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 真っ赤に焼けた鉄に、僕はハンマーを振り下ろす。

 舞い散る火花に、炉に宿った火の精霊がはしゃいだように一際強く燃え盛る。

 熱気が立ち込める鍛冶場での僕の作業を、少しだけ離れた邪魔にならない位置から、グヴォードを含めた数人のドワーフが見守っていた。

 鉄とハンマーが奏でる音に、ドワーフの誰かが感嘆の息を漏らす。


 今、僕が鍛えているのは、ヨソギ流で振るう直刀。

 そう、西部の地でヨソギ流を振るうのは恐らく僕とウィンだけで、僕にはもう自前の魔剣があるから、この直刀はウィンの為に打っている。

 あぁ、いや、正確にはまだその試作の段階だが。


 ちなみにウィンが獣人に与えて、彼らが好んで使う武器は短槍らしい。

 獣人達が駆ける邪魔にならぬ長さの短槍を、彼らは牙と呼び、勢いと膂力で鉄の鎧も穿つんだとか。



 ……西部の状況が見えてくれば見えてくるほど、ウィンが自分の手で聖教主を討つと言ってる意味が分かって来る。


 先日、僕が推察した通り、連合軍の中でも人間に対する考え方は一つではなく、種族ごとにバラバラに分かれてる。

 例えばドワーフの場合は、戦争がひと段落して人間との和解がなれば、そちらとも交易をして酒や食料を得たいと考えているだろう。

 しかし真逆に、人間を徹底的に、可能ならば根絶やしにしてしまうまで戦い続けたいと思う程に恨み、憎んでる種族が二つあった。

 それは、一つは人間に特に狙われて被害も大きいエルフで、もう一つは長く人間と戦い続けた、血を流して来た獣人だ。


 但しエルフの場合は、人間に捕らわれた同胞や、占領された大きな森が全て解放されたなら、一応は矛を収める筈。

 というのもエルフは然程に好戦的な種族ではないし、また単体で人間と戦い続けられる程の力を持っていない。

 寿命が長いエルフは、その分だけ子を産み育てるまでの時間も長く、人間のようにすぐには数が増えないから。

 どこまでも戦い続けられるかと言えば、決してそうじゃなかった。


 もちろんそれは、僕が全面的に協力しない限りは、の話だけれど。

 仮に僕が聖教主を討った場合、エルフは勢い付いて西部の人間を根絶やしにする事を主張しかねないくらいの恨みはある。

 連合軍に参加してるエルフの代表者、カルテッサは理性的な性格だったが、他のエルフも全て同じかと言えば、決してそうではない筈だから。

 ウィンはそれも警戒しているのだろう。


 けれどもより問題なのは、エルフではなく獣人だった。

 何故なら獣人は連合軍の中核を成す勢力であり、仮に今この瞬間に連合軍が解散しても、既にドワーフ製の武器を手にした彼らならば、単独で戦う事も一応は可能なのだ。

 当然ながらその場合、勝利は非常に難しくなるが、この先の戦いで人間側の力が大きく削がれれば、それ以降は獣人だけでも十分に戦えてしまう。


 つまり獣人には、憎しみを抑える理由がない。

 元々獣人は、有角族はともかくとしても、有牙族は強さを貴ぶ好戦的な種族だ。

 だが西部は広く人間は多く、獣人が憎しみのままに戦い続ければ、双方に大きな被害が出続ける。

 憎しみがより強い憎しみを呼び、戦いは泥沼化していく。

 数百年という人間からの迫害の歴史以上に、長い戦いの歴史が続くかもしれなかった。


 だからこそウィンは聖教主を自分の手で討ち、獣人に強さを示したいと考えている。

 虎の氏族もまた好戦的な有牙族ではあるけれど、長くウィンと接してきた彼らは、その強さを認めて考え方を受け入れ、全面的に協力しているらしい。

 獣人は強さを貴び好戦的だが、それ故に力を示せば考え方にも敬意を示す。

 戦いを終わらせたいと思うなら、誰もが認めざる得ないような力を示し、獣人を従わせる事がどうしても必要なのだ。


 その為にウィンと虎の氏族等は、自分達の犠牲を問わずに聖教主に接近して複数人で抑え込み、口腔内に例の麻痺毒を塗った短剣を突き刺そうと計画していた。

 彼らには、他に邪仙に通じる攻撃手段がないから、それがどんなに無茶な方法であっても、それに賭けるしかないと考えている。


 でも僕は、そんな分の悪い賭けでウィンを失いたくはないし、彼に更に仲間を失わせたくもない。

 ウィンが既に沢山傷付いてる事くらい聞かずとも僕は察せられるから。

 折角、僕は遥々と西部までやって来たのだ。

 彼に聖教主を倒す手段という、希望の一つくらいは与えて見せよう。



 剣に魔術の術式、紋様を刻んでいく。

 今、僕が打ってる剣は、魔剣。

 そう、ウィンに吸血鬼を倒させる為の手段として僕が思い付いたのは、やはり魔剣だった。


 彼に魔術の才はない。

 それは当然、僕にだってわかってる。

 だけどウィンは、その代わりにミスリルの腕輪を持っているから、魔力を発生させる方法は存在するのだ。

 実に滅茶苦茶な方法ではあるけれど、それしかないと、僕は思う。


 ミスリルの腕輪に黄金竜の鱗を擦り付けると、大きな力が発生する。

 黄金竜が発していたのと同じ、強大な竜の力が。

 そしてその、ほんの一部は、魔力としても使用が可能だ。


 いや、正確に言えば、黄金竜の発する力の一部が魔力だって話になるのだろうか。

 これは自然の力も同じで、自然の力の中にも魔力は含まれる。

 その影響で自然の力が濃い場所では、魔物だって発生し易い。


 つまり僕が黄金竜の鱗をウィンに貸し与えたなら、彼は魔剣を発動させて、邪仙を切り裂く事ができる筈だった。

 発生した力の大半は霧散するし、制御されてる訳でもない魔力で魔道具を発動させるという、リスクの高い方法にはなるけれども……。


 だがこれ以外には、もうそれこそドワーフの国へ行き、ミスリルを使ってヨソギ流の直刀を鍛えるくらいしか方法が思い付かなかった。

 当然ながらミスリルはドワーフにとって非常に特別な金属だから、簡単に使わせてくれる筈がない。

 だからこそ僕やウィンの持つミスリルの腕輪は、事情を知らぬドワーフが見ても、同胞の証だと伝わるのだから。

 もし仮にドワーフがそれを許してくれたとしても、今から彼らの国へ行き、ミスリルで剣を鍛えて戻って来るだけの時間は、どう考えても足りないし。


 しかし、それにしても、まさか魔剣が邪仙を倒す為の希望になると知ったら、カウシュマンもさぞや驚いた事だろう。

 そう考えると、僕はとても楽しくなってきた。

 本人の物ではない、発生した魔力を流し込む為に、柄には妖精銀を導線として仕込む。

 残念ながらクラウースラでは妖精銀は手に入らなかったから、僕の魔剣の鞘からそれを取り出して。


 魔剣の一本で確実に邪仙に勝てるかどうかはわからない。

 でも攻撃が通じれば、少しでも勝機が見えてくる。

 後はその勝機を、僕が手伝って確実な物とすれば良いのだ。

 直接、僕が聖教主を討つのが拙くても、手伝うくらいは許される筈だし。


 もちろんこれは全て相手が仙人の成り損ないである邪仙であったらの話で、仮に本物の仙人が出て来たら、他の誰かと一緒に戦って止めを刺させる余裕なんて、欠片もないだろうけれども。


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