第四章(06) 明日も月は昇るから

 温かさに、身動みじろぎする。


 ぼんやりと思う――月に還った竜達は、こんな気持ちなのだろうか、と。

 長年苦しみ続けてきた彼ら。月から零れ落ちた自分は、果たして使命をうまく果たせているのだろうか。


 使命。

 ばっとフェガリヤは起きた。そう、自分には使命がある。寝ている場合ではない――。


「……ここは?」


 けれども目覚めて辺りを見回せば、そこは明らかに『戦竜機』の工場ではなかった。半壊した、大きな家屋の中。風の音が寂しい。


「起きたか、フェガリヤ……ここは街だ。工場を離れ、ここまで来たのだ」


 黒い竜は、フェガリヤを包むかのごとく、彼女を中心に丸くなっていた。たちまちフェガリヤは申し訳なさそうな、泣き出しそうな顔をする――メサニフティーヴの身体には、いくつものひどい傷があった。


「兄様……! ああ私、寝ている場合ではなかったのに!」


 全てを思い出した。メサニフティーヴは戦ってくれたのだ。それでいくつもの怪我を負った。


 銀の月なきいま、竜は月の光から得ていた治癒力を失っている。

 すぐさまフェガリヤは胸の前で手を組んだ。しかしメサニフティーヴが鼻先で小突く。


「私の心配はいらない。近くの川で身を清めた上に、流血も止まっている……」

「でも兄様、それ以上の回復は……兄様自身ではできないでしょう? それに、まだ傷がひどく痛んでいるはずです、だから」


 メサニフティーヴはもう一度鼻先で小突いて、立ち上がりかけた妹を座らせた。


「もう少し休んだ方がいい……まだ顔色が良くない」


 深い緑色の瞳で見つめられ、フェガリヤはもう立ち上がれなかった。


 外は赤黒く染まっていた。夜。崩れた天井から、赤い光が差し込んでいる。見上げれば深紅の水晶が天高くに浮かんでいた。


 血のような赤色――悲しみ。憎しみ。

 嘆きの赤色を、銀の少女はぼんやりと見つめる。


 ――いまはもう昔。竜達の悲痛な思いが、竜の心である月を包み、元は銀色だった光を赤に染めてしまった。

 一体どれくらいの竜が犠牲になったのだろうか、と思う。あの月は、まさに竜の血で赤く染まった。


 しかし、その向こうに銀色の光は確かにあって。

 そこはまだ、皆の還る場所であるから。悲しみに包まれてしまったものの、その中心は、誰にも穢すことのできない優しい場所に変わりない。


「……今頃、みんな、微睡んでいるのでしょうか」


 呟く。あの工場にいた竜達は、ずっと自分達を待ち続けていたに違いないから。

 兄が囁くように答える。


「そうだろうな。皆、幸福な微睡の中にいるはずだ。お前のおかげで」

「私だけではなく、兄様のおかげでもあります」


 兄と妹。共に歩むからこそ、竜達を救える。

 竜と少女の兄妹は微笑み合った。廃屋の中、世界を照らす毒々しい赤色は薄れている。


「……まだ彷徨っている者達も、導かなくてはな」


 黒い竜の言葉に、フェガリヤは頷く。そして苦笑いを浮かべた。


「今日は、お互い無茶をしましたね」

「ああ、無茶をしてしまったな」


 再び、笑いあう。


「……明日も頑張りましょう」


 やがてフェガリヤは、兄の大きな身体に寄り添うようにして身を丸めた。安心すると、眠気が大きな波となって襲いかかってきた。


「工場には、まだ誰かがいるかもしれません……」

「その通りだ。だから休まないと、な」


 瞼が落ちてくる。銀色の瞳が閉ざされる前に、フェガリヤは口にする。


「お休みなさい、兄様」

「お休み、愛する妹よ」


 深い緑色の瞳も閉ざされた。


 ――これまでの経験からわかっている。『戦竜機』工場の探索は一日で終わるものではないと。

 あの恐ろしい建物の中では、まだ何体もの竜が救いを待っている。


 明日に備えて、兄妹は眠りへ落ちていった。

 大変であるけれども、共にいれば、全てを救うことができる。

 そう、信じて。


【第四章 パレードの終着点 終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る