忘れていませんか。ただの犬好きですよ。
「失礼致します旦那様」
「ん……あぁ、もうそんな時間か……」
夕方になるとまた散歩ついでの見回りの時間。
コニーが時間を知らせに来た。
「あのう……お昼からアオイ様の姿が見えないのです……。もしやまた、出て行かれたのでしょうか……」
不安気な表情を浮かべるコニーに、ゆっくりと首を振り「アオイなら此処に」と、尻尾をぱたりと動かした。
ふわふわもふもふな尻尾を布団代わりにし、スヤスヤと寝息をたてるアオイの姿。
「まぁ……! あぁ良かった……最後の希望の光にまで見放されたかと……。ふふ、こんなにも安心して、旦那様の傍で……」
「ふん……そうだな……」
──「ん、んん」
「起きたか?」
「あら、じゃあ、私は姿を消すといたしましょう」
「おい!」
「だって坊っちゃんの愛の手助けは必要無さそうですもの。ね?」
「その呼び方はやめろ……!」
「ふふ、」
そう言葉を残しご機嫌に去っていくコニー。
思えば長い時の中、皆を巻き込んで元の姿に戻る為、何度コニーに、いや、この邸の皆に手助けされ教えられたか。
だがそれも叶わぬまま、もうすぐ100年が経とうとしている。
その長い年月の間、怜はどれ程後悔し、どれ程惨めになり、散々自分を見つめ直して、心を入れ換えたか。
──最初の10年は、ただただ苛ついていた。
美しかった自分の顔が、鏡に映らない。
何故、自分がこんな目に。
だが呪いが解ければ元の美しい顔だ。
大丈夫、呪いなんてすぐに解ける。
女なら幾らでも居るのだから。
しかし、この姿ではもう遅かった。
『ならば、皆が想像する通りの獣なろう』
そう思った。
恐ろしく、獰猛で、血も涙もないような、冷酷な獣に。
それならば、満足するだろう。
なのにどうして。
お前達の望み通りの獣を演じてやってるのに。
何故怯える?
何故そんな目で見る?
何故、殺そうとする?
同じ国の民なのに。
隣国からお前達を守っているのに。
何故、誰も信じてくれない。
なら今までの自分は何だ。
今までだってお前達の望み通りに、全てを揃えてきたのに。
何一つ、不足のない、完璧な男。
『私は、何だ?』
(姿が変わっただけなのに……)
──次の10年は何もしなかった。
ただ、待っていた。
誰かが来るのを。
30年目、やっと、皆と協力するようになった。
そして、辺境伯である父が死んだ。
40年目からは自分のするべき事を理解した。
辺境伯として、国境を護る事。
領主として、民を守る事。
50年目からは早かった。
やるべき事をやって、皆と協力している内に、年月だけが流れていた。
けど、やはり、何処かで、誰かが呪いを解いてくれるのではないかと、期待していた。
そして、70年目からは、諦めた。
諦めて、獣のまま生きる事を受け入れた。
しかし99年目、アオイが現れた──。
諦め、受け入れたのに、
もう期待してはいけないと、決めたのに………
「んんー……」
「おい、アオイ」
「わぁー……かわいーねぇ〜……」
「可愛くはない、せめて凛々しいと言え」
「凛々しくもあるが可愛いが勝るねぇ、もふもふだねぇ」
「寝惚けているな?」
「そんなこと……」
またこくりこくりと落ちていくアオイに、泣きたくなるほどの愛しさが芽生える。
何故、こんな獣に、無防備に、こんなにも、安心していられるのだろう。
何故、こんなにも幸せそうに眠れるのか。
普通の人間ならば恐れるであろう。
〈それはアオイがただの犬好きだからである〉
という事をすっかり忘れている怜だった。
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