駆け引き
──「ねぇ、ねぇ、今度はわたくしとぉ」
「いいや、もう十分だろう?」
──「あぁ、わたくし酔っちゃったみたいなのぉ。歩けないわぁ」
「それは大変だ。もう帰った方が良いんじゃないのかい?」
ジリジリ詰め寄る女性達に、怜とルイはいい加減ウンザリ。
何とかして撒けないだろうかと後ろに下がりながらタイミングを図っていたその時──、ドスンと両者誰かにぶつかった。
振り返ればまるで鏡合わせのような二人。
「これはこれは、」
「やぁ、君もかい?」
互いにひとりの女性を取り合っているのは分かっている。
「おや? そう言えばエスコートしていた女性は? 放ったらかしですか?」
「君こそ、アオイとまるでドレスを合わせてきたみたいじゃないかい?」
──「怜さまぁ?」「ルイ様ぁ!」
「合わせてきただなんて……、たまたまお似合いだっただけですよ」
「たまたま? それにしては随分と親しげにダンスを踊っていたけれど?」
── 「飲みましょうよぉ!」「お部屋でお話でもぉ」
互いににこにこと牽制し合って、胸をぐいぐい押し付けてくる女性達を息良く、するりと抜けた。
「ふん、」と、これまた互いに息良く鼻を鳴らして、我先にと何処かに居るアオイの元へと急ぐ。
その頃のアオイはというと、「そろそろ帰ります」とルイに言いたくて、ドレスの塊を何個も探し回っていた。
(これは……、違う……じゃああの一際輝いてるドレスの塊?)
ちらりと覗くと中心には銀の美しい髪の女性、王女だ。
アオイの姿に気付いたらしく「あらぁ?」と見た目通りの美しい声。
コツコツとヒールを鳴らして近付いてくるので、礼をした。
「あなたオーランドの子でしょう? 遠いところからよく来てくれたわね、楽しんでるかしら?」
「はい、私には勿体無いぐらい贅沢過ぎる舞踏会です」
「まぁ、正直なこと」
「本当ですわねレイチェル様」
「だってそんなドレスなんですものね」
「嫌だわ
「うふふ! えぇそうですわね! よくお似合いだわ!」
「有難うございます、このドレス素敵ですよね」
「……ふんっ、馬鹿な子って嫌いだわ」
「全くですわね」
「あぁ嫌だ、うつってしまいますわ」
一体何がうつるのか。
今のたった二言で何か馬鹿なことを言ったのか。
会話はもう終わっているのだろうか。
終わっているのなら、もう行っても良いのか?
そう考えていたとき、話を振られた。
「あら? そう言えばルイ様とはもうお別れになったのかしら? 姿が見えないけれど」
「あ、今探している最中でして、」
「まぁ! ルイ様ったら連れてきて放ったらかしだなんて! うふふふ!」
「あ、いや、そうでは、」
「きゃははは! いやだ、目立たないからだわぁ!」
「えぇ、レイチェル様とは輝きが大違いですものねぇ! きゃはは……!」
「ほんとうに……! だって怜様とダンスしてらしたときだって! ねぇ?」
「あぁ、そうだわぁ、生意気にもあの方と踊って……!」
きゃはは、と扇子で口を覆っても響く笑い声。
何がそんなに面白いのかと思いつつも「はは、は……」と取り敢えず笑ってみたが、それにピクリと反応したレイチェル王女は合図の如くパチンと扇子を閉じた。
合図を受けた取り巻き達は、ニタニタと笑う口元を扇子で覆い隠す。
「貴女、ハモンド侯爵にエスコートされて怜様と踊ってヒロイン気分かも知れないけれど、唯の
「くふっ……!」
「うふっ、ふふふ……!」
(くすみ……?)
確かに怜とダンスしている時はまるでヒロインのようだった。
しかし、それとくすみには何の関係があるのだろうか?
「きゃはっ! いやだわぁ、レイチェル様ったら……!」
「くすみだなんて!」
「あら、だって本当の事じゃない? 怜様のく・す・み」
「きゃははは! 金色の髪も、エメラルドの瞳も、横に並ぶのはレイチェル様みたいな輝きじゃないとねぇ!?」
「えぇそうよぉ! 銀の髪に、サファイアの瞳! それに引き換えアオイ様は……、ねぇ?」
「えぇ、ほんとう」
「うふふふ!」
(あ……、そう、そういう意味……いま私、侮辱されてるんだ)
確かに、怜に比べたらアオイの髪は濃い蜂蜜色、瞳は鶯色だし、くすんでいる。
(くすみ、かぁ……)
「それにしては、宝石は上等なものを付けているのね?」
「えぇ、そうですわよね。私も思っておりましたわ」
「くすみが宝石にまでうつってしまいますわよぉ?」
「そうよぉ。レイチェル様の方がずっとお似合いだわ」
「ねぇ、ちょっと。貴女。それ、
扇子でイヤリングとネックレスを指して、「ほら」と急かす。
しかしこれは怜の母の大事な物だ。
渡すわけにはいかない。
「や、これは、」
「なあに? 聞こえないわ」
「まさか拒否なさるおつもり?」
「まさかぁ。だってレイチェル王女様だもの。ねぇ?」
「それに似合う人に付けてもらった方が宝石も喜ぶわよ」
「いや、でもこれは、」
「はぁ?
「ほら早くぅ」「何なさってるの?」「男爵家如きが」「美形揃いの国って言ってもレイチェル様には敵わないくせに」「生意気だわ」「言うこと聞きなさいよ」「本当に頭が悪いわねぇ」「早く渡しなさいよ」「ほら早く」
「ほら──!」
「全く探したぞ」
「あぁ、ここに居たのかい」
「また貴方ですか?」
「それは此方の台詞だな」
「っ……、あら怜様にルイ様まで、何か用かしら?」
捲し立てていた女達は何も無かったかのようにスンと振る舞うも、王女の取り巻きは色香の激しい男性二人に、「あぁすてき」「はぁ一晩でいいから」「どんな風かしら」と抑えきれぬ甘い吐息を溢しながら想像している。
王女はそんな取り巻きに呆れた溜息を付いて、顔の良い二人の男の視線がアオイに向けられていることに更に苛立った。
アオイのほっと安心した顔と、揃いも揃って「「この方に用が……」」と言うものだから、もう我慢ならない。
(えぇい、このクソ女。何故わたくしより目立っているのかしら……! 地味で男爵家のクセして、この二人も何でクソ女に構うのかしら!?)
「怜様?? もうお帰りに?」
「え、えぇ、そろそろ、」
ルイなんかあんたにあげるわと、横目でアオイを睨み付け、怜にすり寄って胸を押し付けながら、甘えた声で言う。
「ねぇ? 最後に
「え、しかし王女様とはもう……、」
「いいじゃない、ねぇ、良いでしょう?」
「しかし二度目は、」
「私からのお願いよ? 聞いて下さらないの? ただ怜様とダンスがしたいだけなのよ……、最後に、ね?」
「まぁ、ただ、踊るだけでしたら……」
「うふふ、ありがとう」
「アオイ、私達も、もう行こう」
「え、えぇ……」
にんまりとアオイに視線を残すレイチェル。
ルイは慣れたようにアオイの腰に手を回し、怜に誇ったように笑って、ふたり歩き出す。
それぞれ同性同士で牽制しあい、舞踏会は終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます