ダンスの余韻


 言葉もいらず、互いに手を取った。


 もう一度、見つめ合う。

 リズムが、この時間が心地好くて。

 周りで同じように踊っている人達が居るのに、まるで自分が物語のヒロインになった気分。



 ──「みて、あのお二人」

 ──「まぁ……」



 結局、この舞踏会に参加している事が見付かってしまったアオイ。

 その事について先に口を開いたのは怜だった。



「どうして、」

「ん、」

「どうして言わなかったんだ?」

「それは……」



 音楽に身を任せながらアオイは、「せっかく人間に戻ったんだし、邪魔したくなかったの」と目線を外し説明。

 何故ハモンド侯爵となのかと低い声で問われ、思わず言葉に詰まった。



「っ、前の、パーティーで、あの、途中で帰るとき、約束して、それで、今回誘われたの……」

「そうか」



 更に低くなる声。

(あれ、でも待って……私達ってさっき会ったのに……)



「な、何でルイ様と来てるって知って……」

「気付かないとでも思ったのか?」

「え? え、いつから……?」

「さぁ、何時からだったかな」

「もう……、皆いじわるなんだから」

「……みんな、ね」



 手は握られたまま、くるりと背中を怜の胸に預けて、また心地の好いリズムに揺れる。



「そのドレス」

「お母様のものなんでしょう?」

「あぁ。懐かしい……よく似合ってるよ」

「……ありがとう」



 そうもストレートに褒められるとやはり嬉しい。

(あぁ、どうしよう。心臓が、息が苦しい。ときめいているんだ、わたし)



「母のドレスとはいえ……胸元が少し開き過ぎでは……?」

「や、やっぱりそう思う?」



 ヒールを履いたアオイよりも背の高い怜を見上げる。

 バチンと、また、ふたり瞳が合わさった。



「でも皆はね、慣れない、だけ、って………怜?」



 合わさった瞳は気付けば逸らされていて、鶯色うぐいすの瞳に映る耳の端が、ほんのり紅色に染まっていた。

 それでもふたりの美しいリズムは崩れない。



「どうしたの……?」

「いや、アオイは少し無防備が過ぎる……その角度で見られるのは私の理性が危ない」

「へ?」



 怜と己の胸元を交互に見て、あぁ角度的にと、そう思った。

 別に裸を見られたわけでもないのに、欲情されると変な気分になる。

 同じく耳の端を染め紡ぐ言葉を失い黙っていると、背中で鼓動を感じた。

 もっと怜に身体を預け、もっと鼓動を感じ取ろうとしたタイミングで、──転調。

 ポーズが変わるタイミング。

(でも、もしかしたら、もしかしなくても、怜も、ときめいてる……?)

 そう考えてしまうと、アオイ自身も余計に心臓が鳴り止まない。



「ほら、あのふたりよ」

「わぁ、本当ねぇ……」

「ね、きれいだわぁ……」


「オーランドのご令嬢は、怜様の瞳の色のジュエリー、怜様のタイはあのご令嬢の瞳の色だわ」

「みて! 怜様の胸にちいさな向日葵! 確かあのご令嬢、お名前がヒューガ・アオイ様だったわよね!」

「ドレスの色もスーツの色も何もかもがぴったり……まるで最初から出会うのが分かっていたかのよう……」


「「「素敵だわぁ~〜……」」」



 夢見がちな乙女達はダンスホールの端でひそひそ。

 これから花が咲く御令嬢方は、狼森家のメイド達によって仕立て上げられた、完璧なドレスコードにいつか自分達もと、物語をまさに今見ているような、そんなロマンスを浮かべ、ふたりを眺めている。


 しかし、見ているのはそんな御令嬢方ばかりではないのだ。

 ここは国の貴族が殆ど集まる舞踏会。

 そう、王族が主催の舞踏会なのだ。




 ───音楽が終わった。

 一度踊ったので、アオイ達はこの舞踏会でもう踊るわけにはいかない。

 するすると、お互い次に待っている相手に手を引かれる。

 目線を残しながら、ふたりは離れてしまった。


 午前零時、

 この時間になると一旦落ち着き、帰る人もぽろぽろ出てくる。

 特に高齢の貴族達は体力的にも帰るのを許される年齢。

 しかし男女問わず人気の若い貴族らは、まだまだ周りが帰らせてはくれない。

 あわよくば何処かの部屋に連れ込んで、身体の関係を結ぼうとする者も居る。



 ──「ねぇ怜様? もっとお飲みになってよぉ」


 ──「ルイ様ぁ、まだわたくしとは踊っていませんわぁ」



 ルイ・ハモンド侯爵が、王子達以外で次に人気の人物だった。

 しかし今回は〈狼森 怜〉が居る。

 狼森家は派閥争いにおいて中立の立場であるから、古株の貴族らは躍起になって怜を己のがわに付かそうとするだろう。


 第一王子の陵とハモンド侯爵、ふたりは幼馴染みと言うこともあり、取り巻く女性達もお互い派閥は同じだ。

 当の本人は派閥争いなんかよりも、己を取り合う女の戦争の方に手を焼いているのだが。

 だから怜が現れ、取り巻き女性がほんの少し流れたのでむしろ負担が減ったと喜んでいる。


 因みに、王女のサファイア色の瞳にちなんでその名が付いた〈蒼玉の瞳〉と呼ばれているもうひとつの派閥。

 『王族の血に関係なく、その美しさが重要だ。美こそ他国に誇れるモノだ』と誰が呼び始めたかは分からないが、見た目の美しさが重要とされる派閥だ。

 王妃を筆頭に、美に執着し、美しいモノを何より欲する集まりで、第二王子のレイド然り、レイチェル王女、レベッカ王妃を取り巻く貴族達は、みな見目の美しい方達ばかり。

 この三人の取り巻きとして選ばれるのがひとつのステータスでもある。

 選ばれたということは美しいという証だ。


 そんな中、第二王子のレイドは最近ハモンド侯爵が美形揃いのオーランド出身だと言う女を連れているので、すこし焦りを見せていた。

 自分が一番にならねば母と姉が許さないのだ。

 加えて突如として現れた辺境伯の男を、母も姉も大変気に入っているのが余計それを助長させる。

 しかし母親と姉に意見を述べるほど強くない。


 レイドのそんな気も知ってか知らずか、王妃と王女はこれ程美しい男性を何とかして自分のモノに出来ないかと考えていた。

 なのにオーランドから来たと言う得体の知れない女が、ルイ・ハモンド侯爵も、狼森 怜辺境伯も、皆の視線も、全てかっさらっているではないか。

 しかもあんな地味なドレスで、ダンスも軽やかにこなして、道端に咲く花のような地味な女共の羨望を一気に集めて。

 「美しい、綺麗だ」と持て囃す。

 更にはいずれ自分のモノになろうかと言う怜も、あの得体の知れない女とお似合いだと言う。

 よりによって、自分達が開いた舞踏会で。

 これ程までに侮辱をされた事があるか。

 いや、無い。


 何処の国出身だろうと関係ない。

 何としても怜を王女の婚約者に、それと邪魔な女は直ぐに排除だ。

「まぁ私達のおもちゃになりたいと言うなら、考えなくもないけどぉ?」

 うふふふ、とレイチェル王女とその取り巻き達の気味の悪い声が、小宮殿の一角で響いていた。

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