第61話 ビーチバレー
20分もかからないうちにダンジョン攻略が終わり、本日の予定が完了してしまった。
まだ日は高く、空き時間がある。僕としては、明日攻略予定だった制限ダンジョンを今日のうちにもう1つぐらい攻略してしまいたいところだったが、
「せっかく海に来たので遊びましょう!」
という姫香の鶴の一声で予定が決まってしまった。
◇◇◇
「海で遊ぶなら穴場知ってるよ!」
地元民のアンの案内によって、僕らは人のいない砂浜での遊びを満喫していた。
透明度の高い海と白い砂による景色が美しい。
まずは軽くビーチバレーで遊ぶことにした。じゃんけんでチーム決めをして、僕とアン、姫香と星辰天で2対2に分かれる。
「いきますよー!」
姫香の陽気な声と共に、強烈なサーブが打ち出される。
姫香の健康的な身体と白いビキニが眩しい。邪魔にならないようポニーテールにまとめられた長い黒髪が揺れる。
ちなみにバレーボールには事前にバフをかけていて、ハンターの一撃にも耐えられるようにしている。
「うおおおお!?」
音速を超えて飛来するバレーボールをギリギリでレシーブするも、僕の両腕がミシリと嫌な音を立てた。
僕は早くもビーチバレーという選択を後悔し始めていた。
ここにいるメンバーの攻撃力は、僕の防御力を上回っている。音速を超えて飛び交う鉄球のような硬度のバレーボール、受け損ねたら死ぬのでは……?
数回ボールがコートを往復したのち、レシーブに失敗してしまった。斜め後ろ上空にボールが飛んでいく。完全にアウトだ。
「任せて!」
が、あらぬ方向に飛んでいったボールにも、アンはたやすく追いついた。海からヘビのような形をした水が飛び出てくると、その水はそのままアンをすくい取り、今度は噴水のように上空に向かってアンを空まで持ち上げる。
水を操るアクティブスキルカード、その効果によって遥か上空に飛び上がったアンのスパイクが、油断していた姫香と星辰天の間に突き刺さった。
「ず、ずるいです!」
「カードを使っちゃダメなんてルール決めてないもんねー!」
姫香とアンの高校生組のやり取りを微笑ましく見守る。
そもそもアンの魚の下半身では、『浮遊』を使わなければビーチバレーに参加するのが難しい。ただの遊びなのだ、多少カードを使うのはご愛嬌だろう。僕と星辰天の成人組はその辺を分かっているので怒ることはない。
そう思っていたのは僕だけだった。
「だったらアタシが3人になっても構わないよね?」
星辰天の低い声が美しいビーチスポットに響く。
星辰天の両サイドには炎に包まれた人型のモンスターが召喚されていた。自分、やってやりますよとばかりに3対の腕でポージングしている。星辰天が本気の時に好んで使うモンスターだ。
「えっ。こんな遊びで?」
「は? 遊びだから本気でやるんだけど」
そこからはもうめちゃくちゃだった。
星辰天のモンスターの巧みなボール捌きに、アンが大量の水を操作しながら応戦、ボールがアウトになるかと思ったら姫香が結界カードでコートを包んで跳ね返す。終末戦争のような風景を見ながら、ボールが物理的に壊れるまで僕は逃げ惑うしかなかった。
◇◇◇
「楽しかったですね!」
「そう? それなら良かった……」
姫香の満足そうな声に、ぐったりとしながら答える。
アンと星辰天は遊び足りないようで、海に泳ぎに行ってしまった。あの死闘のあとで、よくもまあ気力が残るものだ。
「ウォーターブロック、使い道が思いついて良かったですね」
「まあね」
最後のほうは空中戦に移行して僕の知ってるビーチバレーとは違う競技になってしまったが、そのおかげで気付いたこともあった。空中バレーでの戦いについていくために苦肉の策でウォーターブロックを使ったところ、魔力が込められたウォーターブロックは足場として機能することが分かったのだ。
「アクティベート、”ウォーターブロック”」
【名前】ウォーターブロック
【ランク】C
【カテゴリ】アクティブスキル・永続・水
【効果】
水属性のブロックを生成する。
直方体の水の塊が目の前に生成される。
連続で起動してどんどん水の塊を積み上げていくと、水の螺旋階段が出来上がった。
「姫香ちゃんも来る?」
「はい!」
階段を登りきって、ウォーターブロックで出来た踊り場に2人で座る。
高所から見渡す大海は、また絶景だった。
スチルへの土産話になるだろう。防水ケースに入ったスマホで写真を撮る。
「またスチルさんへのお土産ですか? ハガネさんは本当にスチルさんが好きですね」
「2人きりの家族だ。当然だろ?」
「ふふふ、今は私と2人きりですけどね」
姫香がぴったりと身を寄せてくる。
互いに水着なので、肌と肌が触れ合う面積が大きい。少女の熱が、直に伝わってくる。
しばらく寄り添いながら海を眺めていると、姫香がぽつりと呟いた。
「私は、ハガネさんとパーティを組みたいんです」
それは、数ヶ月前、僕たちがパーティを組んだ時に聞いたセリフだった。
姫香の美しい瞳と至近距離で見つめ合う。
「だから、あなたのことが知りたい。ハガネさんのスチルさんへの接し方は、何かを埋め合わせるために、全てを与えようとするような、そんな危うさを感じます」
こちらの全てを見透かすような黒い瞳。
「もしかして、スチルから何か聞いた?」
「少しだけ。スチルさんなりの”応援”だそうです」
スチルと姫香がそこまで仲良くなっていたとは知らなかった。引き合わせたのは間違いだったのか、正解だったのか、今はもう分からない。
「短いし、大した話でも無いんだけど」
「それでも聞きたいです!」
本当に大した話では無かった。一言、二言ぐらい口にするだけで終わる、ありきたりな話。だからそれを口に出すのを躊躇ったことに自分自身で驚いてしまう。
バステトは、自分の心に向き合えと言っていた。これも試練なのかもしれない。性愛の女神の祝福を受けるためには、性愛の女神の試練を受けなければならない。
胸の内を絞り出すように、僕は語り始めた。10年前の大規模ダンジョン災害の話を。
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