第33話 腹を割って話そうか

 黙ってベルゼブブの話に耳を傾けていた俺たちは、あまりの惨さに言葉を失った。


「……ママ」


 なぜ夜の妖精王ティターニアが人間の奴隷を欲し続けるのか、少しだけ分かった気がする。同時に彼女が俺を嫌う意味も、なんとなくだが理解した。



「魔族街ワンダーランド、ここはかつて奴隷だったダークエルフたちを助け出し、迎い入れるために俺様とアルドラで築いた王国だ」


 感慨深そうに闘技場を見渡すベルゼブブの隣で、夜の妖精王ティターニアは、アルドラは震える手を固く結んでいた。きっと俺が、人間が怖いのだろう。


「ロキ……すまん」

「――ん、って!? ちょっ、ちょっとあんた何やってんのよ!!」


 俺は左手首にはめていた黄金のブレスレット、嘘と偽りフェイクリューゲを外した。


「ふざけんじゃねぇぞこの野郎ッ!!」


 無防備な俺の行動に大激怒のロキは、立ち上がるなり胸ぐらを掴み取ってくる。


「何のために渡したと思ってんのよ!」


 ロキが憤怒するのは当然だ。

 嘘と偽りフェイクリューゲは魔族街ワンダーランドに入る直前、神の存在を消すためにロキから貰ったものだ。


 それでも、俺は正体を隠したままベルゼブブと話をすることはフェアじゃないと思ってしまったんだ。なにより、誰にも知られたくなかったであろう夜の妖精王ティターニアの過去を知った以上、ここで俺が人間と偽り続けるのは、なんだか違う気がする。


 神としての良心とでもいうのだろうか。

 とにかく、俺は腹を割って話がしてみたかった。


「万が一戦いになったとしても、今のベルゼブブは脅威じゃないだろ?」

「だからってッ……。仲間が潜んでいたらどうするのよ」

「それはない。そんなのお前だって分かっているだろ?」

「……そりゃ、まぁ、そうだけど」


 掴んでいた胸元から手を離し、拗ねた子供みたいな顔をするロキ。


 アルドラの過去を聞いた俺たちは、ベルゼブブが悪魔の掟を破ったことを知っている。それはつまり、彼がすでに天界たちの敵ではないということだ。


 悪魔条約第18条、悪魔は如何なる理由があろうと自らの手で人間を殺めてはならない。もしもこのルールを犯した場合、地獄界追放とする。


 先程の話の中で、ベルゼブブは自らの手で人間を殺めている。これは天界と地獄界で取り決められた条約に違反する行為である。


 神々に取って下界に暮らす人間が大切であるのと同じように、悪魔に取っても人間は欠かせない存在。


 神は人々に認知され、祈りを受けることで天界に存在することを認められている。

 領地を賭けた神々の戦いゴッドゲームにて下界の領土をすべて失った神が、神審判を受けるのもこのためだ。


 一方、悪魔に取っての人間とは、いわば力の源である。人間が抱える様々な負の感情を力の根源とする悪魔に取って、人間は貴重な水源のようなもの。それを殺すことは悪魔に取っても不利益になる。従って悪魔が直接人間を殺めることは禁止されている。


 仮に赦してしまえば歯止めが効かなくなり、あっという間に人間は滅んでしまうだろう。悪魔は基本的には殺戮が好きなのだ。

 それは悪魔の消滅でもある。


 ベルゼブブがわずか数百年足らずで老け込み、衰弱しているのも、これが原因だと思われる。

 人間から吸い上げた負のエネルギーは一旦地獄界に集められ、悪魔たちに分配されると聞く。


 例えるなら、地獄を追放されたベルゼブブは、もう長いこと飲まず食わずの状態を続けており、本来の力が出せない状態にある。

 つまり、今のベルゼブブは瀕死状態というわけだ。


 そんな彼を恐れる理由がどこにあるというのだろう。


「……好きにしなさいよ。その代わり、あちしは関係ないからね!」

「んっなこと、言われなくてもわかってる」


 ベルゼブブに身体を向けると、彼は深く長いため息を吐いた。


「……この気配、そうか。そういうことか……」

「……あなた、どうかしたんですか?」

「パパ、少し顔色が悪いわよ?」

「……なんでもない」


 お前たちはちゃんと話し合って仲直りしておけと母娘を嗜めるベルゼブブ。こいつが元最強の悪魔の一人だったなんて、今でも信じられない。


「――――っしょ」


 杖をつき、鉛のように重たそうな身体で立ち上がったベルゼブブは、そのままこちらに身体を向ける。


「二人で、話がしたい。これは……悪魔俺様お前の問題だろ?」

「……ああ、構わないぞ。俺もちょうどお前と話がしたかったところだ」

「――パパッ!? ウゥルカーヌス!?」


 俺とベルゼブブが二人で話をすると聞いた途端、全身を真っ赤に染めたクレアがあたふたする。


「あなたっ! わたくしはやはり、人間とだけはッ!」

「ママには悪いと思うけど、こればっかりはどうにもならないことなのよ!」

「クレアちゃんっ!!」


 この母娘は一体何を勘違いしているのだろう。


「はぁ……すまん」

「いや、まあ……」


 ベルゼブブは本当に疲れた様子で肩を落とし、項垂れるように謝罪を口にする。


「で、どこで話すんだ?」

「……見せたいものがある。神殿までついて来い」

「……わかった」


 俺はアーサーたちに神殿に行ってくることを伝え、ベルゼブブと共に闘技場をあとにする。

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