第42話 個人要塞

   ◇◇◇ 「古林こばやし静子しずこ」視点


 ハガネのカードストリートファイトでの戦いよりも数時間前。


 とあるランクBダンジョンのボスエリア。

 作りは低ランクダンジョンと同様に洞窟のような見た目をしているが、明かりはなく完全な暗闇が広がっている。

 しかし、静子の感覚は高い感覚値と魔力値によって強化されている。暗闇の中でも、はっきりと周囲の地形やモンスターの場所を把握できた。


 ランクAハンターとランクBダンジョンボスによる戦闘は、接敵から1秒もかからずに決着がつこうとしていた。


「アクティベート、”ファイアボール”。対象、無形の落とし子」


 古林こばやし静子しずこの極大のファイアボールが、不定形の黒い粘液のようなダンジョンボスを一瞬で焼き尽くす。

 この手の粘性のモンスターは物理攻撃への耐性が高く、仮に上杉ハガネが対手だったら苦戦は免れなかっただろう。しかし、多種多彩な攻撃手段を持つウィザード・ビルドの静子の敵では無い。


 ダンジョンボスを一撃で下した静子は、一切の警戒を解かなかった。

 微かにだが、確かに殺意を感じる。


「そろそろ出てきたら? レゾンデートルさん?」

「やれやれ。これは釣られちまったかねぇ。こんな若い子に騙されるようじゃ、おじさん、立場が無いねぇ」


 ねっとりとした声。

 現れたのは、騎士のように板金鎧を全身に身に着けた男であった。

 この暗闇よりもさらに暗闇を思わせる漆黒の鎧。


「早速で悪いなぁ。気の毒だがぁ、ここであんたを殺す」


 ――何か聞き間違えたかな?


「殺す? あなたが? 誰を、どうやって?」

「お前を、こいつで、殺すのさぁ」


 黒騎士は槍の穂先に斧がついた巨大な武器を構えた。

 ただのハルバードに見えるが、ランクAハンターを相手にしてそれを構えた以上、なんらかの効果を持った高ランク装備カードであることは間違いない。


 対応して、静子も自身の得意武器を取り出そうとし、そこで気付いた。

 彼女が”個人要塞”と呼ばれるその理由、10の現代兵器装備カード、そのことごとくが具現化できない。


 特定の装備カードの具現化を防ぐデバフ・アクティブスキル。明らかに対静子に特化した構成のデッキだ。


「ククク、気付いたかぁ。メタビルドも無しでぇ、ランクAハンターと戦うわけがねぇだろうがぁ!」


 黒騎士が目にも留まらぬ速さで駆けた。

 その声色は既に勝利を確信している。


 ――あっそ。


 くだらない。対手は明らかな勘違いをしている。

 切り札の装備カードを封じたところで、静子の真価を傷つけることはできない。


 静子はファイアボールを放った。

 黒騎士が僅かに息を呑む。ただの汎用攻撃アクティブスキルですら、静子が込めた極大の魔力によって全てを焼き尽くす煉獄の炎と化す。


 音速を超えて迫るファイアボールを、黒騎士は軽々と避けた。

 避けると同時、静子を切り捨てるために駆けようとし、しかし、次の瞬間には次のファイアボールが迫っている。


「おおおおおおおっっっ!?」


 黒騎士を、ファイアボールによる飽和攻撃が襲った。

 当たれば即死する下級攻撃アクティブスキルが絶え間なく降り注ぐ。

 黒騎士は器用に避け続けるが、攻撃が当たるのも時間の問題だろう。


 静子のユニークカード「無尽蔵の想い」は消費MPのほとんどを軽減するカードだ。


 【名前】無尽蔵の想い

 【ランク】A

 【カテゴリ】パッシブスキル・ユニーク

 【効果】

 アクティブスキルの消費MPを99%軽減する。


 つまり、一撃一撃に全力の魔力を込めながらも継戦能力が高いという、悪夢のような性能を持つ。

 それに加えて、消費MPの多さから敬遠されがちなバフ・アクティブスキルも彼女は使用することが出来た。


 この戦闘において、静子はファイアボールを含めた5つのアクティブスキルを絶えず使用していた。


 ファイアボール、自身へのヒール、アクティブスキルの威力を強化するアクティブスキル、アクティブスキルのクールダウンを短縮するアクティブスキル、ダンジョンに漂う魔力を集めMPに還元するアクティブスキル。


 戦闘が続けば続くほどバフによってファイアボールが強化されていき、しかもMPが尽きることは無い。

 たとえ攻撃を受けたところで、彼女自身に絶え間なくかけられているヒールがダメージを一瞬で回復する。


 ”個人要塞”を相手に、そもそも1人で立ち向かおうとしている時点で詰んでいるのだ。


 戦闘開始時点と比較して威力が数十倍に膨れ上がったファイアボールが、ついに黒騎士を捉えた。

 悲鳴すら上げることなく蒸発する。否、これは。


「……へえ、そういうことするんだあ」


 ランクAハンターとしての感覚値が、黒騎士にとどめを刺していないことを告げていた。

 これは何らかの空間転移系スキルによる逃走だ。

 準備が良すぎる。おそらく最初の殺気はブラフで、本来の目的はランクAハンターのビルドの情報収集だろう。


 ――逃げられると思ってるんだ。可愛いなあ。


 ハガネは近いうちにランクAに上がるだろう。

 ランクAハンターを狙っているレゾンデートルを放っておくことは出来ない。


 四季寺によってハガネが死にかけた件は失敗だった。

 ハガネの行動は常に把握しているが、サトリモグラなら危険は無いだろうと油断してしまったのだ。

 四季寺が二度と悪さをする気が起きないように後で手を回したが、到底腹の虫が収まらない。


 静子が何を言ってもハガネはダンジョンに潜り続ける。

 本っ当に、全っ然言うことを聞いてくれないのだ。説得してようやくパーティで潜るようになってくれたが、まだ危険はある。ならば、先回りして危険因子を排除しなければならない。


 この1年ちょっとで、ようやくハガネを守れるだけの力が身についてきた。


 ――ハガネくんがダンジョンに潜るのなら、先回りして私が敵を減らす。


 ――ハガネくんが傷ついたなら、私が癒やす。


 ――ハガネくんがいる街で暴れる悪人がいるのなら、私が潰す。


「レゾンデートル。念の為、ちゃんと潰しておかないとねえ」


 静子はぽつりを呟くと、黒騎士の足取りを追いはじめた。

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