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カザリアを更に北に抜けた先は、今はエルフが占拠している国だ。
その名前は、確かイネェルダとかいったらしい。
イネェルダは国土の七割が森に覆われ、驚いた事に以前は人間とエルフの間に交流がある国だったそうだ。
故にジルチアスの港町、トムハンスの領主であるグレンダがそうだったように、この辺りの知識人にはエルフの風習が伝わっている。
だが西中央部に西部の宗教が流行り出し、多くのエルフがイネェルダの大きな森へと逃げ、移り住んでくると話は大きく変わってしまう。
しかしそれはイネェルダの人々が変わったのではなく、周辺で西部の宗教を国教とした国々が、エルフの身柄を求めて攻め込んで来たのだ。
国土の多くが森に覆われたイネェルダは、エルフにとっては住みよい場所だが、人間が繁栄する為の土地は少なく狭い。
森を切り開き、田畑としていれば話は別だったのかもしれないが、エルフと交流のあったイネェルダの人々はその手段を取らなかったらしい。
つまり簡単に言えば、イネェルダは人口が少なく、国力の低い国だった。
周辺の国々からの侵攻に、とても抗い切れない程に。
それでも長くイネェルダが抗えたのは、エルフがその防衛に協力したからだという。
平地を守るイネェルダの兵士と、森に潜んで伏兵となったエルフが連携すれば、森に覆われた国土は天然の要害と化す。
そうして他国の軍を寄せ付けなかったのだ。
だけどそれでもエルフを求める周辺国の侵略は止まらず、長く続く戦いに、元より国力の低いイネェルダは音を上げてしまう。
これ以上は戦えない。
けれども以前からの隣人であるエルフを他国に売り渡す事も選べない。
そう言ってイネェルダに住んでいた人間はエルフと話し合い、周辺国の中でも豊穣神を崇めている国、エルフに敵対しなかった国へと移住した。
自分達が戦いを諦めた後も、身を守る為に戦い続けなければならない、エルフ達の邪魔にならないように。
それから先のエルフ達の戦い方は、以前のような防衛戦ではなくなる。
人間が住まなくなったイネェルダの平野部に敵軍を引き込み、夜襲と奇襲を繰り返してそれを殲滅するようになったという。
イネェルダの国土の詳細な地図を作らせない為にも、徹底的に、敵軍の人間を殺し尽くして。
エルフがイネェルダを占拠しているのは本当だし、イネェルダが滅びたのも事実だが、東中央部で聞いた噂話は正確でないと、グレンダが僕に教えてくれた。
だからこそ彼は、人間とエルフの関係にはまだ改善の余地があると、そう期待していたのだ。
欲望のままに敵対した人間ばかりでなく、共に戦った人間も居たからと。
恐らく東中央部まで届いたのは、エルフが国を占拠したという結果だけ、耳目を集めやすい過激な話のみが噂として伝わったのだろう。
故に西中央部のエルフは全ての人間を敵に見てるって、僕の考えは間違いである。
僕の知らぬこの地でエルフは人間と関わり、確かな絆を築いていたから。
それは僕が予想だにしなかった、凄い事だった。
ただそうであっても、西部の宗教が西中央部で勢力を誇る間は、エルフと人間の関係の改善は、やはりどうにもならない話なのだけれども。
……さて。
イネェルダに踏み込んだ僕が放った先触れの風に、他国の侵略を警戒して見張りをしていたエルフ達が集まって来る。
「まさか、そんな、本当にハイエルフの御方がいらっしゃったなんて……!!」
遠巻きに僕を囲むエルフ達は、皆が膝を突いて頭を垂れ、中には涙を流す者も居た。
僕を取り囲んだエルフは、ざっと数えただけでも三十は越えるだろう。
本隊でもないこの辺りの見張りだけでこの数とは……、本当にこの地には多くのエルフが集まっているらしい。
しかしやっぱりエルフだなぁと、思わず苦笑いが零れた。
以前の僕なら面倒臭いと思ったであろうくらいに、過度な礼だ。
もちろん今でも、そんな風に畏まられたり、ひれ伏されたり、挙句の果てに拝まれたりするのは、煩わしく感じる。
だけど彼らがこの地で重ねた苦労を思えば、また僕がその手の礼を好まないと知らないのだから、今は好きにしたらいいと、そう思う。
でもこのままでは話も進まないから、
「エルフ達よ、僕はエイサー。故郷の深い森では楓の子とも呼ばれたハイエルフ。この地の森の長老達と話をしたい。森に踏み入り、長老と面会する許可を貰えないだろうか」
僕は胸を張り、声に威を込め、エルフ達に呼び掛ける。
このまま長々とひれ伏し、拝まれ続けるよりは、ハイエルフの権威を使ってでも話を先に進めた方が建設的だ。
そうしてぐるりと見回せば、意を決したように一人のエルフが立ち上がり、
「光り輝く御方よ。貴方の来訪を拒む森など存在しません。されど不遜ながらどうかこのレアスめに、集落までの案内をお許しください」
淀みなく言葉を発した。
エルフの年齢は見た目ではわかり辛いが、立ち上がったエルフ、レアスに老成した雰囲気はない。
戦士として戦う若手のエルフの、リーダー格のような存在だろうか?
僕は頷き、彼の元へと歩みより、握手をしようと手を差し出す。
だがレアスは何を勘違いしたのか、僕の手を取り膝を突き、その甲に額を付ける礼を取った。
……あぁ、うん。
あー……、そうくるか。
そうだよね。
何というか、僕が求めたのはそうじゃないのだけれど、実にこう、懐かしい。
ずっと以前、アイレナに初めて会った時、やっぱり握手をしようとして、こんな風にされたっけ。
思わず僕は、今度は苦笑いじゃなく普通に笑ってしまって、その事にレアスは不思議そうな顔をするけれど、促せば立ち上がって案内をしてくれた。
このイネェルダ、エルフが占拠してしまった国で、僕は何をするべきで、何ができるだろうか。
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