第59話 密談

「困りましたね、ウゥル様」


 二人きりになった部屋で、ミカエルが紅茶を淹れ直してくれる。


「……あぁ。正直、困り果てているところだ」


 窓の外に目を向ければ、僕に任せてくださいと胸を叩くアーサーの姿が見える。

 アーサーから信仰心を失わせず、同族を皆殺しにするという判断をアーサー自身にどうやって決断させるのか。

 そもそもそんなことは可能なのだろうか……?


 しかし、それができなければこの村は終わる。


 それを知っているのは、俺とミカエルだけだ。

 守らねばならない。

 例えどんなに醜く卑劣なやり方だったとしても、俺は俺の信者を幸せにしなければいけない。

 それが神たる俺の使命なのだから。


「すまんがクレアを呼んできてもらえるか?」

「かしこまりました」


 今は思いつく限りのこと、できるだけやるしかない。


「話ってなによ?」

「クレアは以前、ゴブリン村で初めて会った際、魔法道具マジックアイテムでワンダーランドの者と話していただろ?」

「それがなに?」

「貸してもらいたい。できればお前の父、ベルゼブブと話がしたいのだ」

「別にいいけど、パパと何を話すのよ。……まさか!? 挙式の段取りを話し合うとか」


 熟したトマトみたいな頬を両手で押さえるクレアが、「いくらなんでも早すぎるわよ」と嬉しそうに首を振っている。

 言動がまるでチグハグだ。


「はい」


 セーラー服の胸元をつまんで引っ張ると、胸の谷間から二つ折りのコンパクトミラーを取り出す。それをスッと差し出してくれる。


「開いたらママに繋がるから、パパに代わってもらえばいいわ」

「そうか」

「………」

「…………」


 じーっ……。

 めっちゃ見られてる。


 銀灰色の髪を愛らしい尖り耳に引っかけながら、桑の実色の瞳をキラキラ輝かせるクレアがガン見してくる。


「あの……」

「――なにっ!」


 驚愕の反応スピードを見せる彼女に、俺は苦笑いを浮かべた。


「できればベルゼブブと二人で、内密に話したいのだが」

「え、あぁ、まあそうよね。こういうのってサプライズ的な方がいいもんね。分かったわ。どうぞパパとゆっくり相談してちょうだい」

「……ありがとう」


 なんだかとてつもない勘違いをしているようなのだが、この際放っておこう。

 否定すれば否定したでめんどくさそうだしな。


 それから俺はクレアに借りた魔法道具マジックアイテムを使い、ベルゼブブと話をした。


『で、用件はなんだ?』

「お前なんでトリートーンの信者を大森林に入れたんだよ。お陰でこっちはかなりめんどくさい事態に発展してんだけど」


 開口一番嫌味っぽく言ってやると、ベルゼブブは何のことだとすっとぼける。老化でボケてんじゃねぇのかと文句を浴びせつつも、俺は現在行っている領地を賭けた神々の戦いゴッドゲームの対戦相手がトリートーンであることを伝える。


 そして今回ワンダーランドを通り《約束の大森林》に入ってきた冒険者たちが、トリートーンの信者であることを説明する。黙って話を聞いていたベルゼブブはようやく腑に落ちたという風に、鷹揚と頷いてみせた。


『なるほど。理解した』

「呑気に言ってんじゃねぇよ。手を貸せとは言わねぇけどな、わざわざ招き入れることないだろ。お前は恩を仇で返す気かっ」


 嫌味の一つくらい言ってやってもバチは当たらんだろと思ったのだが、ベルゼブブは以外にも反論してきた。


『しかし、こちらにも言い分がある』

「言い分?」


 映像のベルゼブブに恨みがましい目を向けてやる。


『魔族街ワンダーランドには、人間たちと交わした条約がある』

「なんだよ、それ?」

『ワンダーランドは必要に応じ、人間の通行を認めるというものだ』

「なんでそんな条件飲んだんだよ」

『内側から敵対する魔族や魔物から狙われ、外側から人間に狙われてしまえば、魔族街ワンダーランドといえど簡単に落とされてしまう。ゆえに必要なことだった』


 魔物や魔族との交渉よりも、人間との交渉の方が楽だったということか。


 人間側からしてみれば、無理にワンダーランドを落とす必要もない。むしろ落とさない方が防波堤となって都合が良かった。その上で、人間側は大森林を調査するための条件も取り付けた。いずれ膨大な土地と資源を手に入れるための準備として。


 何という狡猾さ。悪魔より余程悪魔らしいな。


「つまり、これからもトリートーンとこの冒険者たちが通せと言えば、通すしかないってことか?」

『そうなる。が、お前には恩がある。人間との条件を破り、戦えというならそうしよう』

「早まるな。そんなこと望んじゃいない」


 第一、そんなことをすればもっとややこしい事態になりかねない。

 ワンダーランドには、ベルゼブブには目立たないでいてもらった方が、こちらとしては有難いのだ。


「但し、一つだけ頼みがある」

『なんだ?』

「実はだな―――」


 俺はとても簡単な頼みをベルゼブブにした。


『なるほど。それならこちらとしても問題ない』

「もしもまた団体客が来るときは、できれば知らせてもらえると助かる」

『善処しよう』


 ベルゼブブとの話し合いを終えた俺は、どうすればアーサーに不信感を抱かせず、自ら同族殺しを決断させることができるのか、その一点だけに頭を悩ませていた。

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