第43話 銀色との邂逅

 僕と空染そらぞめ異真いしんたちは観客席で試合を観戦しながら、ワイワイと談笑していた。

 先ほどまで一緒にいたはずの星野智慧ちえはいつの間にか姿を消している。智慧ちえは神出鬼没なところがあるので、僕は特に気にしなかった。


 異真いしんたちが持ってきた酒とツマミはめちゃくちゃに美味かった。


「よく旧新宿で1杯50円の何が入ってるか分からない酒を飲むんだけどさあ、それの2倍は美味しいよ、”天祭 純米大吟醸”」

「たったの2倍ですか……」


 値段は全然違うんですけどね、と異真いしんは苦笑する。

 惜しいのは毒耐性が効いてるみたいで全然酔えないことだった。どうにか毒耐性だけオフにしたいところだが、僕にはまだそこまでの魔力操作は出来ない。


 おちょこの中の酒が尽きると、隣に座っている背の高い女性が注いでくれた。軽く見上げないと目線が合わないぐらいに大きい。身長2メートル以上はありそうだ。


「ありがとう、望宙みそらちゃんだっけ?」

「はい、暴海ぼうかい望宙みそらです。こんなデカ女にお酌されても嬉しくないでしょうけど……」

「なんで? おっきくて可愛いと思うよ、望宙みそらちゃん」

「かわっ……!?」


 照れて両手で顔を隠してしまった望宙みそらを横目に、目の前のよく焼けた肉をつまむ。

 ちょっと固いけどかなり美味いな。何の肉なんだろう?

 酒のツマミにちょうど良い味付けだが、パクパクと食べているのが僕と黒い鎧をまとった騎士風の男の2人だけというのが気になった。


清玄せいげんさん、この肉かなり美味いですね。何の肉なんですか?」

「おぉ、分かってるじゃないのぉ、上杉ぃ。ここのダンジョンのボスを拘束して生かしている話は知ってるかぁ?」

「ちょっと待ってくださいね。心の準備するので」


 黒騎士、荒古あらこ清玄せいげんに質問したことを激しく後悔した。

 世の中には知らなければ幸せということもあるのだ。


「ダンジョンボスの肉を切り取って調理したものよぉ。モンスター料理にハマってるんだがぁ、誰も食べてくれないんだよなぁ」

「それはそうだよ!」


 まあしかし、知らずに食べたらまあまあイケるのは事実だった。

 僕と清玄せいげんがハイペースでモンスター料理を消化していくのを周りが引き気味に見ている。同好の士を増やしたいところだ。


 僕は目の前にいる紙袋を雑に被った女性に声をかけた。


「えーと、紙袋崎かみぶくろさきさんも食べます?」

「はい、わたくし紙袋崎かみぶくろさきです。うふふ、絶対に食べません」


 拒否されてしまった。

 それにしても個性的な格好だった。黒騎士は一目見れば装備カードであることが分かるので気にならないが、ただの紙袋を被っている理由はなんだろう。聞いてしまおう。


「えーと、無理に話さなくても良いんですけど、なんで紙袋被ってるんですか?」

「うふふ、わたくし、お尋ね者なので、顔を隠しているのです。このことは内緒にしろと言われているので、内緒にしてくださいね」


 面白い冗談だった。もちろん、本当にお尋ね者ならこんな雑な格好で誤魔化すはずもあるまい。


 変わり者のハンターには慣れている。

 その後も僕たちは試合を観戦しながら楽しく飲んで過ごした。



   ◇◇◇



 宴もたけなわ。


「だから~、私は~、私たちの存在意義を~証明したいだけなんですよお」

「はいはい、存在意義をね、大事だからね」


 酔っ払って既に何を言っているのか分からない異真いしんを介抱していると、黒騎士、荒古あらこ清玄せいげんがスクッと立ち上がった。


「おぉ、次の試合、俺だわぁ。ちょっくら行ってくるわぁ」

清玄せいげんさん、行ってらっしゃい」


 望宙みそらが可愛らしく大きな手を振る。

 清玄せいげんは何故か僕のほうをジッと見てから、次に確認するように異真いしんを見た。


異真いしん、良いんだなぁ? もし上杉が俺の試合を止めるようなら、上杉の勧誘は諦めるってことでよぉ。おじさん、上杉のことけっこう気に入ってるんだけどよぉ」

「構いませんよ、清玄せいげん。ハガネが私たちの行為を拒絶するようなら、どのみち上手く関係を築くことは難しいでしょう」


 試合を止める? 勧誘? 何のことだろう?


 黒騎士がコロッセオの中央に降り立った。

 対戦相手は頭部が禿げ上がった巨漢の男だ。

 清玄せいげんは先ほどまでとは大きく雰囲気が異なり、冷たい殺気を出している。ひどく嫌な予感がした。


 異真いしんが耳元で囁く。


「ハガネ、対戦相手のあの男はね、この辺では有名なヤクザの戦闘員なんです。暴力で弱者を虐げながら、裏社会に紛れて隠れ、罪を償おうともしない。世の中には、死んでよい人間というのもいるのですよ」


 僕はそれを聞くと同時に駆け出していた。

 何をするつもりなのか分かったからだ。


 試合開始のゴングが鳴る、次の瞬間には黒騎士のハルバードが巨漢の男に迫る、決して生存を許さぬ致死の刃が対戦相手を断ち切ろうとし、そして、


 僕はハルバードを片腕で受け止めていた。

 巨漢の男は腰が抜けたのか、無傷だが地面にへたり込んでいる。

 ハルバードが腕の半ばまで埋まり、鮮血が吹き出るが、僕は気にしない。


「あんた何考えてんだ! 今殺す気だったろう!!」

「……残念だぜぇ、上杉ぃ。せめて俺の手で葬ってやる」


 黒騎士の殺気が次は僕に向いたのが分かった。

 清玄せいげんの落胆の声と共に、アクティブスキル「精神切削」が発動する。


 【名前】精神切削

 【ランク】A

 【カテゴリ】アクティブスキル・切削

 【効果】

 対象のデッキのランダムな1枚を10分間効果無効にする。


 発動と同時、デッキ内のたった1枚のカード「一瞬の保存」が使用不可能になる。

 対手のビルドに制限をかけるデバフ・アクティブスキル!


「上杉ぃ、デッキ1枚らしいじゃねえかぁ。これで詰みだなぁ、ウゴッッッ!?」


 清玄せいげんが悲鳴を上げる。

 僕は思いっきり清玄せいげんの腹部をぶん殴っていた。

 漆黒の鎧がボコリと凹み、黒騎士に多大なダメージを与える。


 清玄せいげんは大きな勘違いをしている。

 僕の戦闘力はあくまで大量の永続カードが支えており、ユニークカード「一瞬の保存」を封じたところで、戦闘には全く影響は無い。


 さらに拳に魔力を込める。

 追撃の右拳が黒騎士に迫り、しかし、それは横から出てきた、か細い女の手によって受け止められる。


「うふふ、そこまでです」


 互いに高密度の魔力が込められた肉体同士の接触。

 衝撃の烈風が渦巻き、女が被っていた紙袋が上空に舞った。


 突風によって長い銀髪がぶわりとなびく。


 僕はその女を知っていた。

 全日本ハンター連盟から特徴は共有されている。


 ランクSハンター。

 災厄の銀色。

 地獄を神に祈った女。


鋼崎こうさきいわい!!!」

「はい、わたくし鋼崎こうさきいわいです。うふふ、ここで食べてしまおうかしら」

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