第53話 ゴブリンの恋愛指南塾

 とある昼下り、俺はいつものように書斎で村の発展のために必要なことを書類にまとめていた。


「うぅ〜疲れたな」


 気分転換に覗き……ではなく、神眼で村の様子を確認する。

 いつものように畑仕事に精を出す子供たち、真っ昼間から子作りに励む王様と従者。


『はぁっ、はぁっ、ジャンヌ!』

『あん、ああんっ、アーサー』


 ……子作りは素晴らしい行為だが――


「――昼間から激しすぎるだろッ!」


 ゴブトリオにからかわれるわけだ。

 村にはまだ幼い子供もいるのだから、今度それとなく声のトーンを抑えるように注意しよう。いくらなんでも大きすぎる。



「アネモネとガウェインの姿が見当たらないな」


 この時間は仕立て屋工房に居ることが多いアネモネなのだが、今日は姿が見えない。ガウェインの姿も見えないことが気になり、神眼で村の周辺を確認してみる。

 すると、村外れの川にガウェインとゴブトリオの姿を発見する。


「何をやっとんのだ、あいつら……」


 鼻息荒く茂みに身を潜めるガウェインたちの視線の先には、素っ裸で水浴びをするアネモネにクレア、それにミカエルの姿があった。


『クレアさんもミカエルさんもすごく大きいのね』

『何言ってんのよ。あんただって十分大きいじゃない』

『そうですよ。その年でそれだけ立派なら大したもんです!』


 夜は水浴びができないので、彼女たちは昼間にこっそり水浴びをしているらしい。

 それを覗く最低な輩が、彼らというわけだ。


「……ウリエルの報告書には真面目な少年兵と書かれていたのだけど、あれではゴブリンと変わらないではないか」


 少年兵時代のガウェインは常に戦場に身を預けていたため、女性との交流が極端に少なかった。そのため女を前にすると緊張してうまく会話ができない。典型的な拗らせ童貞。


「だからって、ゴブトリオと一緒に覗くことはないだろ。バレたらアネモネに嫌われる上に、クレアに殺されるぞ」


 心配した矢先、いやらしい気配を敏感に感じ取ったクレアが茂みに小石を放った。


『――痛いじょ!?』

『バガッ、声を出すなだがや!』

『バレたらヤバいべッ!』

『手遅れだ、師匠っ!』


 あたふたする三匹と一人を、鬼の形相で取り囲む三人の美少女。濡れた裸体を布一枚で覆い隠した、とてもスケベな恰好をしている。


『なっ、なにをしているのよガウェイン!』

『ご、誤解だアネモネッ!』

『これのどこが誤解だって言うのよッ! ガウェインッ――!!』


 ――数時間後、顔面を三倍にまで腫らした彼らが、村の広場で正座させられていた。


「兄ちゃん、神様は兄ちゃんに覗きをさせるために目を治したわけじゃねぇぞ」

「あれは覗きではなく警護だったんだ!」

「茂みに隠れて娘っ子の水浴びを見る警護っぺかぁ? 随分楽しそうな仕事っぺな」

「いや、その、まあ……はぃ」


 それから場所を移した三匹と一人が、後ろを歩く俺へと振り返る。


「神様、さっきからなんでわてらについて来るだがや?」

「お前らがみんなに迷惑かけないよう、間近で監視しているだけだ」

「小生たちそんなことしないじょ!」

「真面目だけが取り柄だべ!」

「その顔でよく言うわッ!」


 ゲラゲラゴブゴブ愉快そうに笑うゴブトリオは、まったく反省していなかった。

 一人深刻そうな顔でうつむいているのはガウェイン。


「神、ウゥルカーヌスよ!」

「な、なんだよ?」


 いきなりすごい勢いで向かってきては、神の手をギュッと握るからびっくりしてしまった。


「オレを、オレが女の子と話せるようになる武具を作ってほしいッ!」

「……そんなもんあるかよ」

「そ、そんな」


 あからさまに落ち込むガウェインが、「こうなれば……致し方ない」深呼吸して気持ちを落ち着かせている。


 一体何をする気なのだろうと見ていると、


 ――ブスッ!


「いぎぁあああああああああああああああああああああッ―――!?!?」


 自分で自分の眼球を指で突き、地面を転げ回っている。


「お前は何をやっているのだ」

「見えなかった時は喋れたんだッ!」


 だからって、自分で眼を突いて失明しようとするバカがいるかよ。


「仕方ねぇべな。ちょっと待ってろ!」

「し、師匠ッ!」


 ゴブゾウはガウェインの拗らせ童貞を治す秘策でもあるというのか、その場に待つように言い、どこかに行ってしまった。

 待つこと十分。

 ゴブゾウが嫁のゴブミちゃんを連れて戻ってきた。


「ガウェイン! これはオラの嫁のゴブミだべ! お前に貸してやるから、ちょっと練習してみるべ!」


 俺はその場でズッコケそうになってしまう。いくら何でもそれはないだろうと。


「し、しかし、その、初めてがゴブリンというのは……ちょっと」

「何を言ってるべかッ! 神様ならまだしも、誰がお前と交尾までさせると言ったべ! メスと話す練習用に貸してやるって言ってるべ!」

「ああ、そういうことか!」


 俺は頼まれてもいらんけどな。

 つーか、ガウェインのやつは何を納得しとんのだ! 正気の沙汰とは思えん。


「ほら、まずは二人でここに座るだがや」


 ゴブヘイに言われた通り、ガウェインとゴブミちゃんは丁度いいサイズの石に腰を下ろす。


「まずは雰囲気作りが大事だべな。ゴブミの肩に腕をまわしてみるだべ」

「こ、こうか?」

「うーん、少し硬いんじゃない? もっとこう、グッと引き寄せる感じよ。メスはオスの逞しくて、少し強引なとこに惹かれるんだから!」

「そ、そうか! こんな感じか?」

「ああんっ! ガウェインたらすごく強引なんだから」


 ゴブミちゃん旦那の前でノリノリだな。

 つーか、俺は一体全体何を見せられているのだ。


「会話の基本は以下にメスの本能を引き出すかだじょ!」

「本能……?」

「スケベな会話でその気にさせるだがや!」

「スケベな会話とは、どんなものなのか分からなくて」

「例えばそうだべな。メスの乳房を褒めたり、エロいメスの匂いがたまらねぇべって伝えるんだべさ!」

「なるほど!」


 いや、納得すなっ!

 人間界ではそれを変態と言うのだっ!!


「お、お前のス、スケベな匂いがたまらない。……こんな感じだろうか?」

「いい感じだべな。でも欲を言えばもっと情熱的に、以下に自分の鬼棒がでかくて逞しいかアピールするだべさ」


 アホらしい。

 もういいや……帰ろう。


「神様、ガウェインお兄ちゃんは何をやってるの?」

「見ちゃいけません」


 翌日、ガウェインがアネモネに往復ビンタを食らわされたのは言うまでもない。

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