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 個人的な考えになるが、この西中央部で人間とエルフの関係が改善する可能性は、薄いと思う。

 

 エルフが去ってから時間が経つと、森から魔物が溢れてくるようになった。

 だから森に戻って欲しいと、エルフに敵対的でない人間がそう思うのは当然である。

 しかしエルフからしてみれば、自分達が森を出ざる得なくしたのが人間なのだ。


 人間が一枚岩でなかろうとなんだろうと、それは人間の問題でしかない。

 エルフからすればそんな事は関係なく、全ての人間を敵として見てる。


 もちろん個々に人間に関わった事があるエルフなら、良い人間も居れば悪い人間も居ると理解はしているだろう。

 だがその良い悪いを見分けている間に同胞が危険に晒されるなら、やはり全ての人間を遠ざけるのが手っ取り早い。

 つまりエルフに、敵対的な人間と、そうでない人間の見分けを求められる筈がなく、もしもそれでも改善を望むのであれば、人間の方からその違いを明確に示す必要があった。


 そう、例えば、今もどこかで囚われたままになってるかもしれないエルフの奴隷を全て森に返し、その奴隷を所有していた人間の骸を森の前に山と積み上げて釈明を行えば、その違いは明確となって理解をされる可能性はある。

 逆に言えば、そのくらいしなければ人間を敵だと思うエルフの考えは変わらない。

 けれどもそれは、……どう考えてもあまり現実的な話ではなかった。

 何故ならそれを成そうと思えば、西部の宗教を国教とする国の全てを滅ぼすくらいはしなければ、囚われたエルフの奴隷の全ては救い出せないだろうから。


 もしも西部の宗教の駆逐が可能なら、西中央部の状況はそもそもこれ程に渾沌としていない。

 故に僕は、西中央部でエルフが元の森に戻って暮らすようになる事は、まずないと思ってる。

 その結論にグレンダはとても残念そうな顔をしたが、でも彼も薄々それは理解していたのだろう。

 僕の話に納得をしたようだった。

 結局、西部の宗教をどうにかせねば、今の状況は変えられないのだと。


 尤も口にはしなかったが、ハイエルフである僕ならば、エルフを元の森で暮らすように説得する事は可能だ。

 但しその場合は、僕が先頭に立って西部の宗教を国教とする国を全て滅ぼし、エルフの安全を確保するくらいの覚悟が必要だろう。

 また小さな森に増えてしまった魔物の駆除もしなければならないから、そうなると僕も西部に行く余裕はなくなる。


 そしてそこまでする程に、僕には西中央部の状況を変えたいと思う積極的な動機はなかった。

 魔物が増え過ぎて国を滅ぼし、或いは西中央部の全体をも飲み込みかねない事態にでもなれば流石に放ってはおけないけれど……、今はそこまでの状況じゃない。

 ならば人間が起こした問題は人間の手で、最大限に解決の努力をすべきである。


 グレンダ曰く、本当に僅かだけれど、解決の可能性はあるそうだ。

 ここ最近、少しずつだが西部の宗教の勢いが弱まっているという。

 それは西部で起きた異変、獣人を中心とした複数の種族の連合体の発生によって、西部の宗教が西中央部に手出しをする余裕がなくなってきたから。

 今はまだ西中央部のパワーバランスが崩れて状況が変わる程ではないけれど、西部の異変が大きくなれば、或いは長引けば、大きな変化が起きる可能性も皆無ではないらしい。



 ……何と言うか、驚きだった。

 西部で種族の連合体ができ、人間の国々を相手に戦っている事は知っていたけれど、まさかそれが西中央部にまで影響するなんて。

 いや、考えてみれば当然なのかもしれないけれど、やっぱりそれは僕にとって盲点だったのだ。


 恐らく、その種族の連合体には、ウィンが関わっている。

 あの子は、一体どこまで大きくなっているのだろう。

 もちろん全てをウィンが成してる訳ではないにしても、この西中央部に対して、力尽くの強引な手段を取らねばどうにもならないだろうと言う僕の判断が覆される可能性が生み出されてるなんて、本当に驚きだった。

 あぁ、もしかすると単なる驚きではなくて、この感情は感動なのかもしれない。


 僕の想像を、あの子が飛び越えた事への、感動。

 ぶるりと身震いをする程の喜び。


 ならば僕も、どうにもならないなんて風には考えず、どうにかなった場合の布石を打っておくべきだ。

 今もきっと西部で精一杯に頑張ってるだろうウィンに恥じぬように。

 胸を張って会う為に。


 グレンダはやはり僕を保護しようと考えていたようだけれど、それは丁重にお断りして、その代わりに手紙を預かる。

 ジルチアスの代表として、西中央部のエルフに向けた親書を。

 それは西中央部の状況が変わった後、人間の問題が人間の手で解決された後、エルフとの対話の糸口を作る為の物だった。

 今は役に立たずとも、何れ役立つ日が来るかもしれない、未来への布石だ。

 僕が届けた親書なら、エルフは決して無碍には扱わない。


 そんな未来は実現しない可能性も高いだろう。

 だけどそれを引き寄せ現実とする為にも、僕は西中央部のエルフ達を訪れ、西部に赴きウィンに会おう。

 そう、僕は今、本当に楽しい。


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