第51話 アーサー村の日常
村に元奴隷だった彼らがやって来てから数日が経過した。
本当は一人一人家を用意してやりたかったのだが、ゴブリンの作る家はすべてボツ。
結局俺が一人で村の避難所を建て、ひとまずそこで寝泊まりしてもらっている。
「作業は順調か?」
「ウゥルカーヌス様!」
仕立て屋工房で働くアネモネは、村の老婆たちから服の仕立て方を教わっている。
MP値が異常に高い彼女には、武器を与えて魔法スキルの使い方を覚えてもらいたいのだが、今はそれができない。肝心の材料が色々と足らないのだ。
「随分うまいな」
「ありがとうございます!」
栗色のおさげを揺らしながら、アネモネはいつも元気よく返事をする。
「ウゥルカーヌス様、アネモネは本当に覚えがいいんですよ」
「そ、そんなことありません!」
褒められ慣れていないせいか、アネモネは褒められるといつも耳まで真っ赤にする。その姿がとても愛らしい。
「そんなところでコソコソ見ていないで、お前も入ったらどうだ、ガウェイン!」
「――!?」
ゴブゾウと一緒に村の警備を任せているガウェインは、しょっちゅうアネモネが働く工房周辺をうろちょろしている。ガウェインがアネモネを好いていることは、村の者なら誰もが知っている。
何を考えているのか、ガウェインはゴブゾウを師匠と仰ぎ、剣術から女の口説き方まで教わっていた。
幼い頃から戦場で剣を振り続けた童貞戦士は、女の口説き方を知らんのだ。
情けない。
腰を振る以外脳のないゴブリンに女のいろはを尋ねるのはどうかと思う。剣術に関しても、ゴブゾウよりガウェインの方が圧倒的に上だ。ただ、アーサーのペンダントを身につけるゴブゾウは強い。
その強さにガウェインは憧れてしまったらしい。
「きょッ、きょきょ今日もエエ、エロい顔をしているなアネモネッ!」
――パンッ!!
アネモネの強烈な平手打ちがガウェインの頬に炸裂する。
「ガウェインがそんな人だとは思わなかったわ!」
目が見えるようになり、アネモネの顔を見ると、アガって話せなくなってしまったらしい。
童貞あるある、女を前にしたらコミュ症発動しましたの典型的パターンである。
「な、なぜだっ! アネモネっ!!」
真っ昼間からいきなりお前の顔はエロいなんて言われたら、誰だって引っぱたきたくなるだろ。
「あんたね、ゴブリンには教わんない方がいいわよ」
老婆がナイスアドバイスをガウェインにするも、アネモネを怒らせてしまったことがショックで聞こえていない。
「めちゃくちゃ拗らせてるな、童貞戦士ガウェイン」
「神よ! その呼び方はやめてくれっ!」
「ならとっとと卒業しろ」
「なっ、なんと!?」
俺はアネモネに異世界で仕入れてきた雑誌をプレゼントしてから、仕立て屋工房をあとにする。次に向かった場所は果てしなく広がる畑。そこではトトが畑仕事に精を出している。
「畑仕事は退屈じゃないか?」
「とんでもない! おいらは今までずっと檻の中で退屈だったんだ! 走りまわる脚をもらえた上に自由にしてもらえた。この村の人たちはみんな優しいし、もう毎日楽しくてしかたねぇよ!」
「儂らもトト坊たちがこの村に来てくれて嬉しいっぺ」
仲睦まじい二人は、まるで孫と祖父のようだ。
「あっ、そっちもおいらがやるからじっちゃんたちは休んでてくれってばっ! ――おいら仕事があるから、じゃあな神様!」
笑顔で走り去っていくトトを見ていると、ついこちらまで笑顔になる。
「あの子はとても素直で良い子ですよ、神様」
「そうか。いつかトトがこの村の切札になる日が来るかもしれん、大切に育ててやれよ」
「……? ええ、まぁ」
村の様子を見てまわっていると、「ウゥルカーヌス!」おっかない顔したクレアが走ってくる。
「あの色ボケ天使をクビにしてよ!」
「また喧嘩か?」
「あいつがあたしに吹っかけてくんのよ!」
相変わらず二人の仲は最悪のようだ。
俺は話を聞いてるフリをしながら村を歩き、アーサー工房を目指す。
一筋の煙が立ち上る立派な工房が見えてくると、中から鉄を打つ音が響き渡ってくる。
「で、どんな調子だ?」
工房の窓に張りつくゴブトリオに様子を窺う。
「一応打てているべ」
「今度こそ成功するといいんだじょ」
「成功してもらわないとわてらが困るだがや」
祈るような思いで窓にぶら下がり、室内を見つめるゴブトリオ。
中でもゴブスケとゴブヘイの思いは強い。余程ゴブゾウが羨ましいのだろう。
毎日工房に足繁く通っては、ニ匹はここからアーサーを応援している。
「打てるようになったのに、なんで特別な力が宿らないのよ。腹巻きの持ってるペンダントにはすごい力が付与されているんでしょ?」
クレアが不思議そうに聞いてくる。
「……うーん」
たしかにまったく打てなかった以前に比べれば、アーサーは鉄を打てるようになっていた。
けれど、アーサーが打った武具やアクセサリーには、
つまり、ただのガラクタだ。
「気持ちの問題だな」
「気持ち……?」
「鉄はただ打てばいいというものじゃない。心を込めて誰かのために打ってこそ、想いは宿るというものだ。今のアーサーを見てみろ」
窓の外から見えるアーサーは、汗だくになりながら、がむしゃらに父の形見のハンマーを振り下ろしている。
「ただ力任せに振り下ろす、あれではダメだ」
「腹巻きの付けてるペンダントは違ったっていうの?」
「……あれはアーサーが亡くなった母親に作ったものだそうだ」
渡す前に病死したらしいのだが、あのペンダントにはアーサーの気持ちがたくさん込められているのだろう。
「邪魔するぞ!」
「ウゥルカーヌス!」
「神様!」
一段落したところで工房に入る。二人が慌ててこちらに身体を向ける。
ジャンヌは緊張の面持ちで俺とアーサーを交互に見る。アーサーは強張った表情で喉を鳴らし、机に並べられた作品にしかめっ面を向けた。
「……」
工房の机にはここ数日、アーサーが作ったシルバーアクセサリーがずらりと並ぶ。お世辞にもうまいとは言えない代物だ。
「やはり
「僕、なんでダメなんです?」
「ま、そう思いつめることはない。ここまで打てるようになっただけでも上出来だ」
「ウゥルカーヌスのいう通りだ!」
焦りは禁物。
アーサーの
であるならば、今は鉄が打てるようになっただけでも良しとすべきだろう。
「お前たちもアーサーに頼っていないで、鍛錬を積んで自分の力で強くなってみるのだ!」
「偉そうなこと言って、自分だって神様の武器に頼っているんだじょ」
「だけど夜の方はお盛んで、毎晩鍛錬を欠かしてねぇみてぇだべ!」
「そっちの方を見習いたいもんだじょ」
「ゴブゴブゴブ――まったくだがや!」
「こっ、殺してやるっ!」
ゴブトリオはいつも一言多い。
そのうち本当にジャンヌに殺されないか心配だな。
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