第20話 松本呪蜘蛛と同棲
プロフェッサーの仕事は早かった。
一週間で僕とシュクモが同居するマンションを確保すると、あっという間に僕の家から荷物を運びだし、引っ越しの諸々の手続きも終えてくれたのだった。
新居はスチルが入院している病院に近かった。
スチルの体調が良くなった時、病院に近いほうが何かと住みやすいだろうということで僕がお願いしたのだ。シュクモが通う小学校も遠くない立地ということで、この提案はすんなり通った。
僕自身はあまりこだわりが無かったので、いくつか残った最終候補からスチルとシュクモの意向に沿った住居を選んだ。そのため、僕は全く下見をしていなかったのだが。
そうして新居のタワーマンションを見上げ、僕はあんぐりと口をあけた。
「その、随分と高級そうなマンションですね。プロフェッサー」
「うむ。普通に家賃を払うと月に数百万はかかるのである。もちろん、吾輩が全て払ったので安心したまえ」
「ひゃくっ!?」
ちなみに今まで住んでいた住居の家賃は二万円だった。
間取りのわりに随分安かったのは、近所にランクEダンジョンが頻繁に出現するのでそこの討伐を請け負っていたからである。
「僕とシュクモちゃんの部屋は何階なんですか?」
「全て買い取ったのでな。好きな部屋を使ってよいぞ」
「かいとっ!?」
お金はあるところにはあるんだなあ、と呆然としながら、僕は六畳一間ぐらいの部屋を要望したのだが、もちろんそんな部屋は無かった。
結局、僕とシュクモは最上階の4LDKの一室に住むことした。
僕、スチル、シュクモの部屋を決めて、業者に荷物を運び込んでもらう。
なんだか広すぎて落ち着かない。
「それにしてもマンション全部を買い取るのはやりすぎでは? 他の部屋はどうするつもりなんですか?」
「何を言う、貴様に配慮したのだぞ、上杉ハガネ。貴様、女性をコレクションして手元に置くのが趣味のクズらしいではないか。鍵は預けておくので好きに配りたまえ」
「あんた僕を何だと思ってるんだよ!」
僕にその気は全く無かったが、一応鍵は貰っておいた。
「それとプロフェッサー、なんだか交換条件を出すみたいで申し訳ないんですけど……」
「分かっているのである。貴様の妹の件であるな。魔力欠乏は吾輩の専門分野ではないが、診ておこう」
プロフェッサーとのコネクションが作れたら、スチルのことも診てもらえるかもしれない、という下心が完全に見透かされていた。
この人と話していると、何もかも見通されている気分になってしまう。
◇◇◇
僕は一日のほとんどをダンジョン探索とスチルの見舞いに使っていて、自宅はただの寝床だと割り切っているタイプだ。
なので、どこに住んでも変わらないと思っていたのだが、そんなことは全く無かった。
「わー見て見てシュクモちゃん、乾燥機ある乾燥機。雨の日でも困らないね」
「はい。ようございましたね、ハガネ様」
「シュクモちゃんシュクモちゃん、トレーニングルームあるんだって! あとで運動しにいこう!」
「はい。お供させて頂きます、ハガネ様」
「ベッドでっか。やわらかーい。シュクモちゃんもこっち来なよ」
「はい。失礼します、ハガネ様」
死ぬほどはしゃいでる僕に、シュクモはニコニコしながら付き合ってくれた。これではどちらが保護者か分からない。
シュクモとわいわい部屋を整えているうちに、夕飯の時間がやってきた。
僕が料理しようかと思っていたのだが、毎日の調理係はシュクモが頑として譲らなかった。案外シュクモはこうと決めたことは曲げないところがあり、”ハガネ様”という呼び方も止めてくれないので僕のほうが折れた。
夕飯はカレーだった。あまりにも美味しそうだったので写真を撮って姫香に自慢のメッセージを送ってから、二杯ほどおかわりをして満足する。
「シュクモちゃん、僕はお風呂に入ってくるよ」
「はい。お背中をお流しします、ハガネ様」
一日中トテトテと背中をついてきていたので、その不自然さに気付かなかった。
脱衣所で二人きりになったところで、違和感を覚える。
「え? 一緒に入るの?」
それは、どうなんだろう。
妹のスチルがこれぐらいの歳の時には風呂に一緒に入るのを嫌がりはじめ、僕は枕を濡らした記憶がある。
「はい。……あの、駄目でしょうか?」
シュンと落ち込んだ様子を見せるシュクモの姿を見て、僕は断り切ることができなかった。
プロフェッサーにメッセージで相談したうえで一緒に入ることにする。ちなみにプロフェッサーにシュクモについて相談するのは今日だけで四回目だ。スチルを中学生まで育てあげた自負があったが、他所様の子供を預かるのは全く勝手が違うのを痛感する。
◇◇◇
「お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありません。
「……いいや、シュクモちゃんの身体は綺麗だよ」
優しく声をかけたが、こちらの動揺は伝わってしまったかもしれない。
黒い帯のような模様の呪いは、シュクモの両腕だけではなく、全身を蝕んでいた。
シュクモが首から下の露出が一切無いような服を着ているのを思い出す。
この呪いに蝕まれた姿を見せてくれたのは、シュクモなりの信頼の証だろう。
僕は極力気にしないフリをすることにした。
「ほら、シュクモちゃんおいで。背中を流してくれるんだろう」
全身を洗ったあと、シュクモと二人で湯船につかる。
僕の膝の間にすっぽりとシュクモが収まり、背中を預けてくる。
やはり僕には触れても全く問題は無さそうだ。
シュクモの体温を感じながら、ぼんやりと呟く。
「カードという祝福を人類に与えた、か。必ずしも祝福とは限らないんだな」
「はい。
「神の試練か。そうか、そうだね。きっと乗り越えられるよ。何か困ったことがあったら僕を頼ってくれ」
なんだか嬉しくなってしまったのは、シュクモからプロフェッサーへの恨みが一切感じ取れなかったからだろう。
きっと、あの人なりにシュクモへの償いをして、だからこそ、この親子は繋がりを保てているのだ。
困ったことに、ちょっとばかり一緒に過ごしただけで、僕はこのシュクモという少女を気に入ってしまっていた。
いつか、この少女が呪いから解き放たれる時まで、支えてやりたいと思う。
◇◇◇
僕とシュクモがのんびりと風呂に浸かりながら親交を深めていた時、僕のスマホには不穏なメッセージが連続で送られてきていた。
「あの、新居ってどういうことですか? 私、聞いていないと思います」
「また新しい女の子を連れ込んだんですか?」
「それとも、まさかハガネさんの隠し子!?」
「ということは、私の子供でもあるということでしょうか」
「ご挨拶! ご挨拶させてください!」
「どうしてお返事くれないんですか?」
姫香からの100通以上のメッセージを見て僕が絶句したのは言うまでもない。
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