二十一章 深い森

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 王都であるウォーフィールを離れてヴィストコートへ向かう僕は、その道中である物に興味を惹かれた。

 そこはヴィストコートの程近く。

 街道沿いに、幾つかの石像が並んでる。

 尤も石像といっても等身大の物で、極端に大きかったりもしないし、使われてる石材も極々並の代物だろう。

 小国家群の南、シグレアで産出されるような上質の大理石は輸出品として扱われる事もあるそうだが、この石像に使われてる石材は、恐らく近場で切り出された物だ。

 ヴィストコートの近くにも、確か小規模だけれど、石切り場はあった筈。


 ちなみに石材の主な用途は建材だが、石材は建材としては割と高価な部類である。

 先程も述べた大理石は特別だとしても、一般庶民が住まう家の材料は、木や土が主だろう。

 その理由は単純で、石材は切り出すにしても運ぶにしても、大きな労力が必要となるから。

 土から造る煉瓦もあるが、……煉瓦も焼成の必要があるから、手間と燃料の費用が加算されてやはりそれなりの値が付く。


 それから建材といえば膠灰を用いて造る、モルタルやコンクリートの類もそれなりに使われる。

 例えば積んだ煉瓦と煉瓦の間を繋げるのはモルタルだ。

 大都市で見掛ける風変わりな建築物には、コンクリートが用いられている事も、実は決して少なくなかった。

 アーチやドームの形状を作り易いコンクリートは、見栄えを求める建築物には、非常に有用な建材なのだろう。


 まぁ話が逸れたが、道中の安全を願って街道沿いに神を模った石像を配置するのは、決して珍しい事じゃない。

 だけどここに並ぶ石像は神を模った物じゃなくて、その姿を見る限り、冒険者であるようだった。

 足を止めて仔細に観察してみれば、剣聖クレイアス、支える手マルテナ、精霊の子アイレナと、名前の彫られた三体の石像を見付け出す。


 どうやらここにあるのは、ヴィストコートでも著名な冒険者の石像なのだろう。

 だが、うん、少なくとも顔見知りである三人の石像は、どれもあまり似ていない。

 恐らく伝え聞く話から得たイメージだけで、この石像は彫られているのだ。

 何しろクレイアスやマルテナが死んでから、もう三十五年以上も経っている。

 彼らの現役時代を知る人間なんて、生きていよう筈がない。


 あぁ、でもこれから先の人々には、これがクレイアスやマルテナだと記憶されていくのか。

 ……僕の記憶の中の彼らとは、まるで違った姿で。


 もちろん全く違う姿でも、残っているだけで充分に凄い事である。

 例えば僕がクレイアスやマルテナ以上にヴィストコートで親しかった友、ロドナーなんて石像になってる筈もないし。

 しかし、こう、何かが僕の胸の中に、もやもやと引っ掛かる。

 どうせ残るなら、僕の知る姿で残ってて欲しかった。


 この石像の製作者に会って話せば、クレイアスやマルテナがどのような姿で、顔形だったかを伝えれば、造り直してくれるだろうか。

 いいや、それは間違いなく物凄く、失礼な事だろう。

 僕の記憶の中の彼らと姿は違えど、石像は精緻に彫られてる。

 制作者はきっと、できる限りを尽くしてこの石像を完成させたのだ。

 その否定は、決して安易にしちゃいけない。

 だったら、そう、僕が自分の知るクレイアスやマルテナの姿を残したいなら、あぁ、もちろんまだまだずっと生きてるけれど、アイレナの姿も一緒に添えたいなら、自分自身で彫るしかないだろう。


 僕はこれまで、一時の時間を共に過ごした人々の事は、記憶の中に刻まれていれば十分だと思ってた。

 いや、実際にそれで十分だと、今でも思ってる。

 だけど、僕の記憶の中にある彼らと、他の人々の記憶にある彼らが食い違うのは、何となくだが悔しい。

 ……それが単なる我儘である事は、十分に理解してるけれども。


 今の僕には予定がある。

 ヴィストコートでミズハに会い、彼女が建てた道場を見た後は、プルハ大樹海の奥、深い森へと向かう予定だ。

 それを後回しにすると、ずるずると機会を逸してしまいかねない。

 だから石像を彫るのは今すぐではないけれど、……そのうち正式に石工や彫刻家に弟子入りし、その技を学んでみようと思う。


 あぁ、そうすればクレイアスやマルテナだけじゃない。

 ロドナーやノンナ、カウシュマンだって、石像を彫れる。

 カエハやその家族の分だって、大きくなくていい、小さな石像を、僕が彫って並べよう。

 ジュヤルやツェレン、シュロも。

 

 人間ばかりじゃない。

 ドワーフのアズヴァルドに、ハーフエルフのウィンに、エルフ達。

 地人のジゾウに仙人達に、黄金竜も。

 全てを形にして、どこかに大切に残すのも、きっと悪くない考えだ。

 それらを保管する場所はきっと、……僕の帰る場所になってくれるだろう。


 もちろん地の精霊に頼めば、僕がイメージする石像を作る事は、簡単である。

 しかしそれでは、僕がイメージする以上の物は生まれない。

 鍛冶仕事もそうだけれど、作業の最中にイメージは磨かれ、当初思い描いていたそれよりも、より良い物が生まれる事もあるのだ。

 当然ながら、その逆だってあり得るけれども。


 故に僕は、やはり技術を身に付けよう。

 久しぶりに全く新しい分野への学びへと思いを馳せると、何だか心が浮き立つ。

 こんな形で新しく目的を得るなんて、全く思いもしなかった。

 僕はその事に笑みを浮かべて、並ぶ石像に別れを告げる。


 さぁ、ヴィストコートは、もうすぐだ。

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