第58話 太陽と月

「一体こんな朝っぱらからどこに行ってたんだ?」


 畑仕事に精を出すトトたちの朝は早い。

 ハーピィ娘を連れて村に帰ってくる頃には、彼らは畑に出ていた。


「神様、メス猫にでも顔を引っ掻かれたか? すごい傷だぞ」

「トトよ、そこには触れてはならん。神にも色々とあるのだ」

「ガウェインの兄ちゃんはなんで鼻に詰物なんて入れてんだよ?」

「触れるなと言っているのが分からんのかッ!」


 突然大声を上げるガウェインに、「何なんだよ」と不満げなトト。

 伝説の少年兵がハーピィのいやらしい姿を妄想し、鼻血ブーになってしまいました。なんて言えるわけもない。知られたくもないのだろう。


「にしても、クレアの姉ちゃんのその服。めちゃくちゃ格好いいな」

「――! あんたは人間のガキにしては見所があるわね。今度あたしの体操着にナース、それにポリス。とにかくアネモネが作ってくれた服がたくさんあるから、あんたに見せてあげるわ。感謝しなさい!」


 異世界の雑誌に掲載されていそうなポージングで、随分と嬉しそうに黒いセーラー服を見せびらかすクレア。


「わーい、楽しみだな」


 子供は純粋でいいのだが、果たして彼女のコスチュームは子供に見せるようなものなのだろうか。


「ま、見るだけなら別に問題ないか」


 体操着は学生が、ナースやポリスも異世界の制服なのだから、子供が見てはいけないようなものではない。


 異世界の知識と教養を持つ者からすれば、ちょっとスケベな背徳感を味わえるアイテムのようなもの。例えるなら、王様の恰好で給仕服を着た娘とムフフでチョメチョメな行為を行い、普段とは違った満足感を得るようなものだ。


「こっちの鳥っぽい姉ちゃんは、誰だ?」

「ハーピィ族の娘だ。ちょっと訳ありでな。すまないがアーサーとジャンヌを……」


 呼んできてほしいと言いかけて、俺は口を閉ざした。


 もしかしたら、そんな不安が脳裏をよぎり、自分で呼びに行くことにする。


「クレアとガウェインはこの娘を先に自宅に連れて行っておいてくれ。俺はアーサーとジャンヌを呼びに行ってくる」

「分かったわ」

「了解した」


 一応村の一大事なので、王であるアーサーを抜きに話し合いを行うことはまずい。アーサーが拗ねてしまう。なにより、王である彼ピを抜きに大事な話をするとは何事だ! あとで従者にクレームをつけられるのは苦痛以外の何ものでもない。


 というわけでアーサーの自宅前にやって来た。どうやら心配していた声は聞こえてこない。俺の杞憂に終わったようだ。


「勝手に入るぞ」


 何度ノックしても返事がなかったので、いつも通り無断で上がらせてもらう。


「ベンが見たら泣くぞ……」


 シングルベッドに二人並んで素っ裸で寝ている。掛け布団がはだけて大きな乳房が丸出しだ。床には……。


「何回やったんだよ」


 思わずツッコんでしまうほど、愛の残骸コンドームが散乱している。


「子孫繁栄のためにも、できれば避妊はしないでもらいたいんだけどな」

「も、もう無理だよジャンヌ……むにゃむにゃ」

「一体どんな夢を見ておるのだ。おい、二人とも起きろ」

「う〜ん……んんっ、アーサー………――ウゥルカーヌス? ……ハッ!? き、貴様何をしている!」


 寝ぼけ眼で人の顔を見るなりびっくりして飛び起きたジャンヌは、掛け布団を手繰り寄せて胸元を隠している。一応恥じらいは忘れていないらしい。

 彼女のバカでかい声のお陰でアーサーが起きてきたところで、俺は二人に事情を説明。すぐに服を着させ、二人を伴い自宅に向かった。


 で、現在。

 社には俺、クレア、ガウェイン、アーサー、ジャンヌ、ミカエルにハーピィ娘のレミィがいる。アーサー、ジャンヌ、ミカエルの三人にはレミィと知り合うまでの経緯を簡単に説明した。


「つまり、レミィさんたちが暮らすハーピィの里が冒険者たちに占領されていて困ってるってことですか?」

「そうなります」


 ミカエルたそは訝しむように眉根を寄せる。俺同様にウリエルたちからトリートーンが冒険者たちを使ってこちらの陣営を探していることを知っている彼女は、真っ先にその可能性に考えを巡らせたのだろう。


「(ウゥル様……)」

「(うむ。残念だがそのようだ)」


 アイコンタクトを交わせば、ミカエルたそが物悲しげに微笑む。

 今現在のこちらの戦力でトリートーンとぶつかっても勝ち目がないことを理解しているからこそ、彼女はそのように微笑むのだろう。


「話は大体分かりました。それでレミィは僕たちに助けを求めに来たってことですよね?」

「はい。里にはまだ大勢の仲間が取り残されています」

「復讐に加担することはできないが、冒険者たちの非道な行いを見過ごすわけにもいかんな」

「はい。放っておいたらこっちにまでやって来るかもしれません」

「たしかにそうなれば厄介なことになるかも知れんな」


 アーサーの意見に同意するガウェインに、厄介事とはなんだと尋ねるジャンヌ。


「外から来た者からすれば、この村は異常ということだ。人とゴブリンが共存して生活しているなど聞いたこともない。もしもこの事実が公となれば、危険分子と見做されて粛清対象になる可能性も十二分に考えられる」

「じゃあ、アーサー村が冒険者たちに見つかる前に、連中を大森林から追い出すってことでいいのかしら?」

「今の話し合いだとそうなるだろう」


 と、彼らは話しているが、それでは困る。

 彼らの今のニュアンスでは、冒険者を懲らしめて追い返そうという風に聞こえる。それは言い換えるならトリートーン側の信者を見逃すということ。それはあまりに危険過ぎる。


 幸い俺の正体を知った冒険者は始末したが、これから見逃す冒険者のなかに俺の正体に気がつく者がいるかもしれない。そうなれば、見逃した時点でこちらの詰みになる。


 仮にこちらの正体に気づかなかったとしても、生かして返すメリットがない。どう考えてもデメリットの方が大きすぎる。

 となると、選択肢としては皆殺し一択になる。


 が、ここで問題が発生する。


「とりあえず、一度冒険者の方々と話してみるというのはどうでしょうか?」

「話して通じるような相手ではないんです!」

「でもですね、冒険者たちと戦うにしても、いきなりこちらから襲うのは違うと思うんです。出て行かないなら怒りますよって意思を伝えることが大切だと思うんですよね」

「さすがアーサー王だな」


 ジャンヌの言葉に照れくさそうに頭を掻くアーサーとは異なり、冒険者たちへの復讐を願うレミィはかなり複雑な表情をしている。

 俺もその一人だ。


 神である俺が冒険者たちを皆殺しにしたいと言ったところで、王であるアーサーは首を縦には振らないだろう。それどころか、最悪アーサーに不信感を与えてしまうかもしれない。


 そうなれば、アーサーから信仰心は消えてしまう。

 民を率いる王から信仰を失った神ほど哀れなものはない。


 なにより、俺への不信感が募れば、アーサーに与えられた神の恩恵完璧な鍛冶師パーフェクトスミスも失われるだろう。

 そうなれば、やはりその時点でトリートーンとの領地を賭けた神々の戦いゴッドゲームは俺の負けに……。


 問題は、心優しきアーサーにどうやって皆殺しという、残酷な選択をさせるのかということ。


「きっとお互い誤解があったんですよ。人間は話せば分かってくれる生きものですから」

「そう、でしょうか……」


 明るい表情のアーサーと、暗い顔のレミィ。二人は太陽と月のようだ。

 いや、この場合月は俺なのかもしれない。

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