第21話 輸送力・無双!


「くふっ♪ ウチに任せてくれれば城だって一夜で建ちますよ。人を動かすのは名誉でも矜持でもなく『欲』。命より名を惜しむのは高貴な連中だけ。それがわからないから北条家はウチに滅ぼされたのです」


 北条家。それは戦国日本において、九ヶ国二四〇万石を統べる関東の覇者だ。戦国最堅の城塞都市は、越後の龍と謳われた戦国最強の軍神、上杉謙信でも落とせなかった。


 俺は圧倒的な国力を見せつけることで北条家を臣従させていた。でも、身分にこだわる北条の連中が、百姓出身の秀吉に従うわけがない。秀吉は人たらしの天才だが、身分にこだわる相手には弱い。


 でも、秀吉が持つ人たらしの才能はその程度で終わらない。秀吉を召喚した夜に聞いた話だ。秀吉は心理的経済的策略を以って、北条家ではなく、北条家の全家臣と全領民を、すなわち北条家以外の全てをたらしこんだらしい。


 民も家臣もいない王は、王たりえない。人心掌握の達人、欲の化身たる秀吉は、できることなら俺でさえ敵にまわしたくない。


「それと信長様、一里塚の発注も済ませておりますのでご安心を」


 ソフィアが俺に問う。


「一里塚とはなんですか?」


「石造りの看板だ。大街道に四キロメートルおきに設置するつもりだ。王都から主要都市へ伸びる街道だからな。主要都市まで残り何キロか彫り込んでおくんだよ。とうぜん、反対側の面には王都までの距離が残り何キロか彫り込んでおく。他にもやることが三つあるが、今は整地と道幅の拡張が最優先だ。これで食糧問題が少しは改善する」


「道路工事と食糧問題が関係あるのですか?」


 ものを知らない子供のように聞いてくるソフィア。俺は歩きながら、ニヤリと笑う。


「んん? 知りたいか? 知りたいか? カカ。ソフィア嬢はしょうがねぇな。おい、この国の人口は?」

「? 五〇〇〇万人です」

「国全体の石高(こくだか)は?」

「三〇〇〇万石(ごく)です」


 石(こく)とは、一人の人間が一年間に食べる主食の量だ。日本では米が主食なので、一石とは一人の人間が一年間に食べる米の量だ。故に、米が何石獲れるかを示す石高は、そのままその土地が何人の人間を養えるか、という話になる。この国では麦が主食なので、一石は一人の人間が一年間に食べる麦の量だ。つまり……


「人口が五〇〇〇万人なのに、麦は三〇〇〇万人分しか獲れない。資料によれば、足りない食糧を他の野菜や穀類、山菜、家畜や魚介類に頼り、それでも足りずに国民は飢えている。餓死者や栄養不足による病人も少なくない。それで確認だがソフィア。麦が必要な分の六割しか獲れないこの国の年貢は何割だ?」


 ちなみに生前、良心的な俺様は百姓に、収穫量の七割を納めさせた。


「何割ではありません。今は危機的な食糧不足ですので。お百姓さんに必要な分の六割、たとえば十人家族のお百姓さんなら六石だけ残して、あとは全て納めてもらっています」


 俺は冷めきった顔で、秀吉へ首をまわす。


「もと百姓の秀吉ちゃん。ソフィアをどうしたいかな?」

「殺シテ畑ノ肥料ニシタイデス」


 世界一冷たい笑顔だった。


 ソフィアは小さく悲鳴をあげて、生まれたての小鹿のように震えながら俺の影に隠れた。


「しょ、しょうがないじゃないですか! 国中が食糧不足で少しでも多くの食料を市場に流通させないといけないのですからぁ!」

「そういうことは麦の一束も育ててから言うみゃあ! カッーーッ‼」


 熊のように両手を上げ、秀吉は爪のように指をかざしてソフィアを威嚇する。


 怯えながら俺の影に隠れるソフィアの頭を、俺は手でぽんぽんしてやった。


「そんなわけで畑の収穫量が少ないわけだが、全ての土地の収穫量が少ないわけじゃない。実際には収穫量の比較的多い土地もある。他にも家畜や山の幸に恵まれた土地とかな。そうした食糧生産地の食糧品をより遠くの地まで効率よく届けられるようになれば、食糧問題は少しだが緩和される。だから道を整地し幅を広げ、輸送費がかからないよう関所を撤廃したのだ。特に魚介類が取れる漁港への街道は重要だ。主要都市どうしをつなぐ街道の整備が終わったら海を目指すつもりだ」


 俺がそこまで言うと、ソフィアは言葉を失っていた。


「………………戦象を撃退したときから思っていましたが、本当に頭がよいのですね」

「そうか?」


「そうですよ。私も、食糧の豊かな土地から貧しい土地への輸送は考えていました。ですが、現状の輸送力から無理だとわかると、そこであきらめてしまいました。輸送するにしても、腐りやすい魚介類は、塩漬けにできるものしか無理だと。なのに道そのものを作り換えるなんて……」


 驚嘆し、尊敬の念を声に滲ませるソフィア。俺は、鼻から息を抜いた。


「べつに問題ねぇよ。てめぇはまだガキだろ。これからちゃんとすればいいんだよ。それに前に言ったろ? コロンブスの卵。人間は前提を疑わないし前提を変えようとは思わないもんだ」

「信長様……」


 ソフィアの頬が、ちょっと朱色に染まった。


 こうして、俺のソフィア育成計画はちゃくちゃくと進行するのだった。


 まぁ実際、ソフィアには第二の俺として、人間の国を治めてもらわないとな。そのためにも、波の王になってもらっては困る。いまのうちに、しっかりと教育せねば。


「それに、俺だってソフィアぐらいのときはもっとフラフラしていたんだぞ」

「そうなのですか?」


「おうよ。俺がソフィアぐらいの時は、織田家に人質としてきていた家康を家の外に連れ出して野山で遊んだり。軍馬の装束を魔改造して街で乗りまわしたり。最新鋭の武器だった火縄銃を欲しがって本当に買ってもらったり。あ、あといつも女たちを侍らせていたな」


「よく王様になれましたね……」

「何いってんだよ。王とは誰よりも欲深いものなんだよ」

「つまりウチが日本中の巨乳美女を侍らせたのも必然!」

「サル、お前あとで信長烈苦凄不裂怒(ノブナガ・レッグ・スプレッド)な」

「なじぇぇえええ!?」


 そして、俺と秀吉、ソフィアはお目見えの間の前に到着した。


「じゃあソフィア。俺の六大改革の一つ、交通網の整備の次は税の撤廃と商業の自由化だ」


 部屋の前に立つ衛兵が、両開きの扉を叩く。すると、扉のむこうから別の衛兵の声が聞こえ、扉が開かれる。


 俺、ソフィア、秀吉の順に入室すると、呼び出した連中はもう到着しているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る