハァ。おじさん? おじさんなの?」
裸足、そして衣類の乱れ。
「オラァ。待てやコラァ!」
そして暴漢。暴漢の2人が晶に続いて現われた。
暴漢・・・こいつらは、間違い無く日本人の男子中学生。
「なんだこいつらは! ああん?」
中学生がメンチを切る。
ここにいるのは7人の大人。一人は美少年だけど。よくイキがれるね。君たち。
ディーも小田原さんもトメも無表情になった。
「お、こいつDランクのおっさんじゃん」
「おい晶。こっち来いよ。お前の友達もいるんだぞ? だからよぉ」
「おいぃ! おっさんよぉ。手を出すなよ。殺すぞ? こいつはオレの女になんだよ!」
・・・中坊ごときが、このおっさんをどうするって?
頭に血が上りそうになるが、ぐっとこらえる。
こいつらはガキだ。
「このおっさん、ザコのやつじゃん。俺らなら楽勝だろ。ほら、晶、こっちこい」
「助けて。おじさん」
俺は、反重力魔術で中坊2人に肉薄する。
酔った頭で考える。
こいつらはガキ。体罰したら教育委員会が黙っていない。
だが、体罰では無い罰が、この世には存在する。
それは母の愛。俺は、この異世界で、何度かそれを見た。
「は?」
「オレのぉ~~~ア・キ・ラになんばしょっとかぁぁぁぁぁぁ! 食らすぞぬっっしゃぁあ!」
障壁を破り、必殺の水魔術を放つ。
「「あ。あ? あ? ア、アア、アアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」
夜の学校に中坊2人の絶叫が響き渡る。
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