花道は美しい人の為に
妖精の森、結界前───。
「本当に大丈夫なのだろうな?」
「大丈夫だって~、私が付いてるし」
「どきどきしますね……」
海の妖精に会うべく、怜とアオイとそれから護衛にポニーテールが目印のハナ。
三人は狼森家領地から妖精の森を抜けたその先の浜辺に向かっている。
結界の端を辿りながら遠回りすると目的の浜辺まで三日掛かるが、この森を抜けると三時間程で着くのだ。
けれどいくらこの森を抜けた方が早いと言っても自らこの道を選ぶ者は居ないだろう。
近道をしようとこの森に入っていった人物は、誰一人として無事に帰ってこなかったのだから。
もし運良く森を出れたとしても10年後か、20年後か、もしくはもう二度と帰ってこないか。
蒼松国では〈神隠し〉と呼んでいたが、実際は時間の流れが違うだけだったようだ。
「ん……? と言うことは、私達はこの森に入ってしまうと外の世界と時間の流れが変わるのでは……」
「あー、若干ね。端の端だからそんなに影響はないよ。走って抜ければ大丈夫!」
「は、走って……」
そりゃあ走れば幾分かは早く着くだろうがと苦笑いする怜とハナ。
因みに何故端だと時間の影響が少ないのかと言うと、アオイ曰く、世界樹の真上には〈時の女神〉が棲んでいて、樹に近いほど時間の流れがおかしくなるらしい。
そもそも妖精の森を囲む結界は時間の流れが変わらないようにする為で、結界内部に位置するラモーナは世界樹からも近く、時間の影響はかなり受けているとの事。
納得するしか無いのだが、このままだと世界の
世界はまだまだ広いらしい。
「然程影響を受けないのならアオイが居なくとも普通に森を通り抜けられるのでは? 真っ直ぐ行けば海なのだから」
「んー、どうだろう。時間の影響は受けないって言ってもね、一応妖精達の領域だし……。道を隠したり遠回りさせたり、悪戯はされるんじゃないかな?」
「そんなぁ、何もしてないのに! あんまりです……」
「妖精も自分達のテリトリーを穢れさせたくないでしょう? だからきっと心の汚れたものに悪戯するんだよ。勿論好かれることもあるけどね!」
自分達は大丈夫だろうかと不安そうな二人に、「だから大丈夫だって~、ホラもう行こうよ~、待ちきれないんだから~!」と急かすアオイ。
しかし怜は聞き逃さなかった。
ボソリと「ま、大丈夫って言っても心が相当に汚れてなければね~」と言ったことを。
(こちとら心が醜いから呪いをかけられた身だぞ!? 恐ろしいことを呟くんじゃない……!)
「ホラホラ~!」と煽ってくるアオイを見て、二人揃って息を整え、一歩、その森に踏み入れた。
辺りを見回すが、いたって普通の森だ。
そもそも結界と言っても、ただ木の杭が刺さっていたり、木の実や花が並んでいたり、何かしらの境界があるだけなので森自体は結界の外からでも十分に伺える。
怜達も見回りの度に何度か眺めたことはあるが、特になんの変哲もない普通の森だ。と、一歩入るまではそう思っていた。
「ん……?」
「なんか、キラキラしてますねぇ……」
「見える?」
空気中、木の表面、草や花、キラキラと粉なのか光なのか。
そして、白く、ふわふわで、くりくりの瞳が付いた、生き物らしき物体。
「妖精だよ! 下級妖精、生まれたての妖精達」
「これが……」
「何だか可愛い!」
初めて目にしたその下級妖精達は空気中にふよふよ漂いながら、怜達を観察しているようだ。
こちらも暫く観察していると、下級妖精とはまた違うもの達が居ることに気が付いた。
それは下級妖精から何十年か経つと成長する中級妖精で、下級妖精に耳や手足が生え、毛並みや柄の違いがあったり尻尾があったり、まるで動物だ。
中には人らしき形をしたのも居て、話しは出来るが会話が出来るとは限らないらしい。
「アオイだ~」
「アオイ~?」
「だれかしらないけどすき~」
「アオイはいいこだよ~」
「うん、いいこすき~」
「おはよ~、知らない妖精さん達もはじめまして宜しく~」
やはりラモーナの姫、妖精界隈では有名なのだろうか。
妖精達がどんどんとアオイの元へ集まり、すっかり埋もれて姿が見えなくなった。
アオイが乗っている馬の〈ヤマシタ〉も妖精が見えているのか、少々困っている様子。
因みにヤマシタはアオイが賊に連れ去られた際、一緒に帰ってきた足腰の強い馬だ。
名前は、お馬鹿なハヤテが決めたものがアオイに採用された。
「うわぁ〜可愛い……!」と、ハナが声を上げるので見ると、アオイに
どうやら猫好きらしく、確かに思い出してみれば柴犬だったときも迷い猫とよく戯れていた。
「このひとかわいいっていった~」
「かわいい?」
「ぼくたちかわいい?」
「かわいいっていってくれるこのひとすき~」
ハナの『好き』だという感情と言葉に気付いてか、猫っぽい妖精達がハナに集まりだした。
(ちょっと待て……そう二人とも好かれると不安になるのだが……)
妖精達に未だ見向きもされない怜だが、そんな不安も束の間。
「このひといけめん!」
「ほんとう! いけめん!」
「かっこいい~」
「は?」
「すき~」
「いけめんすき~」
姿カタチ問わず、怜に近寄っていくのは明らかに
まさかここでも顔とは。
わんさかと怜の周りに集まるのはメスばかり。
顔面で結界内でも好かれるとは、流石に怜自身も驚いた。
いやそれよりも己の心が然程汚れていなかったことに安堵するべきか。
「あ~、よかったぁ~! 私の大事な人が気に入られなかったらどうしようかと思っちゃった!」
「なに?」
「えっ!?」
「だいじなひと~?」
「アオイのだいじなひとなの~?」
(全く、妖精達よ。恥ずかしいから二度も言わそうとするんじゃない)
すかした表情で無関心を装うも、「でも聞きたい!」と言わんばかりの感情はイケメンにまとわりつく妖精達にはお見通しのようだ。
「なんかうれしそうだね」
「ね、うれしそう」
「いけめんうれしそう」
そんな怜達の期待など知る由もなく、「うんそうだよ。二人とも私の大事な人なの! お家に住まわせてくれるし食事も出してくれるし、とっても親切なの!」と埋もれ声。
どうやら怜とハナやその他狼森家含め、大事レベルは皆同等らしい。
「そうなんだ~!」
「しんせついいこと~!」
(その邸の主は私なんだがな!?)と心の中で反抗するが、虚しいので止めた。
アオイが己の恋心に気付くのはまだまだ先が長そうだ。
「なんかいけめんがしょっくうけてるね」
「ね、なんでだろうね」
「でもいけめん」
「全く。アオイ、そろそろ行かないと時間が過ぎてしまうぞ」
「あぁそうだった! 一刻も早く犬に戻さないと! 私のもふもふ!!」
(うむ。人間に戻ったのであって、私は決して犬が元の姿じゃないからな?)
呆れる怜なんて露知らず、アオイは動物の様にブルブルとまとわりつく妖精達を払うと、「妖精さん達! かくかくしかじかで反対側の浜辺に出たいの! 案内してくれない?」とその払った妖精達に道案内を頼んだ。
「かくかくしかじか分かんないけどいいよ~」
「しかがかく~? 分かんないけど道作るね~」
なんて、アオイの指示どおりに動き出す妖精達。
(それでいいのか? 分からないのに道を作るのか? アオイもちゃんと説明してやればどうなんだ……!?)
まだ一歩森に足を踏み入れただけなのだが、自由過ぎるアオイと愉快な仲間達になんだかもう疲れてしまった。
一方、アオイの言葉に「ちょっと待ってて~!」と妖精達はそれぞれ散っていく。
何をするのかと二人構えていれば、ズズズ、ザザザ──と地面を揺らす音と共に木々は綺麗に整列しながら避けていき、転がっていた石達はトランプを
そんな光景に「ありがとう!」と笑顔でお礼を言うアオイは、少しも驚いていない。
アオイにとっては日常茶飯事なのだろうが、二人にはただただ驚くしかない光景だ。
「本当に現実とは思えないな……夢でも見ているのか……?」
「夢じゃない夢じゃない! あとは真っ直ぐ進むだけね!」
「まって~!」
「まださいごの仕上げがあるの~!」
イケメンにまとわりついていた妖精達はそう言って三人を引き止めると、端に避けた木々の樹皮は次第につるつると変化し、ドームを作るかの如く枝が伸び、そして美しい桃色の花が枝を彩っていく。
「この木は……」
「ひゃくじつこ~!」
「フローラが言ってた~!」
「いけめんが大事にしてるやつ~!」
「いけめんには花が似合う~!」
「わぁ素敵ですね!」
「きれい! 怜は花の妖精に好かれてるんだね!」
「そう、なのか……?」
「花の妖精は綺麗なものが好きだからね」
それをどういう感情で捉えて良いのか分からない怜だが、好かれているのは悪くない。
この木は怜にとって大事な木だから、それが単純に嬉しくて、口元がつい
「美しい最後の仕上げだな。……ありがとう」
「うん!」
「よろこんでくれた~!」
そして三人は妖精の作った花道を、花弁を舞い上がらせながら真っ直ぐ、真っ直ぐ進んで行くのだった。
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