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 ヴィレストリカ共和国から東へ進めば、カーコイム公国へと入る。

 この国は北半分をズィーデンに占拠され、残る国土を守る為にヴィレストリカ共和国の属国とならざる得なかった、いわば前回の争乱の最大の被害者だ。


 ズィーデンは周辺国家に向けた刃を収めたが、それはエルフの脅威、実際には僕のハイエルフとしての力に屈したからで、戦争に負けた訳ではない。

 自分から抜いた刃を収める為に、周辺の大国、ルードリア王国やヴィレストリカ共和国、小国家群の要求を飲んで首脳陣の交代や賠償金の支払いは行われたが、領地を手放しはしなかった。

 既にカーコイム公国の北半分だった土地は、ズィーデンが血を流して手に入れた土地に変わっていたから。

 もちろんそれは、カーコイム公国にとってはふざけるなって話だろうし、到底納得なんてできないだろうけれど、戦に負けるとはそういう事である。


 それに仮の話だが、カーコイム公国が旧領を回復したとして、荒れ果てた地を立て直し、独力で守り抜く力はないだろう。

 立て直しすらヴィレストリカ共和国に頼らねば成せぬなら、カーコイム公国が領土を取り戻す必要なんてない。

 そんな風に大国は判断し、カーコイム公国が旧領を取り戻す事よりも、戦乱を収め、賠償金が手に入る方を選び、納得したのだ。


 どうしようもない話であった。

 領土を失ったのは、攻め込んだズィーデンのせいでもあるが、それを守り切れなかったカーコイム公国のせいでもある。

 領土を回復できないのも、それを叶えるだけの力がないカーコイム公国に責任がある。

 納得できない想いはカーコイム公国に暮らす民の胸の中で燻る火種となるだろう。

 それが何時の日か芽を出し発火するのか、それとも消え去ってしまうのかは、僕にはまだわからない。


 しかしその事はさておいて、ならばさぞやカーコイム公国の民は今も悲惨な暮らしをしているのかといえば、実はそうでもないのだ。

 確かに今はズィーデンとなった北半分は戦場になって荒れ果てている。

 だが南半分は、素早くヴィレストリカ共和国の属国となって保護を受けた為に守られ、残った国土にズィーデンの軍を殆ど踏み込ませなかった。


 また小国家群からズィーデンを介さずルードリア王国へ至る道が、カーコイム公国、ヴィレストリカ共和国、パウロギアを経由するルートに限られた為、残された南半分の国土はむしろ商業に関しては発展したとすら言える。

 属国にはなったが、寧ろ属国になったからこそ、ヴィレストリカ共和国という巨大な資本からの援助を惜しみなく受けられたから。

 僕が歩くカーコイム公国の街道は、行き交う馬車の数も、宿場町の賑わいも、以前よりも増しているように見えた。


 ただ治安に関しては、やはり不安もあるのだろう。

 争いで荒れ果てた地には魔物も増えて、こちらにまで流入してくる。

 戦乱が収まった事で職を失った傭兵や、或いは戦いから逃げたままの脱走兵は、そのまま盗賊へと転じてしまった者も少なくない。

 それらを遠ざけ、追い払う為に、馬に乗った兵の一団が街道を巡回してるのを、僕は何度も見かけた。


 だけどそれも何時までも続く事じゃない。

 ズィーデンは戦争に用いていた兵力を国内の安定、魔物の討伐に向けているそうだし、新たな争乱が起きない限りは、次第に落ち着きを見せ始める筈だ。


 これはエルフのキャラバンからの、アイレナからの手紙で知った事だけれど、ズィーデンの旧首脳陣が戦争を引き起こしたのは、パウロギアがギアティカとなった事に端を発するらしい。

 以前、パウロギアはヴィレストリカ共和国と争い、ルードリア王国はそれを食料の輸出という形で支援していた。

 つまりヴィレストリカ共和国とルードリア王国は睨み合う関係だったという訳だ。


 しかしパウロギアがギアティカに、ヴィレストリカ共和国の属国となると、話は大きく変わる。

 両国が睨み合う理由は、パウロギアの滅亡によって消えてなくなってしまう。

 大国の目が、何時こちらに向いてもおかしくない状況になったと、ズィーデンの旧首脳、正しくはその合併前の、ザインツやジデェールの首脳陣は考えたのだ。

 それ故に両国の合併、ズィーデンへの生まれ変わりは大急ぎで行われ、それだけでは足りぬとダロッテを巻き込んでの争乱へと繋がった。

 大国の力に抗う手段が目の前にあったからこそ、それが多くの血が流れる道であるとわかっていながらも、ズィーデンの旧首脳陣はその道を走る事に固執してしまったらしい。


 僕から見れば、それは実に愚かな考えに思えてしまう。

 でもそれでも、彼らは彼らなりに、自国の未来を想って動いた結果だった。

 それを認める事はできないけれど、僕はその邪魔をしたけれど、そこにあった彼らの想いを、馬鹿にするような真似はしないでおこう。



 カーコイム公国を歩む僕の進路は、真っ直ぐ東ではなく北寄りへ。

 豊穣神の教えを説く教会の本部が存在する国、ラドレニアに向かう道は東に真っ直ぐなのだけれど、僕にはその前に、少し寄り道したい場所がある。

 そう、折角近くまで来たのだから、小国家群の一国、トラヴォイア公国の町、ジャンぺモンには寄って行きたい。

 僕は以前にオディーヌといざこざを起こしてるけれど、小国家群は小国の集まり。

 オディーヌの近くならともかくジャンぺモンにまで、未だに網を張ってるなんて事はないだろう。


 あの町に住むノンナの曾孫、アイナは以前にあった時は、まだ八歳の小さな少女だったけれど、今では大きくなっている筈だ。

 その変化を楽しみに、僕は街道を黙々と歩く。


 刻一刻と、人は子供から大人になり、そして老い、やがては死んでいく。

 国も同じく、それを成す人が変われば、少しずつ姿を変えて行く。


 ハイエルフの長老、サリックスは、深い森の外で得た絆に意味はないと言った。

 短すぎるそれが僕のようなハイエルフに齎すのは、感傷だけだと。

 その言葉に頷く僕も、首を横に振る僕も、どちらもいる。

 それでも僕は、人と触れ合い、絆を得ながら生きて行こう。


 時が残酷に過ぎた後でも、この手に感傷以外の何かが、僅かでも握られていると信じて。

 あぁ、いや、きっと僕の手には、もう幾つもそれが握られていると、知っているから。

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