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山羊の氏族は各地に幾つもの集落、旅の中継地を抱えて物資を集積し、他の氏族の集落と交易をおこなう。
輸送手段は飼い慣らした馬や牛、驢馬や山羊等の家畜の背に荷を積んで。
まるで山羊の氏族は、人間の社会で言うところの巨大な商会のような存在だった。
但し山羊の氏族自身は、家畜の手綱を引くだけで、その背に乗ったりはしないのだとか。
何故なら山羊の氏族は、名前の通りに山羊を祖霊としているし、牛を祖霊とする有角族だっているのだから。
山羊の氏族がそうするように労働力が必要で、荷を運ぶ事に利用するのは仕方ない。
黒熊の氏族がそうしていたように、喰う為に狩るのも構わない。
だけど獣人が祖霊とする獣の背に跨る事は、礼を失した行為になるそうだ。
僕はこの、獣人の祖霊に対する考え方の基準が未だに良くわからないのだけれど、まぁ彼らなりの何かがあるのだろう。
中継地から中継地へと、僕は山羊の氏族と共に旅をする。
彼らには彼らの交易があるから、共に旅をする顔は中継地の度に変わるけれど、それでも山羊の氏族は皆が僕に親切だった。
一応、僕は獣人ではないから、馬でも驢馬でも牛でも山羊であっても、別に乗ってしまっても構わないらしい。
けれども僕は、獣人の流儀に合わせて、共に徒歩で道を歩く。
だって世話になる一方の僕が、彼らと合わせられるのは、歩調くらいしかなかったから。
険しい荒野の旅は決して安穏としたものではなかったけれど、僕はこれまでにも、もっと厳しく険しい場所を何度も通り抜けて来た。
ましてや今は親切な案内人まで付いてるのだから、荒野の環境は障害にならない。
歩いて、歩いて歩いて数ヵ月。
僕はクラウースラという名の町に辿り着く。
ここは連合軍が比較的早期に攻め落とした人間の大きな町で、今では連合軍の本拠地として利用されてる。
最前線ではないけれど、前線で何かあった時に即応が可能な位置なので、何かと都合がよいのだろう。
元は人間の町ではあったけれど、今のクラウースラに人間の姿は一人としていなかった。
山羊の氏族曰く、基本的に連合軍が支配した町には、人間は誰もいないそうだ。
尤もそれは、別に連合軍が人間を皆殺しにしたという訳ではなくて、人間が勝手に逃げ出したからなんだとか。
町を占拠されそうになった人間は、自分達がこれまで他の種族にしてきた事を、そのままやり返されると考えて、それを恐れて逃げたらしい。
あぁ、でも、うん、それは当たり前の判断だ。
勝者である時に自分達がしてきた事は、敗者となればやり返される。
その危険性はあって当然なのだから。
複数の種族が集まった連合軍では、恐らく人間の民間人への対処の統一は困難だろう。
恨みが深く、人間なんて皆殺しにしたいと考える種族もいれば、ある程度のところで戦いを収めるべきだと考える種族もいる筈だ。
実際、数の多い人間を皆殺しにするまで戦い続けるなんて事は難しいし、それ程の虐殺が起きれば西中央部や、或いは東中央部の人間だってそれを脅威に思う可能性は高かった。
ただ深い恨みを抱えた種族がその理屈で感情を抑え切れるかといえば、それは決して簡単ではない。
だから今の段階では、占拠しかかった、占拠した町から人間が速やかに逃げ出すのは、それが双方の為だった。
でも人間の姿はないけれど、クラウースラに集まった人の数は多い。
僕は山羊の氏族に連れられて、真っ直ぐに町の中央、連合軍の司令部を目指す。
道中、幾つもの視線が僕に刺さる。
顔を見て驚愕に目を見開くのは、僕がハイエルフだと気付いたエルフ。
そのまま平伏してしまうエルフを、だけど今は構わない。
一人や二人じゃない数のエルフに、言って聞かせる時間が、今は惜しいから。
平伏したエルフを見て不思議そうな顔をしてるのは、獣人達。
ドワーフは僕の顔じゃなく、腕に嵌めたミスリルの腕輪を見て、感心した風に頷いた。
……多分、彼に驚いた様子がなかったのは、僕よりも先に、別の誰かがミスリルの腕輪を身に付けているところを、既に見ているからだろう。
つまり連合軍にドワーフが参加してるのは、僕と同じくミスリルの腕輪を、ドワーフに同胞として認められた証を持つウィンが、働き掛けたからに違いない。
他にも一見すると子供にしか見えないのは東部の草原にも住んでいたハーフリングだ。
……あそこにいる下半身が馬の彼らは、獣人の一種なのか、それともケンタウロスなのだろうか?
それどころかあちらには、ケンタウロスよりも更に奇妙な、蜘蛛の下半身を持つアラクネや、触覚と複眼、甲殻のように硬そうな身体の、蟻人がいる。
いずれにしても多様な種族がクラウースラには集まっていて、何とも興味を惹かれてしまう。
だけど今は、それでもウィンに会うのが最優先だから。
僕は立ち止まらずに連合軍の司令部に行き、獣人の兵士に身元を何度も確認されて、その奥へと通される。
そして僕は、その奥の部屋で僕を待ってたウィンと出会う。
もう見た目だけなら、僕よりも年上に見えるようになってしまった、彼に。
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