第191話
僕がエルフの集落に辿り着けば、彼らは集落の外に並んで出迎えてくれた。
どうやら、うん、やはり歓迎してくれているらしい。
並ぶエルフ達の中から歩み出て来た一人は、……雰囲気から察するに、集落の長老だろうか。
尤も長老といってもエルフだから見た目は青年のままだけれども。
「見事な先触れの風でした。流石はハイエルフの御方。貴方様のお越しを、我らハの森のエルフ一同、誠に光栄に思いまする」
目の前までやって来て、そう言って地に膝を突こうとした彼を、僕は仕草で押し留める。
長老が膝を突いたなら、他のエルフもそれに倣うだろう。
歓迎はありがたく思うけれど、そこまでされる必要はない。
「突然の来訪なのに、それでも歓迎してくれただけで充分に嬉しいよ。堅苦しいのは好きじゃないから、その気持ちだけを受け取っておくね」
手をひらひらと振りながら僕がそう口にすると、エルフの長老は少し戸惑ったような表情を浮かべて、それでも頷き折りかけた膝を伸ばす。
そして手を差し出せば、どうやらこちらが求める態度を察したようで、少し躊躇いがちにだけれど、長老は僕の手を握り返してくれた。
そんなにおっかなびっくりしなくても、別に咎めないし、噛み付きだってしないのに。
ぐるりと並ぶエルフ達を、それから集落を見渡せば、……思ったよりも数が多い。
全てが目の前に並んでる訳じゃないだろうから、百は優に超えて、二百かそれ以上の数のエルフが、この集落には住んでいる。
あぁ……、そうか。
ルードリア王国で例の事件があった時に移動したエルフだ。
他国の森に移住して、そのまま居ついたエルフの分だけ、集落の人口が想定よりも多いのだろう。
合併してズィーデンとなる前のザインツとジデェールの森は、移住先の対象だったから。
改めてもう一度、並ぶエルフ達を見渡せば、記憶の片隅に見た事がある……気がする顔が、混じってる。
あの時、ルードリア王国の森のエルフ達は、僕の言葉に従って故郷の森から移動したのだ。
知らぬ地への移動に、不満がなかった筈がない。
だけど今の彼らの表情に、僕への悪感情は伺えず、本心から歓迎してくれてるのであろう笑顔だけが見えた。
「エイサー様!」
案内されるままに集落の中へと入ると、子供が一人、僕のところへ駆け寄って来る。
人間で言えば、十に満たない程度の年齢の子供。
もちろんその顔に見覚えはない。
「あの、ボク、昔、エイサー様に、抱き上げて貰った事があるって、聞いてて。あ、あの、ボクの事、覚えてますか?」
けれどもその子はそんな言葉を口にして……。
あぁ、でも、そうだ。
人間の子供の十歳に満たないは、エルフで言えば六十から七十程度。
あのルードリア王国での事件の時、他国の森へと移動を頼みに行った集落の一つで、生まれて一年と経っていない赤子を抱き上げた覚えは、確かにあった。
赤子の身で他国の森へと移り住む労苦を掛けさせる事を詫びながら、精霊に加護を願った赤子の事を、僕は確かに覚えてる。
……そうか、あの時の赤子は、エルフだとまだこの位の年齢なのか。
その後に生まれたウィンは、もうとっくに独り立ちをしたのに。
何というか、種族の差を確かにハッキリと感じてしまう。
「あぁ、覚えてるよ。呼び名は、シ……、んっ、確かシーズだったかな」
エルフもハイエルフと同じく、あまり名前に頓着はしない。
ただ名無しはあまりに不便なので、ある程度の年齢になるまでには、集落での呼び名は決まる。
森の外に出た場合は、集落での呼び名をそのまま名前として、或いは全く別の名を自分で考え、名乗るのだ。
だけど生まれて一年にも満たなかった赤子は、まだ集落での呼び名も決まっておらず、丁度良いからと僕が決める事になったんだっけ。
記憶の片隅より、僕が付けた呼び名を引っ張り出して口にすれば、その子はとても嬉し気で、誇らし気な笑みを浮かべてる。
僕も懐かしさに、自然と唇が綻ぶ。
こんな形で緩やかな時の流れを感じるなんて、思いもしなかった。
「ここに居る間は、何でもボクに言い付けてくださいね!」
勢い込んでそう言う子供、シーズに、僕は頷く。
実際にそれは、かなりありがたい申し出だ。
この集落で色々と話を聞きたいが、僕に問われれば緊張をしてしまうエルフも、多分少なくはないだろう。
だけど集落の子が一緒にいたなら、それも多少は緩和されるかもしれない。
エルフは生まれた子を、集落という共同体の子として育てる。
もちろん親子の、特に母から子への情が全くないという訳ではないけれど、共同体に生まれた子を、皆が我が子のように愛するのだ。
つまりまだ子供であるシーズは、全てとは言わずとも、この集落の多くのエルフに愛されているだろうから。
「うん、ありがとう。この集落に慣れた君が手伝ってくれるなら、助かるよ」
僕の言葉は本心からの物だった。
あとはまぁ、僕は割と子供が好きだから、シーズくらいの歳の子に慕われ、一生懸命に手伝って貰えるというのは、やはりどうしても嬉しく思う。
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