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 長く旅をしていると、追い剥ぎや盗賊といったならず者の類に出くわす事もある。

 精霊の助けを得られる僕は、その手の感知能力が高いから、厄介事の多くは事前に察知して避けられるけれど、それでも賊に襲われた経験は皆無じゃない。


 だけどまさか……、

「行商人まで襲ってくるなんて、西部はホント物騒だなぁ」

 ごくごく普通の行商人が、道を聞いただけで護衛と一緒に襲ってくるなんて思わなかった。

 各地を旅する行商人というのは、リスクとリターンの計算ができなきゃ生きていけない、もう少し賢い人種の筈なんだけれど……。


「お前っ、亜人が人間にこんな事をして、どうなるかわかってるんだろうな!?」

 首から下が地面に埋まっても悪態を吐き続けるその商人の顔に、あまり知性は感じられない。

 あぁ、いや、この状況では、どんな賢人だってあまり頭が良さそうには見えない気もする。


 しかし、亜人。亜人か。

 どうにも肥大化した人間のエゴを感じさせる言葉だった。


 僕は怒鳴り続ける商人には取り合わず、彼と同じように地面に埋まった二人の護衛を見る。

 護衛達も僕を忌々し気に睨んではいるが、彼らは仮にも戦いを生業にしているだけあって、自分達が完全に敗北した事を理解してる様子。

 商人に比べればまだしも話になりそうだ。


「僕はこの辺りの事が知りたいだけだから、素直に教えてくれたら解放するよ」

 努めて優しくそう言えば、護衛達は少し考えこむ。

 まぁこれで拒絶されるのならば、幾ら言葉を重ねても単に時間を無駄にするだけである。

 僕がこの場を去った後、彼らを見付けるのが他の人間か、それとも獣や魔物かで、その後の運命が決まるだろう。

 とは言えそんな博打に、馬車を牽いていた馬達まで巻き込まれてしまうのは忍びないから、僕が乗って連れて行くけれども。


「亜人の言う事なんて信じられるか。聞くだけ聞いたらこのまま放置する心算だろう。何か聞きたいなら、先に俺達をここから出せ」

 けれども幸いにも護衛達は僕と話す心算が一応はあるようで、どうやら馬の心配はせずに済むらしい。

 僕が頷いて二度手を叩けば、地面がプッと二人を吐き出す。


 護衛達は即座に解放された事が信じ難いのか、目を丸くして僕を見ているけれど、その目に猜疑の色は浮かんでいるが、害意はもうなかった。

 彼らにも、再び襲い掛かったところで、僕がどうともできるからこそ、こんなにも気軽に解放されたのだと、既にわかっているのだろう。

 ただ商人は未だに何やら喚いているが、こちらは別に出す必要はない。

 護衛達が助けたければ、僕への話を終えた後で、彼ら自身が穴を掘って助ければいいだけの話だ。


「じゃあ、約束通りに話を聞かせてくれるかな。まず、今、ここは、なんて名前の場所なんだろう?」

 僕の言葉に、二人の護衛は諦めたように、口を開いて語り出す。



 さて、西中央部に居た頃に集めた西部の情報と、護衛達の話を聞けば、朧気ながらに僕にもこの辺りの地理が理解できた。

 まず西部で最大の国家は、ミズンズ連邦。

 最初期にクォーラム教に帰依したという十一の国が州となり、ある程度の独立性は維持したままで、連邦政府によって統括される巨大国家だ。

 但し十一の州とは別にクォーラム教の聖地もミズンズ連邦の中にあり、実質的にミズンズ連邦を支配しているのは恐らくクォーラム教だろう。


 ミズンズ連邦のそれぞれの州は、元々の王家から選ばれた州王が統治をしているそうだけれど、彼らは若返りの霊薬の効果によって若々しさを保つ。

 しかしながらその在位が極端に長いのかといえば、実はそうでもないらしい。

 何故なら最も若返りの霊薬の恩恵を受けられるのは、元々の王家でも州王の地位にいる者だ。

 他の者とて恩恵と無縁ではないけれど、だからこそ最も若返りの霊薬を与えられる州王の地位を狙う者は少なくなかった。


 先達が先に寿命で死なぬなら、その地位を得るには強引な方法を取るより他にない。

 ミズンズ連邦での州王の代替わりは、その多くが流れる血と共に行われるという。


 まぁそんなミズンズ連邦が西部の中央辺りから南部に掛けての広範囲、およそ西部の四分の一程を支配し、更に同程度の範囲を、他の人間国家が支配してる。

 ちなみに今、僕が居るのもその人間国家の勢力圏。

 では残る西部の二分の一に他の種族は暮らすのだけれど、その多くは環境の厳しい北よりの荒野になるそうだ。

 以前はもっと細かく入り混じるようにして暮らしていたそうだが、クォーラム教が西部に広がって以降は、人間以外の種族は北の荒野に逃げねば奴隷にされた。

 故に人間とその他の種族の勢力圏はハッキリとわかたれ、人間の国からやって来る奴隷狩りの軍に、その他の種族が抗う戦いが、以前の西部ではよく見られたんだとか。


 そう、それは以前の西部ではの話だ。

 今では人間以外の種族が力を合わせて連合軍を結成し、何とミズンズ連邦の、クォーラム教の聖地を攻め落としたという。

 但しクォーラム教の指導者、聖教主は討たれずに逃げ延びて、ミズンズ連邦以外の国も兵を出すように呼び掛けている。

 どうやら今の西部は、僕が思っていた以上に激しく、刻一刻と状況が変化しているらしい。


 聖地奪還の軍の編成が終われば、西部の戦いは更に大きく燃え上がるだろう。

 血の流れる量が増えれば増える程、人間も、他の種族も後には引けなくなっていく。

 積み重ねてきた恨みに、人間は自分達が根絶やしにされるんじゃないかと恐れて戦いをやめない。

 その他の種族も、これまでの恨みに加えて、戦いで流した血の分だけ、より多くの報いを求める。


 ……恐らくそうしないように他の種族の連合軍は、その中にいるのだろうウィンは、クォーラム教の聖地を攻め落として人間側の戦意を圧し折りたかったのだ。

 クォーラム教が元凶であるとして、積もった恨みを晴らす先を限定し、流れる血を少しでも減らす為に。

 けれども聖教主が逃げ延びた事で、人間側の戦意を折り切れなかった。


 ウィンは今、何を考え、次にどうする心算なのだろうか。

 僕は彼の意思を確認しに行かなきゃならない。

 たとえ血塗れの道を歩いていても、あの子は、僕の可愛い子だから。

 どんなに大きくなっていても、もしも困ってるならその手を引いてやりたいと、やっぱり僕は思うのだ。

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