第15話 新城姫香の初めて

 四季寺とその仲間のハンターたちは警察と全日本ハンター連盟に連行されていった。

 僕と姫香は全日本ハンター連盟に事情聴取を受けたあとに解放された。


 僕たちは帰路についていた。すでに夕方になっている。

 今日は土曜日だ。予定通りならば、姫香は今日も僕の家に泊まり、そのまま明日もダンジョン攻略をするつもりだった。


 ちらりと横目で姫香を見る。

 殺されかけた僕を守ろうとしてくれた、見目麗しい少女。なんだかいつもよりも数段、魅力的に見える。


 ――これはまずいかもしれない。


 ただでさえ、死にかけて、姫香が助けようとしてくれて、急激なステータスアップをして、ハンターたちと戦闘して、沢山のことがあって、なんだか気持ちが昂ぶっているのだ。姫香も同じように高揚していることが分かった。このまま一緒に帰れば、なにか間違いが起こってしまうかもしれない。


 ――姫香には悪いけど、今日は帰ってもらおう。


「なあ、姫香ちゃん、」

「あの、ハガネさん、ちょっとコンビニに寄ってもいいですか?」

「ん? ああ、いいよ」


 どうしよう。姫香を帰すタイミングを逃してしまった。

 コンビニに入り、姫香が買い物カゴを持って歩く姿をぼんやりと眺める。


 姫香がとある一角で立ち止まった。

 0.02mm、0.03mmなどの厚さが表記されたパッケージの箱が並んでいる棚。その、つまり、コンドームを姫香は眺めていた。すでに耳まで真っ赤になっている。

 羞恥と緊張で震えた指先が、コンドームを一つ、買い物カゴの中に落とした。


 いつもは押しが強いのに、こういう時だけ言葉が出てこない少女の、精一杯のアピールだ。


「あの、私、」


 姫香が何か言おうとしたことには答えず、僕は無言で、買い物カゴの中のコンドームを棚に戻した。

 姫香の傷ついたような表情を横目に見ながら、戻した箱とは別の、気に入ってるパッケージのほうを二箱、買い物カゴの中に入れる。

 姫香の耳元に顔を近づけると、小声で囁いた。


「このメーカーのやつが気に入ってるんだ。次は一人で買うこともあるだろうから、覚えておいて」

「…………ひゃい」


 蚊の鳴くような声で答える姫香に思わず笑ってしまった。いつもは僕が押されてばかりなので、たまにはこういうのも悪くない。


 帰り道、僕らは無言で歩いた。手を繋ぎ、指先を絡め合いながら。



 ◇◇◇



 帰宅して、玄関のドアを閉めた瞬間、姫香が抱きついてきた。


「ハガネさん、ハガネさん、ハガネさん! ああ、ちゃんと生きてる。良かったです。本当に良かったです」

「姫香ちゃんのおかげだよ。ありがとう」


 僕も姫香を抱きしめ返し、あらためて礼を言う。


「私、ハガネさんが死んじゃうって思って、助けるためなら何でもしようって思ったんです。思えたんです。ハガネさん、好き、好き、好きです。ああ、こんなに好きなのに、ただの好きじゃないのに、なんで好きって言葉しか言えないんでしょう」


 僕は吸い込まれそうなほど美しい姫香の黒い瞳を見つめながら、そっと小さな唇に口づけた。

 互いの体温を探り合うような、ただ触れ合うだけのキス。ただそれだけでも姫香は夢中でこちらに吸い付いてくる。


 どれぐらいの時間が経っただろう。

 名残惜しくもいったん唇を離すと、姫香は潤んだ瞳でこう言った。


「あの、ハガネさん、私、何も面倒なことは言いません。ただ、今夜だけは、一緒にいてくれませんか」


 それ以上の言葉はいらなかった。


 またも唇を合わせると、今度は舌を出し、姫香の口の中に侵入する。

 姫香はそれを受け入れ、おずおずと舌を絡めてくる。戸惑っている。きっとキスは初めてなのだろう。慣れてない行為を少女に教えている事実にひどく興奮した。強く抱きしめ、柔らかい肢体の感触を楽しむ。


 そうして舌を絡め合って遊んでいると、姫香の体が大きく震えた。

 そのまま、姫香の体から力が抜け、崩れ落ちる。


 ――え?


「きゅぅ」


 なんと姫香は、ボタボタと鼻血を出しながら、満足そうな顔をして気絶していた!



 ◇◇◇



「あああああああああああああああああああああああ」


 翌朝、姫香が叫んでる声を聞いて飛び起きた。

 姫香は両手で顔を隠しながら叫び声を上げて、僕と同じベッドの上でじたばたしている。

 というか、スチルの部屋に寝かせたはずだけど、いつの間に潜り込んできたんだろう。


 やがて気が済んだのか、むくりと起き上がると、真剣な表情でこちらを見た。


「やり直しを所望します。また今から続きをしましょう!」

「ごめん、僕、ムードとか気にするほうだから……」

「先っちょだけ! 先っちょだけで良いですから!」

「めちゃくちゃ必死に来るじゃん」


 一晩経って僕も冷静になっている。昨日はなんだか興奮して、勢いで抱こうとしてしまったけど、そもそもの疑問が頭に浮かんできた。


「そういえば姫香ちゃんって何歳なの?」

「十七歳です」

「絶対に世間から怒られるやつ!」


 危ないところだった。


「世間がどうこうじゃなくて、これは私とハガネさんの問題じゃないですか? 私はハガネさんが好き、ハガネさんは私を好き、だからえっちなこともする。それだけのことじゃないんですか?」


 似た感じのやり取り、前もしなかった?


「世間はともかくとして、静子ちゃんとか他のハンターを怒らせたら僕は生きていけないんだよ」

「あの、前から気になっていたんですけど、”静子ちゃんとか”の部分の人たちを具体的に挙げてもらって良いですか?」

「うん? えーと、静子しずこちゃん、レティーシャ、紗妃さきちゃん、星辰天せいしんてんちゃん、智慧ちえちゃん、」


 指折り数えていくと、珍しく姫香がキレ気味に叫んだ。


「全員女の人じゃないですか! 大体、どうしてその人たちが怒るんですか? 付き合ってるわけでもないのに」

「一応みんな元カノだけど……」

「全員元カノ!? 静子さんやレティーシャさんもですか!? 全然気付きませんでした! ハガネさんの一人称視点って、元カノに会ってもしれっと地の文で”幼馴染”とか”ハンター仲間”みたいな紹介してそうですよね。恋愛叙述トリック野郎です!」

「恋愛叙述トリック野郎!?」


 昨日確かに通じ合ったはずの絆や信頼が、一瞬で瓦解したのを感じる罵倒であった。

 別に女遊びをしている訳ではなく、真剣に付き合った結果、毎回僕が見限られているだけなのだが、なんだかあまり言い訳するも見苦しい気がする。僕なりに藻掻いて生きてきた訳だけど、周りの大人と比べるとあんまり人間的成長していないのは、きっとバレるものなのだろう。


「だいたい前にツイッターが炎上した時、”女癖が悪い”の部分がいかにも根も葉もない噂みたいな口調でしたけど、100%真実じゃないですか! 今日という今日はハガネさんの女性関係を全部話してもらいますからね。話さないと、私が持ってた買い物カゴにコンドーム入れたこと言い触らしますよ!」

「やれやれ。言葉は慎重に選ぶんだな、姫香ちゃん。僕が君にコンドーム買わせたことが噂にでもなってみろ。死ぬぞ、僕が」


 こうして僕らはギャーギャー言い合いながら、たまに抱きしめ合ったりして、いちゃつきながら一日を過ごしたのであった。

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