第38話 日本居酒屋 試食会 5月下旬

今日は、綾子・祥子ペアのお店で出すメニューの試食会に誘われていた日だ。


仕事が終わり、家族3人と合流してお店に向かう。


お店は、20人くらいが入れる酒場を居抜きで借りるらしい。


要は、前もここは酒場だったということだ。内装関連のほとんどが前のお店のままだとか。


ここサイレンに着いて2週間経っていないのに、早いわけだ。


「いらっしゃい。お久しぶり」


「綾子さん。元気?」


綾子さんが出迎えてくれた。


お店の内装は、多分、ここの街では普通にある感じのやつだ。丸テーブルに椅子のセットが3セットほど並び、厨房側にはカウンターテーブルがある。


お店の中にはすでに何人か入っていた。現地人っぽい人もいる。


「それでは、揃ったかしら? 今日は私たちのお店、『日本居酒屋』の試食会に来ていただき、ありがとうございます。お店の開店は明後日のお昼からですが、メニューに対してのご意見をいただければと思います」


祥子さんが開会の挨拶をすると、料理が一斉に運ばれてきた。ワインも入れてくれた。


まずは異世界風の『ハンバーガー』だ。これはお昼に出すらしい。これだけでお腹がいっぱいになりそうなボリュームだ。


「大きい」


子供には大きすぎるサイズ。中のパテが大きすぎる。これはハンバーガーでは無くて、ハンバーグをパンで挟んだ料理だ。


一口食べる。うまい。味付けはサイレンに来て日本人の誰かが作り出した異世界風マヨネーズだ。マヨネーズをベースに少し”からし”っぽい味がする。マスタードみたいな感じ。


お肉とパンに合う味で、なかなかおいしい。パンとハンバーグの間に野菜も1枚入っていた。


「おいしいけど、パテが大きすぎないか?」


「ああ、このパテ、私の作なんですがね、ここの人って体を使う仕事の方が多いらしくてね。わざとボリュームを出してみたんだよ。そのうち、子供向けや女性向け、夜の居酒屋向けに調整しようとは考えている。飲み物をセットに付けたりしてね」


この人は日本にいた頃、ハンバーグ屋さんをやっていた人だ。確か今村さん。

この料理は、肉体労働者人向けの昼食用のものらしい。なるほど。

それから、日本のハンバーガーチェーンがやっているようなことを考えているとのこと。


お次は、フライドポテト。芋類はこの世界に普通にあったので、それを油で揚げたのだろう。

塩味で普通においしい。


お次はピザ。これは本格的なマルゲリータ。


「これは、私がここで提供することになったんです。私は日本ではパスタとピザのお店をやっていたので、ここでもお店をやろうとしてたんですが、店舗の準備に手間取ってしまいまして。日銭を稼ぐために、当面はこの日本居酒屋の厨房でピザを焼かせていただこうかと」


ふむ。どおりで居酒屋バイトだった綾子さんが焼いた割には本格的だと思った。


「いや~。ほどよい小麦粉を分離するのに苦労しましたが、なかなかの仕上がりになりました。それに石窯も手作りなんですよ。火魔石は綾子さんが補充出来ますし」


「おいしいですよこれ。ほぼマルゲリータじゃないですか。売れますよこれは」


俺は思ったおとりの感想を伝えた。ピザ屋さんは嬉しそうだ。名前は、確か日下部さん。


その後、野菜炒め、スルメみたいなシーフードを焼いたヤツ、エビ的なやつを使ったマヨチリなどが出てきた。どれも日本ではよく見るメニューだが、異世界では見たことない。ここでは、肉を焼いたヤツとパンが主流なのだ。

味付けもバラエティーに富んでおり、お客を飽きさせない。

これは流行るんじゃないかなぁ。後は値段次第だけど。

・・・


「こんにちは、少しよろしいでしょうか」


お酒も入り居酒屋内も盛り上がってきたところ、現地の方に声をかけられた。


「はいはい。なんでしょう」


「私どもは、ラブレス商会と申します。私は代表のミドーです。お見知りおきを」


「あ~。ひょっとして、このお店を貸してくれた商会の人?」


「ええ、その通りです。タビラさんは、タマクロー家の事業に関わっていらっしゃるとか」


ん? 俺はまだ名乗っていないはずだが知ってるんだ。


「事業に関わっているっていうか、働かせてもらっているというか。単に仕事を貰って石運びしているだけですよ。ところで、私の名前ご存じなんですね」


「ええ。タビラさんのことは、コミネさんから伺ってました。私は、バルバロ辺境伯領出身なんですよ。そこから王都まで行商しながら、こういった不動産関連の取引も行っています」


コミネとは、綾子さんの名字だ。小峰綾子。

それから、バルバロ辺境伯領とは、王城で知り合いになった近衛兵フランシスカの名字がそうだったはずだ。


「ほう、バルバロですか。私の知り合いにもいるんですよ。そこの出身者。バルバロは、海峡防衛してたり、去年はスタンピードが発生したり、それからとても田舎って言っていましたけどねその人」


「あはは。概ね合っていますよ。田舎です。それでまあ、バルバロ家って、タマクロー家と仲が良くってですね。タマクロー派の筆頭貴族と思われているんです。今、バルバロ家の長女がタマクロー家に出稼ぎに出てて、大きな工事を任されていると聞いたものですから」


長女? モルディベートさんか? 出稼ぎって、どういう意味だよ。まあ、タマクロー派には婦女暴行とわいせつ物陳列して不敬罪になり、強制労働者やっているものもいる。人生色々だ。


「う~ん。私は今解体工事の方を担当していますからね。城壁工事の方ですよね。その方」


今度一緒に仕事するけど、あまりべらべらしゃべることでもないだろう。


「まあ、同じタマクロー家に近い物同士、仲良くやっていきましょう。何かご入り用なら我がラブレス商会にお声かけを」


「はい。まあ」


しがない労働者に対し、ずいぶんと大げさな言い方である。

俺は気のない返事しかできなかった。


・・・・


「来てくれてありがとう。楽しんでる?」


綾子さんがテーブルまで挨拶に来てくれた。

今日の綾子さんの髪型はポニーテールだ。勝負モードということか。


「ああ、どれもおいしい」


「ふふ、そお? 開店したら、また食べにきてね」


「ああ、必ず」


ただ、次の職場が始まればなかなか来れない。まあ、休みの日に来ればいっか。


なるようにしかならない。そう思いながら、久々に合う元Dチームメンバーである綾子さんと、つかの間の会話を楽しんだ。


◇◇◇

<<その頃・・・久々のマ国特命大使>>


「ねぇ~イセ様ぁ~。ヒマです」


護衛のジニィは憂鬱な様子。


「・・・最近静かになったのは確かじゃな」


「はぁ。帰ってこないかなぁ~私の変なおじさん」


「先日、勇者の所に連れて行ってやっただろう」


「あの面会はぁ、つまらなかったです。それはもう、幕間としてコマを割く価値も無いくらい、つまらないものでした! ひたすら自称聖女といちゃいちゃいちゃいちゃしてただけでした!」


「なんじゃ幕間って。まあ、勇者も若いんだし、女の一人や二人はおろう? 勇者の近くには貴族の娘も張り付いておったしな。そろそろ落とされていてもおかしくない」


「う~ん。でもあの勇者ってぇ、童貞っぽいんですよねぇ。ところで、何を読んでいらっしゃるのですか? それ」


「噂のマンガと言うヤツじゃ。日本人が持ちこんだんだと。諜報部が調達してきてな。ちゃんと翻訳してあるぞ?」


「へぇ~。何ですか、それ。うわっ!? 絵と言葉が書いてあるんですね」


「この”吹き出し”というやつが話している内容とのことじゃ。読み方は、右側から左手側に見ていってだな」


「なるほど。なるほどぉ」


・・・・


「うわぁ。このマンガって凄いですねぇ。線が引いてあるだけなのにぃ、本当に人の動きが読めるし、会話をしています。この話、ロングセラーのアレですよね。田舎の女近衛兵が王子様と結ばれるヤツ。え? いや、そんな。こんなシーンは無かったはず。演劇では抱きしめ合って、接吻で終わりのはず。なんですか、これ、ずこばこ、どぴゅ、びゅるるる、ピシャァァァって」


「あれの時の擬音語なのだそうじゃ。翻訳に苦労をしたと聞いておる」


「しゅ、しゅごい。日本人って、こんなになるんですか? そしてこの体位、頭の中、どうなってるんでしょうね。どうやったら、こんな変態的な事を思い付くのでしょう。イセ様ぁ~。これ、借りていっていいですか?」


「駄目じゃ。それは大事な借り物。返却せねばならん。お前に貸したら汚すじゃろう」


「え~~~イセ様のいけずぅ。んん? お庭の四阿あずまやに日本人が、あの剣士ですねぇ。給仕の女性と一緒です」


「ここ、一応、後宮の裏庭なのだがなぁ。自由じゃのう、日本人は」


「あ、あ~~、ああん!?」


「どうしたのじゃ? 気色悪い声を出しおって」


「ヤリ始めました」


「流石日本人」


「あ、あの、私にも後で貸していただくことは可能でしょうか」


「ザギィ、お前もか」


マ国の3人は今日もヒマを持て余していた。

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