第45話 王の務め
「相変わらず、いい工房だな」
アーサーの父の聖域に足を踏み入れ、室内を見渡す。清澄な空気に心を落ち着かせていると、ズボンをグイグイ持ち上げる淫らな王がやって来た。隣にはスケベな騎士も一緒だ。
「何なんですか、いきなり」
「お前に何か打ってほしくてな」
「……」
「どうした?」
父が残した形見で何か打つようにいうと、アーサーは途端に顔を曇らせる。
「昔は打っていたのだろ? 以前話していただろ? フライパンソード、だったか?」
「……」
だんまり決め込むアーサーの代わりに、神妙な顔した騎士が口を開く。
「アーサーは、打ちたくても打てないのだ」
「……剣、打ったんじゃないのか? 言ってたろ?」
「アーサー」
もじもじするアーサーの名を、ジャンヌが優しく呼ぶ。
「……そ、その頃はまだ打てたんだ」
ジャンヌが促すと、アーサーは渋々声を発した。
「なぜ打てなくなった?」
「……」
黙り込むアーサーの目線が、一瞬炉に向けられた。
「……怖いのか? 火が」
「!?」
全身に力を入れて固まるアーサーを、ジャンヌが心配そうに見つめる。
そういえば以前、ここで聖剣フルンティングを打った際、アーサーの様子がおかしかったことを思い出した。
「宴の席での篝火は平気なのに、炉のなかの炎は苦手なのか?」
「火が苦手というよりは、僕は炉が怖いんです」
落ち着かない様子で、仕切りにサスペンダーを触るアーサーが、鉄を打てなくなった理由を静かに語りはじめた。
アーサーは亡くなった祖父や父親に憧れ、5歳の頃には鉄を打ちはじめていたという。
しかし二年前、アーサーが13歳の頃、いつものように鉄を火で熱していると、火の粉が目に飛んだ。驚いたアーサーは仰け反った拍子に、熱していた鉄を放り投げてしまった。幸い誰もいなかったから大事には至らなかったのだが、そのせいで軽いボヤ騒ぎが起きた。
父に十分注意するように指導を受けたアーサーだったが、以降すっかり打てなくなってしまったのだ。
とても深刻そうな顔で話してくれるアーサーなのだけど、「で?」それがなんだというのだ。というのが俺の率直な感想。
こういってはなんだが、大した理由ではなかった。
しかれども、人によっては気にしないようなことでも、その人にとっては大ゴト。まさにアーサーにとっては心にトラウマを植えつける出来事だったのだ。
――が、だからといってじゃあ仕方ないな、とはならない。そこは王なのだから、国民が幸せになるために全力で苦手意識を克服してもらわないと困る。
従って――
「アーサー、これから死ぬもの狂いで炉恐怖症を克服してもらうぞ」
「な、なんでそこまでするですか!」
「言っただろ? お前には神の恩恵、
「それって、ゴブゾウをすごく強くしたっていう、あれですか?」
「そうだ!」
実は以前、アーサーには自身が持つ才について話したことがあった。
アーサーが作った武具を身につければ、魔物も魔族も桁違いに強くなれということを。
「でも、本当なんですか?」
「事実だ。でなければ、あのジャンヌ杯でゴブゾウが優勝することなどあり得なかった」
「でも……」
「でもも糞もない! 王たるお前の務めはジャンヌと乳繰り合っているだけではない!」
「!?」
「なななななにを言っているのだウゥルカーヌスッ!?」
「事実だろ! みんな働いているというのに、現にお前たち二人はスケベなことをしていたではないか! それが赦されるのもお前が王だからだ。ならば、王としての務めを果たせ!」
務めですかと頭をひねるアーサーに、王の務めを教えてやる。
「村のみんなを守るための武具を作れっ! そして国民をお前が守るのだ!」
「みんなを……」
それが出来なければ、いずれこの村はトリートーンによって滅ぼされる。
数で勝るトリートーンに対抗するためには、俺たちは個々の質で攻めるしかない。
たとえ最弱と呼ばれるゴブリンであったとしても、アーサーの武具が合わされば最強のゴブリン軍団となり得るのだ。
「やろう、アーサー!」
「ジャンヌ……」
「アーサーは運命の王なのだ! やってやれない事などないはずだ!」
この村の命運は王の手に掛かっている。
神の俺にできることなど、限られているのだから。
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